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   <title>中高年・シニアの仕事探し・求人情報・生き方</title>
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   <subtitle>中高年・シニア・働き盛りのサラリーマンの仕事の探し方、求人情報、どのような人材が再就職・転職出来るのか、中高年のこれからの新しい生き方・ビジネスライフを提案します。</subtitle>
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   <title>履歴書に自分のやった仕事が書けるか</title>
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   <published>2009-11-18T16:08:13Z</published>
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   <summary>中高年には会社への帰属心が強かった。 「社宝」と呼ばれるまでには至らなくとも、な...</summary>
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      <![CDATA[中高年には<span class="b">会社への帰属心</span>が強かった。

「社宝」と呼ばれるまでには至らなくとも、なにかの形での会社からの認知を欲しがった傾向がある。

企業もまた、その心理を利用した。

業務改善活動や効率追求運動が大成功を収め、日本企業の競争力アップに結びついたのは、単に企業が求めただけではない。

裏には、そうした活動の推進が、サラリーマン管理職の切ない帰属心を満足させた事情もあるのではないか。

会社に貢献しているという気持ちが会社人間をますます会社へと傾斜させていったし、組織大事の管理職が必要ともされた。


ここで、あなたに一つ質問をしたい。

あなたは、履歴書に自分のやってきた仕事が書けるだろうか。

大企業のサラリーマンであればあるほど、おそらく黙り込んでしまうはずだ。

人材銀行には４０代、５０代のホワイトカラー管理職の登録が急増し、その数は、バブル時代の３割以上にも上っている。

そうしたサラリーマンに<span class="b purple">「あなたはなにをしましたか」</span>と聞くと、

<span class="b green">「係長、課長を経験しました。海外勤務もしました。地方勤務もしました」</span>と一様に口にするということである。

このようなことは、しょせん履歴の一部分でしかない。


<span class="b green">「自分はなにをしたのか」</span>と尋ねることは、自分の仕事や個性、つまり差異を問うことである。

人と同じことをやった部分ではない。

いまいる会社というアイデンティティを離れても、頼れる自分があるかということだ。

スぺシャリティの問題である。

仮に、会社を辞めるというとき、会社が揺れるような差異の持ち主であれば言うことはない。

<span class="b green">「自分はこういう仕事をやり遂げました」</span>と語れる人は、それを武器にどこででも活躍できる。

自分のなかに、自分の発展性を持っている人である。

転職の場合は、それが顕著に出る。

あなたが採用担当者であれば、<span class="b green">「私は○○会社の部長でした」</span>というだけのこれといった能力もない人、経験した仕事もまったく同じという規格化されたサラリーマンに、だれが高いお金を出すだろうか。

頭を下げてまでもらい受けるだろうか。


いままでの日本企業では、どちらかといえば、記憶力のいい、暗記力のいい秀才型、官僚型の管理職が強みを発揮していた。

それは、アメリカといういいお手本があったからであり、その模範を間違いなく理解できる能力に意味があったからだ。

アメリカの１０年後が日本と言われたように、技術にしても、ノウハウにしても、アメリカの軌跡をたどり、改良を加えればよかった。

課長にしても、部長にしても、それほど創造的なタイプは必要なかった。

そこでは<span class="b green">「自分にはなにができるか」</span>と問うことは、必要なかった。

あまり異質なもの、創造的なものを持ちこもうとすると、かえって嫉妬社会の反感を買い、<span class="b green">「あいつまたスタンドプレーをしようとしている」</span>とか<span class="b green">「またまた向こうウケを狙って」</span>などと非難されたものである。

極端に言えば、仕事はあまりできないが、ニコボン型とか、人情型とか、あるいはウマニンジン型管理職が幅を利かせていた。

変化の予感から、感性が重要、創造性が必要とは叫ばれていたが、これまでは目標達成型、任務遂行型の下士官タイプで十分に成果を挙げ得た。

またそうした人間が昇進していったことも事実である。


<span class="b blue">部下の能力を伸ばし、巧みに長所を引き出し、次代の人材・事業を育成することが管理職の重要な仕事である</span>のに、目先の仕事をうまく終わらせるためのテクニックが大事であると勘違いされていた。


しかし、仕事のできないニコポン型はもういらない。

<span class="b green">「キミ、頼むよ」</span>とにっこり笑って部下の肩をポンと叩こうとしても、ドライな新人類から<span class="b purple">「別の仕事がありますので」</span>と、軽くいなされてしまうのがおちだろう。

人情型の値打ちも下落している。

とくに、プライバシーに干渉されるのを嫌う若い世代は、人情型上司を避けようとする。

職場進出目覚ましい女性社員の肩をポンと叩けばセクハラ騒ぎを引き起こしかねないし、また一杯飲み屋での強引なノミニケーションは不倫と間違えられる。

いまどきわびし気に一杯飲み屋でのノミニケーションをやっているのは、価値観の激変に戸惑う中高年と価値観の喪失に身を焦がしている団塊の世代だけである。

若い人はさっさと自分たちだけの仲間で飲み会を開いたり、アスレチッククラブで汗を流している。


ウマニンジン型上司も、若い人からはもうほとんど相手にされていない。

ライバルなどいらない、マイペースで会社人生を送りたいと言う世代だから、<span class="b green">「ライバルに負けるな、頑張れ」</span>は通用しないし、<span class="b green">「頑張らなければ昇進できないぞ」</span>と脅そうにも、もうポストレス時代だということをはっきりと知っているから、そんなニンジンは本気にはしない。

せいぜいが<span class="b red">「アナクロなおっさん」</span>というぐらいで終わってしまう。


仕事は自分で発想し、自分で判断するしかない時代である。

自力航海の時代に入っている。

そうした乾いた実力主義の時代には、ニコポン型とか、人情型とか、あるいはウマニンジン型管理職のいる場所はどんどん少なくなり、そのうち居場所がなくなるだろう。


いまや、<span class="b">トップだけにかぎらず、どういう仕事を自分がやり、そして部下にやらせるか、どういう方向へ部下を走らせていくかという戦略眼、判断力が管理職には必要とされている。</span>

管理職とは<span class="b blue">ミニ経営者</span>である。

それが、管理職に要求される実力主義の「実力」の中身である。

履歴書に書くべき内容とは、そうしたものでなければならない。]]>
      
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   <title>シニア・団塊世代は求められている人材を把握せよ</title>
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   <published>2009-11-17T04:09:22Z</published>
   <updated>2009-11-17T04:18:31Z</updated>
   
   <summary> 戦国時代のエリートと現代のエリート リーダー、あるいはリーダーシップは、古くも...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>戦国時代のエリートと現代のエリート</h3>


リーダー、あるいはリーダーシップは、古くも新しいテーマである。

団塊の世代以上ともなれば、管理職に就いている人も多く、求められるリーダーシップとはなにか、求められるリーダー像とはなにかに心を砕く。

不透明な時代になればなるほど、そうしたリーダーシップというものは見えなくなる。

私も、

<span class="b green">「いま求められている人材とはなにか、エリートとはなにか」</span>

<span class="b green">「求められているリーダーシップとはどういうものか」</span>


という質問をよく受けるが、こうした抽象的な質問には、実のところ答えようがない。

というのは、企業の業種、置かれている状況や環境、規模、なにを目的としているかなどの条件によってそれこそ千差万別の解が出てくるからだ。

この種のものでサラリーマンに人気があるのは、気配りや人間関係術、悪く言えば社内遊泳術や社内力学術などを説くハウツー本であったり、戦国時代の武将や補佐役、太平洋戦争時の名将や参謀の言動を書いた本であったりする。

しかし、こうしたものから、サラリーマンが求める現代の人心掌握術、現代のリーダー像は浮かんではこない。

サラリーマンはそこの点を誤解している。

いまは「企業は戦時である」と言い、「企業戦国時代」とも言う。

そうした連想から学ぶべき点があるという主張もなるほどと思いがちだが、それらはあくまでも<span class="b red">フィクション</span>にすぎない。

たとえば、戦国武将が、武力や人望や人気だけで生き残ったというのは、どう考えても理解できない。

戦国の世の実力主義というものは、命を守るために何人もの影武者を立て、居場所も本当の側近しか知らないような苛赦誅求なものである。

現代のような成熟社会に生まれたわれわれにはとうてい想像できるものではない。

現代の企業競争、ポストレス社会には厳しいものがあるが、ひとつの判断の失敗が落命につながることはない。

命まで取ろうというのではないのが、現代の企業競争である。

いささか楽観的に言ってしまえば、肩叩きされても、転職に失敗しても、それがすなわち死を意味するものではないということである。


企業観も人生観も国家観も世界観も大きく変わっている。

<span class="b">全世界的なパラダイムが変換を遂げているのに、ことリーダー観だけは変わらないということはあり得ない。</span>

その点を忘れないことである。


そうした戦国武将や名将・参謀ものは、やはり知的な刺激性に満ちたホラ話として読むべきである。

そこに書かれたきれいごと以外のところに、サラリーマンにとって本当に役立つどろどろした部分がある。

なにかを学ぼうとしても、畢境、現実とかけ離れたお話にすぎないと悟るべきである。

逆に言えば、リーダー諭がいつの時代でも変わらず語られる点にこそ真実がある。

普遍的なリーダー像は存在しないということである。


大事なことは、時代が変われば、求められる人材も変わるということである。

あえて言えば、いつの世にも通用する人材などない。


早い話、戦国時代に活躍した戦国武将を現代に持ってきても、果たしてなにができるか。

戦国の世をたった一人で切り拓いていった天才的な武将・織田信長は、現在の管理社会のなかでは、芸術の世界にしか自らを見出だせないであろう。

徳川家康は、せいぜいうまくいって財務次官程度であろう。

逆に、現代のエリートが戦国時代にタイムスリップしても、なにができるか。

これもたいしたことはできないだろう。

時代と状況が大きく違うのだから当然である。

言ってみれば、<span class="b">求められる人材、エリートはつねに状況エリートだということである。</span>

企業のエリートとは、時代の環境、業種、企業のライフ・サイクル、構成員数など、そのつどの状況に応じて変質する。

A社のエリートが必ずB社でもエリートになれるわけではないし、いつまでもA社のエリートであり続けられる保障もない。


エリートとはつねに個別的なフローの存在であり、ストックの存在ではない。

その時宜に適した能力を発揮しない存在は、エリートとは呼ばれない。

能力とは「持ってなんぼ」のものではなく、<span class="b blue">「発揮してなんぼ」</span>のものである。


普遍のエリート像などは存在しない。

ただし、現代のエリートを考えた場合、少なくとも感性が豊かでなければならない。

たとえば、女性の社会進出一つとってもそうだ。

女性を認められる管理職は、<span class="b blue">「センスのいい人」「感性豊かな人」</span>である。

女性の社会進出を認められない管理職は、時代を読むセンスがないし、古い観念の持ち主である。

新人類を一概に見て、彼らは働こうとする意思がないと見るのも、同じ間違いを犯している。

彼らは、つまらない仕事、自分を楽しませてくれない仕事にはあまり興味を持たない。

その反面、自分の好きなことには徹夜も辞さない。


たとえば、コンピュータを使うことに彼らはアレルギーがない。

その面白さを知っている。

彼らにコンピュータを使って統計的な処理ばかりをさせていないで、その知識を生かして一つ自分で仕事を作ってみろぐらいの指示をする気持ちが欲しい。

そういう弾力性がこれからのリーダーシップであり、感性豊かなセンスのいい管理職がこれからの管理職である。]]>
      
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   <title>日本企業の若者社会化は加速する</title>
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   <published>2009-11-14T00:35:10Z</published>
   <updated>2009-11-14T00:52:06Z</updated>
   
   <summary> 日本企業は本当に温情主義であったか 工業化時代に威力を発揮したタテ型の大組織、...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>日本企業は本当に温情主義であったか</h3>


工業化時代に威力を発揮したタテ型の大組織、集団主義、年功序列といった日本的経営からいかに脱却し、ソフト化社会に適合した経営スタイルにどう作り替えるか。

これがいま日本企業に課せられた至上命題であることははっきりしているが、なかなかランディングする地点が見つからないことが現実の悩みでもある。


８０年代後半から、団塊の世代の管理職化が始まった日本企業は、ポスト不足に直面し始めた。

対応策として、職能給制度や年俸制などを導入する企業も増えていたが、バブル期の経営大膨脹によって組織の多層化が可能となり、間接部門の水増しによって、中高年の居場所を一時的に確保する余裕ができた。

しかし今回の不況で、その居場所が危うくなっている。


過去、繊維、鉄鋼、造船、大手商社、自動車、電機などの大企業では、配転、転籍、出向などで中高年をばらまき、不況を乗り切った経験がある。

系列会社や関係会社、協力会社のネットワークを使った大企業得意の雇用調整と言える。
今回の不況でもそうした策がとりあえずは取られているが、もうこのような対応策では乗り切れないのではないだろうか。


というのは、そうしたところに中高年をばらまいてもうまくいくものでもないし、なによりも受け皿自体の雇用吸収力が弱くなっているからだ。

配転、転籍、出向などで中高年をばらまけたとして、たしかに本体はスリム化し、効率的になるかもしれない。

ただし、企業が直面している問題の根本的解決にはならない。

産業構造の大きな変化というトレンドへの有効な処方箋が書かれないかぎり、そうしたものは労使の共同幻想か、経営問題の先送りでしかない。

当面回避でしかない。


現実には、出向どころではなく、希望退職というタテマエで、かなりの人員が会社を辞めさせられている。

数十人あるいは数百人単位の雇用調整であれば、何万人の従業員を抱える大企業ともなれば、小手先の調整策も可能だろう。

しかしいくら大企業といえども、数千人単位での雇用調整などそう簡単にできるわけがない。

最後に抜く剣が、<span class="b red">希望退職という名の首切り</span>になる。


日本的経営は温情主義であると言われた。

そうした温情主義のないアメリカは、企業が苦しくなればすぐ従業員の首を切るドライな国だとよく言われる。

ただし、アメリカにはいわゆる<span class="b">先任権</span>というものがあり、不況になれば若い社員からレイオフされ、中高年がまず首を切られることはめったにない。

経験の未熟な若い社員からレイオフの対象とする理由は、転職が常態化しているアメリカでは、希望退職などを募れば優秀な人間ほど辞めていくからである。

そのレイオフも慎重に進められる。

人員削減が市民権を得ているとはいえ、企業の信用やイメージがいかに大事なものであるか、企業の将来にも響く財産であることを熟知しているからだ。

ァメリカでは退職金は年金制になっているため、レイオフの対象となる人間には、１２ヶ月とか２４ヶ月分の一時金の支払い、転職先の斡旋、就職先が決定するまでの金銭的援助などさまざまな方策が取られている。


こうしたアメリカの状況と比べてみて、日本の企業が終身雇用で本当に温情主義であったかどうかは、意見が分かれるところである。

日本企業でも戦前はかなりドライにレイオフが行われていたし、オイルショックのときもそうであったように、不況になり企業が減量経営に追い込まれると、真っ先に中高年が肩叩き、配転、転籍、出向の対象になってきた。

いままた、団塊の世代から上を減量することで乗り切ろうとしている。


中高年のサラリーマンが、ある日突然肩を叩かれ、会社のぬくもりから追い出されていく。

特定の業種だけが不況で、働けるところがまだまだあるならば救われもするが、現下の情勢では、中高年の再就職先が簡単に見つかるとも思えない。

途方に暮れる光景を見るのは辛いものがある。

自分であったらどうするかと、胸がしめつけられる思いがする。

そうした人たちは、かなり深い挫折感を持っているし、不安にもさいなまれている。

なによりも、会社に対する恨みがある。

これまで一途な忠誠心を持って働いてきた世代であるだけに、自分は会社に裏切られたという割り切れない心の断層を持っている。


考えてみれば、日本の企業は若者優先社会である。

日本の企業ほど若者を大事にするところはない。

危機に際して、日本の企業は中高年から切って若者を温存しようとするだけでなく、普段から、どの企業も若者の戦力化だけには本気になり、力を入れている。

その若者でも、心のなかをのぞいてみれば、年功序列と終身雇用の存続をひそかに願っているものである。

ただ、将来それはなくなるという覚悟が、年齢が下がるにしたがって確かなものになっている。


人間とは、基本的には変化に弱い存在であり、腺病なものである。

できることなら変化を避けたいという本能的な衝動がある。

だから既得権にしがみつこうとするし、既成の序列体系を乱したくない。

年功序列と終身雇用でいけるものならば、これほど楽なことはない。]]>
      
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   <title>生き甲斐の多様化が遊びの第一の効果</title>
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   <published>2009-11-13T18:19:32Z</published>
   <updated>2009-11-13T18:29:50Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[中高年を含め、われわれは、人生五十年時代のライフスタイルは持っていても、定年後あと１０年、２０年の仕事と生き甲斐を自分で見つけ出さねばならない人生８０年時代のライフスタイルを確立しているとは言えない。

いまそうしたライフスタイルの確立が、早急な課題として大きく浮上している。


二毛作目、あるいは第二ラウンドを生き抜くためには、４０代から大いに充電しないといけない。

定年でヘトヘトになって、産業廃棄物のようになってしまえば、あとは自分をバーゲンセールするしかない。

待っているのは、「滞れ落葉」しかない。


<span class="b">要は、生き甲斐をどう多様化させるか</span>ということである。

その近道として、<span class="b blue">遊び</span>を考えたい。

新人類は遊びが上手だし、遊び感覚、遊び心も十分に持っている。

中高年も、ほどほどの遊び人間になりたいものだ。

遊びが充電の近道だ。

遊びもしないで、人と同じことをしてこと足れりとする勤勉な怠惰タイプは伸びない。

古い会社人間ほどこうした勤勉な怠惰タイプが多いが、そうした人間は新しいものを吸収しないし、古いものも捨てていかない。

情報にもまた疎い。

この種のタイプの社員が大いに役立ったのは、変化のない時代である。

同じことを１０年も２０年もやり、それで帳尻を合わせてベテランになっていく時代にはいちばん強かった。

しかし、今日のような変化の激しい時代には、このタイプが会社にはマイナスになる。

自分にも不利になる。


これからのサラリーマンには遊びが必要である。

趣味や遊びの効果は、まず生き甲斐の多様化につながるということである。

会社人間という言葉がいみじくも物語るように、会社一途のサラリーマンは、仕事も遊びも会社の仲間と一緒であることで安心感を感じる。

みんなが一緒であることでしばしの安堵感を得るが、会社を離れてしまうとたいした生き甲斐を持っていない。


人はいやなこと、自分に都合の悪いことは先へ積み残し、後回しで抱え込んでいきたいものである。

先憂後楽ということは頭でわかっていても、なかなか実行できないものである。

しかし、だんだんそうも言っていられなくなる。

いよいよ切実切迫になって、心の防衛術や、生き甲斐だけは自分で見つける以外に道はないことに、サラリーマンが気づき始めてきた。

たしかに、なにかと言えば中高年の排除を考えたり、団塊の世代を過剰なサバイバル競争でおどしあげる安易な企業姿勢にも問題がないとは言えない。

だが、サラリーマンも、<span class="b green">「自分はわき目もふらずに頑張り続けてきたし、努力もしてきたのだから、会社のほうも……」</span>という<span class="b red">甘えの心、おんぶにだっこの依頼心</span>は、もうこの辺で、勇気を出して断ち切るべきだろう。

会社がサラリーマンの生き甲斐をすべて保障してくれるというのは、高度成長期の一種の幸運な共同幻想にすぎないと諦めてしまうことだ。

実際のところ、日本的経営の強さのコアを忠誠心と見なし、この忠誠心の稀薄化を日本企業の活力低下傾向であると心配する経営者もいる。

しかし、多く言われる忠誠心の中身とは、「組織に寄りかかろうとする精神」であることが多い。

この場合は、生き甲斐らしきものが簡単に見つけられる。

しかし、自分で作ったものではないだけに、砂上の楼閣のような生き甲斐である。

降格や左遷で、それがいったん裏切られたりすると、古いタイプの会社人間ほど自己分裂状態に陥り、ひどいときはノイローゼになったりしてしまう。

会社人間が自分で生き甲斐を作らず、会社に生き甲斐を保障してもらってきたツケが回った結果のノイローゼとも言える。


核心から目をそらし、問題を先送りしても、なんの解決にもならない。

会社という他人様から借りた生き甲斐、あるいは家族・子供からお借りした生き甲斐は、いずれ他人様にお返ししなければならない。

いずれお返しするものであるだけに、これは年を取れば取るほど辛いものとなる。


いずれ定年を迎える。

定年ということは、孤独になるということでもある。

その時に、会社以外に生き甲斐がないというのでは、なんとも心もとない。

その日のためにも、自分だけの生き甲斐を会社以外に見つけておくことが大事だ。

だが、それだけではない。

遊びは一見ムダに見えるが、サラリーマンをしぶとくさせる。

会社のなかでしたたかに生きているサラリーマンを見ると、遊びの好きな人、遊びの上手な人が非常に多い。

人生で、自分の思い通りに進むことは少ない。

遊びをやる人は、その点を知っている。

自分の思い通りにならないことがあると知っていれば、駆け引きも上手になる。

ここは少し静かにしたはうがいい、引いたほうがいい、ここは逃げたほうがいいと、いろいろなことがわかってくるものだ。

そういう面で、遊びを知っている人は、サラリーマンの機微に非常に強い。

したたかさの発揮どころを知っている。


また、遊びの場は<span class="b">情報の場</span>になる。

情報は人が持っているものであるから、遊ぶ場を持って人と会う機会をたくさん持っている人には、基本的に情報がたくさん入ってくる。

仕事に直接関係のない遊びや趣味仲間が、実は貴重なアイデアやヒントを与えてくれることも多い。

だから遊びの余力を持っている人が強い。

遊びの価値は非常に大きい。

単身赴任者の悲劇がよく話題になるが、これも遊びや趣味がないことと無関係ではない。
身近に家庭がないから、仕事から他への頭の切り替えが容易にできない。

つき合いも会社の部下や同僚が中心になりがちだし、寂しさも手伝って、知らず知らずのうちに２４時間会社人間になってしまう。


休日には時間を持て余し、なにもせずにボケッと終わってしまえばまだいいが、ついつい仕事のことを考えてしまう。

ついには、<span class="b red">休日出勤</span>までするようになる。

単身赴任者こそ、まず豊かな遊びの時間、趣味の世界を持たねばならない。

単身赴任者にかぎらず、仕事のしすぎは、心身の防衛のためにも、会社仲間とのよきコミュニケーション維持のためにも、かえってマイナスである。

よきコミュニケーションは、いつもべったりであるからといって保てるものではない。

適度な距離と、適度な回数、適度な時間がなければならない。


<h3>遊びにランクはない</h3>


翻ってみれば、サラリーマンの宮仕えをしんどくさせているのは、実はほかならぬサラリーマン自身である。

サラリーマンが互いに相手を嫉妬し、互いの行動を規制し合っている。

こうしたご時世にもかかわらず、三人に一人がサービス残業をしているというデータもある。

<span class="underline b">月２１時間以上のサービス残業をしている人が約２割もいる</span>というから驚きである。

有給休暇の低消化、労働時間の短縮にあまり関心を持たないことなどは、サラリーマンが自分で自分の首を締めている典型的な例だ。

そこにあるのは、自分が休めば他人に迷惑がかかるという殊勝な気持ちばかりではないはずだ。

休めば、自分の地位、ポストが蒸発していってしまうような不安、人格を否定されるような不安を抱いているからである。

裏返して言うと、他人とおよそ変わらない仕事しかしていない、他人と同じ価値観しか持っていないということの証明である。

会社から格別の知恵も感性も要求されない、となると、極端な話、忙しごっこと忠誠心ごっこで他人と差別化し合い、競争し合うのがいちばん簡単で効率がいい。

労働時間がつい長くなってしまうはずである。


遊びが大事と言っているが、別に働き蜂を否定しているわけではない。

遊びとは、本人が楽しくなければならない、喜ばなければ意味がない。

だから、<span class="b">仕事が遊びになっても一向に構わない。</span>

それが楽しければ、一生懸命やればよい。

ただ、<span class="b blue">仕事にブレーキをかけるべきときは、むしろ思い切ってブレーキをかけ、遊びや豊かな趣味に時間を割くべきである</span>と言いたいだけである。

そしてその際は、<span class="dotted">遊びにランクをつけない</span>ことだ。

もともと遊びには上下のつけようなどないのだが、読書や芸術は一流、スポーツは二流などと、上下の順序をつけたがるのが滅私奉公世代でもある。

あえて遊びにランクをつけるとすれば、自分の好きなことが最上位に位置するだけである。


遊びというものは、やってみるとわかるが、実は大変な作業である。

それも創造的な、他人があまりやっていないことをやろうとすると、大きな苦労がいる。
「創造」とは自分を賭けて行うことであるから、思わぬ障害に出くわすこともある。

また、そうした障害があれば、それを乗り越えたときの充足感も大きい。

なにをすればいいのかわからない人には、地域のグループ活動を生かす手もある。

そうしたグループに参加してもいいだろう。

また、自分の遊びや趣味がある一定の域に達したら、それを他人のために役立てることも可能だ。


たとえば、静岡県に「余暇プランナー制度」というものがある。

県民の余暇に対する理解を促進し、余暇活動を支援するため、相談に乗ったり情報発信する「余暇名人」制度である。

活動費も出ないが、企画も実施もプランナーが自主的に行う。

資格は、人に教えられる趣味を持っていることというだけである。

また富山県でも、「ゆとり名人」制度が発足している。

こうした制度は、まだかぎられているが、浸透し始めれば相当なスピードで普及するだろう。

「余暇名人」になれるような趣味を持つ人と、まったくそうした趣味を持たない人とでは、生き甲斐に天と地ほどの差が生じてしまう。

伊能忠敬は、田地持ちで商人であったが、隠居後の５０歳になって、本格的に地理や天文学の勉強を始めている。

これを高度な趣味、遊びとしてやったのである。

そして、７２歳まで日本全国を踏破し、日本初の測量地図を完成させている。


<span class="b">仕事は誰でもいつでもできるものだ。</span>

これからのサラリーマンは、むしろプライベートな時間の使い方で勝負が決まる。

自分なりの価値観や、もっと奥行きの深い生き甲斐を持つべきだろう。

４０、５０にもなって、まだ会社で集団でワッショイワッショイやるだけがとりえではどうしようもない。

自分の足で歩く訓練が大事だ。

それができていない会社人間は、この人生８０年時代、必ずどこかでつまずき、遭難してしまうものである。

難しいところは、サラリーマンが豊かになる公式がないことである。

お金とか地位とか、家族といったものをある公式に代入すれば、豊かな人生、生き甲斐という解答が出るものではないということだ。

生き甲斐はプロセスであり、積み上げていくものである。

自分で生き甲斐を作っていく過程そのものである。

はっきりこれが生き甲斐と決められる人もあるだろうが、まずたいていの人は自分で自分の生き甲斐を作るということは、試行錯誤しながら積み上げていく努力に他ならない。


自分で生き甲斐を作っていく過程は、いま流行りの言葉で言えば「人生のリエンジニアリング」ということになるだろうか。

四捨五入して言えば、リエンジニアリングとは高度情報通信機器を活用して仕事のプロセスを抜本的に変え、劇的な業績の向上をはかることである。

提唱者のM・ハマーとJ・チャンピーは、それを<span class="b green">「既存のものを修正したり、基本的な構造には手をつけずに漸進的な変化を起こすという意味ではなく、初めからやり直すこと」</span>と定義している。


しかし、人生にはそれは無理な相談だから、「再設計」「改革」というぐらいに考えてみてはどうだろうか。

人生のリエンジニアリングとは、初めから「やり直す決意」で、これからの自分の人生というプロセス変換にこの瞬間から臨むことである。]]>
      
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   <title>こんな管理職は滅びる</title>
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   <published>2009-11-09T22:24:47Z</published>
   <updated>2009-11-09T22:36:30Z</updated>
   
   <summary> 「察しの文化」はもう終わった 環境が厳しくなり、自己啓発のためにも勉強の必要性...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>「察しの文化」はもう終わった</h3>


環境が厳しくなり、自己啓発のためにも勉強の必要性が高まっている。

しかし、<span class="b green">「勉強が必要なことはわかっているし、その気持ちもある。ただ、忙しくて時間がない」</span>と言う管理職も多い。

サラリーマンはたしかに忙しいが、忙しくて勉強する時間がないというのはフィクションにすぎない。

削ろうと思えば削れるムダな時間などいくらでもある。

その最たるものが、<span class="b red">会社でのつき合い</span>である。

管理職や会社人間は、会社でのつき合いや人間関係にのめり込みやすいし、むしろ自分から進んで忙しくしている面が非常に強い。

旧人類は「察しの文化」で育ってきた。

察しの文化とは、共通の体験と価値観が織。

上げる文化である。

毎日同じメンバーとしかつき合わないムラ社会独自の行動原理のようなものである。


日本のサラリーマン社会はムラ社会であったから、明噺な論理よりも察しのよさが貴ばれた。

腹芸のできる人間が重宝がられ、察しのよさがイコール頭のよさのよぅなところがあった。

世話役タイプが幅を利かせたのも、そうした理由による。

また、新入社員も入社三ヶ月もすると、<span class="b green">「うちの会社は」</span>と言い出し、それが一人前のサラリーマン意識の芽生え、組織への帰属心のように認知され、ムラ社会へ加わる通過儀礼のようにされた。

「うちの会社は」の大合唱のなか、仕事も遊びも会社の仲間と遠となり、察しの文化を維持する儀式、確認が盛んに行われた。

なかには、休日まで、まだ会社の仲間と会いたがるいささかホモ的な傾向が尭すぎるサラリーマンもいる。

サラリーマンは人との違い、差異を怖がる傾向が強い。

だから、会社でのつき合いを大事にした。

会社でのつき合いとは、ムラ社会の「察しの文化」にどっぷり漬かることでお互いを確認し、安心感を得る儀式である。


だが、これから求められる企業社会の人材とは、人との差異をあまり怖がらない人材だ。
端的な例が、会社でのつき合いや人間関係にのめり込みすぎない人間である。

孤立ではなく、自立したサラリーマンでなければならない。

と言っても、サラリーマンのつき合いや遊びを軽く見ているわけではない。

マージャン、カラオケ、一杯飲み屋とつき合いにもいろいろあるが、ストレス解消のためのつき合いや遊びは大事なことだ。

それと、ムラ社会の頻繁なつき合いとを同一視してしまわないことだ。


<span class="b">サラリーマンは自分流のストレス解消法を持つべきである。</span>

ストレス解消が下手な人は、今日のようなストレス社会では確実に脱落していく。

なにも遊びをしない真面目人間ほど、ノイローゼになったり、うつ病になったり、出社拒否症に陥ったりしてしまう。

そうした事態を避けるためにも、現代のサラリーマンにはストレス解消は欠かせない。

グチもストレス解消法には有効なひとつだろう。

サラリーマンはグチ民族、ボヤキ種族である。

<span class="b green">「サラリーマンはグチをあまりこぼすな」</span>というような説もあるよよだが、私はグチをこぼしたことのないサラリーマンはあまり信用しない。

なにもやらなければ、グチもこぼれない。

グチをこぼす前には、そのサラリーマンはなにかをやったという前提がある。

グチをこぼすようなことをやってこそ、サラリーマンはー人前である。

そしてそのグチが、新たな闘争心の苗床になればいい。

ただし、同病相憐れむようなグチこぼしでは、情けないという気がする。


ゴルフというのも、サラリーマンの好きなストレス解消法だろう。

ただゴルフに関しては、3K削減のあおりを受けて会社の接待費で落とせる範囲も狭くなってきているし、おまけに日本のゴルフ場の会員権は、外国ではゴルフ場が買えるほど高い。

バブル当時<span class="b green">「銀座で接待するぐらいなら、ゴルフのほうが安上がり、それに健康にもいい」</span>という考えが、猫も杓子もゴルフに駆り立てた側面があるが、最近、法人向けのゴルフ場は人が閑散としている。


東京周辺では身銭を切ってゴルフをやれば、二回で３〜４万円はふっ飛んでしまう。

ゴルフはふつうのサラリーマンのストレス解消代としては高すぎる。

猫も杓子もゴルフというのは、交際費に寄りかかった日本のサラリーマンの典型的な構図だと言えるだろう。

それに、同じストレス発散の目的でゴルフをするのなら、会社以外の気の合った仲間とプレーするほうが、はるかに目的にかなう。

ラウンドしながらも会社のことを話題にし、部下を話題にし、業績に思いを馳せていたのでは、かえってストレスをよけいに抱え込んでしまうだけだ。


ストレス解消のために会社の仲間とすごす時間が欲しいとすれば、せいぜい一週間に１、２回で十分ではないか。

極端な話、昼食後のコーヒータイムで十分可能である。

だいたいが、一時間で話が終わらないようなグチならば、それはもう積極的なグチではない。

あえて言えば、グチのためのグチのようなものだ。

<span class="b green">「きみも大変だね」</span>と言ってもらいたいために、自分の置かれた境遇を自己正当化しているようなものだ。


ストレス解消の策は、なにも会社の同僚がいなくてもできる。

ヒーリング・ポイント（癒しの場）は、自分一人でも発見できる。

仲間が欲しければ、会社の人間が知らない自分が主役になれる酒場でも見つければいい。

そこで会社以外の仲間を見つけたほうが、はるかにストレス解消になるというものだ。


話がそれてしまったが、サラリーマンはたしかに忙しい。

だが、会社の都合にふりまわされていただけではあまりに空しい。

やる気になれば、勉強する時間などいくらでもある。

誤解を恐れずに言えば、忙しいふりや会社への忠誠心ごっこ、察しの文化への奉仕をやめれば、そのための時間はいくらでも捻出できる。


会社での察しのコミュニケーションは大変なエネルギーを必要とする。

それだけでもうへトへトになってしまう。

まともに勉強する時間などとれるわけがない。


しかし、新人類の登場で、察しの文化はもう崩壊している。

新人類はそうした文化を拒否しているし、はっきりしたコミュニケーションを求めている。

言ってみれば、「直視の文化」を求めている。


新人類とのコミュニケーションは、ノンバーバル（非言語）なコミュニケーションでは成立しない。

もう少しきちんと言葉を使った論理のコミュニケーションを心がければ、中高年と団塊の世代が、一杯飲み屋で察しの文化の黄昏を嘆くことも減る。

夜の暇な時間などいくらでもできる。]]>
      
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   <title>中高年サラリーマンは知恵と感性を磨け、「今更…、」と思うな！</title>
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   <published>2009-11-08T17:15:48Z</published>
   <updated>2009-11-08T17:19:13Z</updated>
   
   <summary>価値観の群化と大衆という概念が崩壊した情譜、ソフト化、サービス化時代は、極言すれ...</summary>
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      <![CDATA[価値観の群化と大衆という概念が崩壊した情譜、ソフト化、サービス化時代は、極言すれば、個人の能力差がより鋭い形で、ドライに出てこざるを得ない。

そこでは、既存の組織や観念に縛られない人間のアイデアや発想力が大きな価値を持つ。
鋭い感性と他人と差別化できる知恵を持っている人は突出した存在になれるし、過去の知識にこだわったり、自分の感性を磨くことを怠った人間は先頭に立つことなど望むべくもない。


このドラスチックな変化を他人事のようにぼんやり眺めているサラリーマンは、確実に競争から取り残されていく。

いわゆる企業戦士といわれた人びとは、極言するようだが、知恵の部分をあまり鍛えない仕事の進め方でよかった。

過去の延長線上で仕事をすることを叩き込まれ、慣らされ、しっかり身についてしまった。

むしろ慣例がないこと、前例のないことはしてはいけなかった。

慣例のないこと、前例のないことは、みなアメリカがやってくれた。

明日を考える場合でも、今日の延長線上で論理的に発想していた。

いわば、足し算の世界で物事を発想していた。

しかし、いまはとんでもないところからとんでもないものが生まれ、時代をリードしていく。

論理よりも感覚的なものがないと、明日はもうつかめなくなっている。

論理は時代を解釈しかしないが、すぐれた感性は時代の全体像を把握する。

高度成長期は、努力と成果が一致していた。

決まり切ったものを作れば売れたし、儲かった。

大量生産し、販売に馬力をかければ売れた時代であった。

しかし、勝負どころが変わり、企業の生命線は、どう大量に作るかから、なにを作るか、いかにいいものを作るかに移っている。


努力のしどころが180度転換して、額に汗をして働く時代から、<span class="b">「心で汗をかく時代」</span>になった。

サラリーマンのアイデンティティが、組織の一員であることから、個人としてどう生きるか、個人としてどう個性を発揮するかという変化を遂げた。

社員が知恵を出せない会社は生き残れないし、知恵を出せない社員は仕事を与えられない時代になってきた。

そうした現実を前にして、いままであまり知恵を必要とされず、管理と組織調整能力だけを磨いてきた管理職タイプは、右往左往せざるを得ない。

あれほど高度成長期をワッショィ、ワッショイと高声をあげてかけのぼった企業戦士が、知恵や感情の時代だといわれた途端、人変わりしたようにおとな36しくなっている。


中高年のサラリーマンは、いまさら知恵を出せと言われても、どうすればいいのかわからない。

問題処理には長けているが、問題を作っていく訓練はされていない。

いたずらに悲劇的になるだけである。

どうすれば知恵が出るのかと悩んでも、知恵とはこうすれば出るという性質のものではない。

哲学者でもないのだから、「知恵とはなにか」と考え込んでも答えは出てこない。

ましてや、「どんどん感性が磨ける」とか「どんどん知恵が湧いてくる」とかいったハウツー本に走っても、どうなるものでもない。


ところが旧人類である中高年には、これがなかなかわからない。

努力が黄金律であった感覚がなかなか払拭できない。

努力万能時代の考えからなかなか抜け出せず、まだ自分の努力が足りないのではないか、努力すればなんとかなるのではないかと思ってしまう。

そこでこれだけ「知恵の時代」や「感性の時代」と騒がれていながら、ついつい「地獄の特訓」のようなものに救いを求めるような方向違いのことをやってしまう。

感性や知恵の時代の特徴というのは、人それぞれの能力差や特技の違いのようなものをできるだけおおらかに認めることである。

それが、実力主義の時代の在り方である。


ところが「地獄の特訓」とは、その正反対の思想である。

能力的な差や人間的な差を否定し、鋳型に押し込もうとする。

ろくな睡眠時間も与えず、発想力や創造力が活躍する余地を狭め、自主性をうばい、小管理者イズムを植えつける。

知恵や感性が発揮されるはずもない。


知恵とか感性とは、前にも述べたように、個人的なものである。

ロボットではないのだから、まったくそれを持たない人間というものは存在しない。

程度の問題はあるだろうが、古い観念が重石になってその発露を妨げている場合もある。

自分には感性がないと決めつけてしまわずに、とりあえず、その重石を取り外してみることだ。

「会社は」という発想をやめて、「自分は」という発想に切り換えてみてはどうか。

簡単に言えば、好きか嫌いかをもう少し大事にしてみることだ。

多少は、自分の知恵と感性というものが見えてくるかもしれない。


しかし、もう知恵とか感性で勝負する自信はない、窓際もなんでもいいから会社に残れればいいという中高年もいるだろう。

仮にそうした幸運に恵まれたら、それで定年まで無為にすごすのではなく、その暇を有効に使って欲しい。

勤めている会社で暇になったら、いろいろと多方向の分野のことに挑戦して欲しい。

二足も三足もワラジを履けばいい。


窓際族がダメになるのは、会社で暇で、会社以外でも家庭でも暇がありすぎるからである。

窓際族でもしたたかな人は、会社では暇だが、外では忙しいものである。

けっして牙を抜かれていない。

オイルショックのときでも、そのへんがきちんとわかっていた人は、したたかに勉強していた。

ヨコの社会での忙しさを通じて生き甲斐を苦し、大学教授や有望な転職先へと移動していった。

そういう面で、タテの会社関係とヨコの社会のどちらでも忙しい人が、本当にしたたかなサラリーマンということになるだろう。

私は、中高年のサラリーマンには、<span class="b green">「いかにこの時代を生き延びていくか」</span>という<span class="dotted">したたかさ</span>を大切にして欲しいと思う。

そして次なる二毛作人生へのステップをうまく踏むために、いまの生活のなかから、自分の生き甲斐を再発見する努力を惜しまないでやって欲しいと思う。

要は<span class="b blue">好奇心と人生にチャレンジする若さをいつまでも失わないことだ。</span>

知恵や感性に、年齢はあまり関係がない。

感性豊かな人間とはそういうタイプである。]]>
      
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   <title>社外の人脈を大切にする</title>
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   <published>2009-11-06T16:36:47Z</published>
   <updated>2009-11-06T16:39:57Z</updated>
   
   <summary>効率と要領のよすぎるサラリーマンは、かえって限界がある。 自分の伸びるフィールド...</summary>
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         <category term="中高年・シニアがビジネス社会で生き残る為には" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[効率と要領のよすぎるサラリーマンは、かえって限界がある。

自分の伸びるフィールドを狭め、窒息状態に陥ってしまう。

いざというときの対応もできない。

<span class="b">サラリーマンにとって、未来とは現在である。</span>

未来とは空想の産物でもなければ、ただ漫然と待っていれば姿を現すものでもない。

いつかやってくるものと待っていれば、ただ空しく時間だけが過ぎていく。

時代に取り残されていく。

平たく言えば、いま現にやっていることのなかにしか未来はない。

それも、いまはムダと思えるようなもののなかにしか未来は期待できない。

未来を求めるならば、一刻も早く<span class="b">「ムダで終わる覚悟を持った現在」</span>を作るしかない。


遊びもし、よけいな勉強もし、会社以外のいろいろな人間関係を持つことは業務には直接跳ね返ってこないかもしれない。

しかし、<span class="b blue">それをやっている人だけが初めてそれによって伸びることができる。</span>

同じことを懸命にやっているだけでは、進歩はない。

発想を変え、新しい知恵を生み出すことが大事である。

新しい知恵や創造性は、思考や価値観の対立からしか生まれてこない。

同じ考え、同じ知識、同じ気分のサラリーマン同士が集まって、<span class="b green">「キミもそう思うか。実はオレもそうだ」</span>などとマスターベーションをやっているようでは、とてもクリエイティブなのびやかな発想など生まれてこない。

情報の相互確認からは、発想の芽は生まれない。

創造性のベースになる情報とは、二つ以上の違った意見である。


<span class="b">二つ以上の情報がぶつかることによって、新しい視点や新しい発見が得られ、創造性が刺激される。</span>

そこで重要になるのが、<span class="b box-yellow">会社を超えたヨコの人脈、外部のネットワーク</span>である。


一般的に言って、サラリーマンは、ヨコの人脈づくりが苦手である。

ヨコの人脈とは、一人前の社会人としての人間関係だから、あくまでギブ・アンド・テイクの部分を持つ。

ここが昔の学生仲間や地域の仲間、会社の同僚や上司、部下のようななじみの人間関係とは根本的に違うところだ。

いままでのサラリーマンは、社内にどれだけ自分の応援団を持っているかが大きな勝負だった。

ムラ社会の出世競争だから、上を向き、下を懐柔し、ヨコと手をつないできた。

悪く言えば、実力競争ではなく、気配りと人気競争、人格競争だけをやっていたような気がする。

これもすべて否定するわけではないが、その努力の半分を社外へ向けてみてはどうだろうか。

これからのサラリーマンの器量の一つは、会社の外部にどれだけ自分の応援団を持っているかである。

外部に確かな人脈とネットワークがあると、自信を持っているサラリーマンもいる。

しかし、会社を出たとたん、頼りにしていた人脈が意外になかったケースも多い。

それは、個人の魅力と会社の看板を錯覚し、ヨコ人脈の本質を見誤っていたためである。

とくに大企業の部長クラスあたりに、そうした非喜劇がきわめて多い。

大変な仕事の人脈があるように思っていざ独立してみると、それが大いなる錯覚であったという例は枚挙にいとまがない。


<span class="underline">情報を取るためには、与える情報を持っていないとならない。</span>

人脈を広げようと思ったら、自分に魅力がないとならない。

そのためにも、<span class="b green">「自分のため」</span>ということをもっと大事にすべきである。

人脈を広げるためにも、日常的に自分に魅力をつける努力をしないとならない。

それがひいては会社のため、家庭のためにもなると逆発想していくべきである。

<span class="b">「滅私奉公」</span>から<span class="b blue">「活私活業」</span>へと、発想を変えないといけない。


そこで私は、４５歳ぐらいから、会社の肩書きなどとはいっさい関係のない名刺を持つことを勧めている。

個人の名刺でどこまで通用するか、一つ実験してみるのだ。

最初は見向きもされないかもしれない。

しかし、そこでメゲてはいけない。

それは当然のこととして受け止め、では通用するにはどうしたらいいかと努力すればいい。

そこから新しい人脈が生まれ、自前のコミュニティが生まれてくる。

本当の自分が裸でつき合える仲間社会や自分流のネットワークが手に入る。

私は、サラリーマンは超二流サラリーマンを目ざすべきだと思う。


いまや、世界に超一流国はない。

辛うじてアメリカだけが一流国の地位にぶら下がっているにすぎない。

一流国というのは政治・経済・軍事の三拍子が揃わないとなれないものだし、日本は経済分野で力を持つ超二流国で十分ではないか。

日本は超二流国を目ざしていけばいい。

国が超二流を目ざすのであれば、サラリーマンも超二流サラリーマンで十分だ。

ただし、超二流とは一・五流ということではない。

一・五流とは一流に比較して下位の概念であるが、超二流とは本来は二流であるがそれを超えるという意味である。

なまはんかな努力では、なかなか実現できない。

厳しい厳しいとグチばかり言わずに、自分の価値観に力点を置いて考え、自分の生き甲斐のために働き、自分のために忙しくする時代である。

自分のための投資もし、遊びもし、勉強もする。

そして超二流サラリーマンを目ざす。

私はそれを、<span class="b blue">「個人忙しの時代」</span>と呼んでいる。]]>
      
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   <title>サラリーマンには「ムダ」と「遊び」が必要</title>
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   <published>2009-11-04T12:20:47Z</published>
   <updated>2009-11-04T12:21:29Z</updated>
   
   <summary>「経済大国」と言い、永遠の繁栄を極めるかとも思われた日本は、巨額の貿易黒字を計上...</summary>
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      <![CDATA[「経済大国」と言い、永遠の繁栄を極めるかとも思われた日本は、巨額の貿易黒字を計上し続けてきたが、それを支えたサラリーマンには豊かさを実感として味わう暇さえなかった。

ベネチアは４００年、オランダも１００年の繁栄を享受し、文化的にも多くのものを残したが、さて日本のうたかたの経済繁栄はなにを残したのだろうか。

「生活大国五ヶ年計画」というものがあったが、あのビジョンはどこへいってしまったのだろう。

<span class="b green">「豊かさとはなにか」「豊かな生活とはなにか」</span>と、一時期さまざまに論議された豊かさの正体すら垣間見ることなく、暗い時代に突入してしまった。

家のローンと子供の教育費でキリキリ舞いし、さらに、失業の危機すら身近に迫り始めている。

その家ですら、ウサギ小屋と椰輸されるような代物でしかない。

会社のために、家庭のためにと日々戦ってきたサラリーマンは、それ以外に生き甲斐はない。

だがここには、サラリーマンの危険なナルシズムが潜んでいる。

生き甲斐を会社から与えてもらうとか、嫁さんと子供から与えてもらうとかいった気持ちの裏には、自分を犠牲にしていたというナルシズムがある。

<span class="b green">「会社のためにオレはここまでやってきた」</span>

<span class="b green">「子供や妻の幸福のために、自分を犠牲にして頑張ってきた」</span>

という自己犠牲、自己正当化の考えはあっても、<span class="dotted">「自分のために」</span>という発想はなかった。

ところが、会社からはもうそうした忠誠心は不必要と言われ、家庭では<span class="b green">「亭主元気で留守がいい」</span>と言われて、もう行き場がなくなっているのが会社人間だ。

退職後にいたっては、粗大ゴミ、産業廃棄物などというまことに失礼な言い方まで一般的になっている。

少々残酷な言い方になるかもしれないが、会社にしても家庭にしても、実は犠牲にしたなどとは思っていないのである。

会社というものは、利益追求が本来の目的である。

そのために忠誠心を鼓舞することはあっても、過剰適応したサラリーマンの生涯責任まで負うものではない。

家庭でもそうだ。

家庭サービスもせず、「会社、会社」を繰り返す亭主にどれほどの価値を認めているか。
<span class="b green">「今度は私が好きなことをさせていただきます」</span>と、女房のほうから通告される定年離婚が激増していることを見ても、それは明らかではないか。


工業化時代を支えた終身雇用と年功序列の大きな特徴は、自分に対する投資がまずほとんどと言っていいほど必要ないことである。

そのなかで、サラリーマンは、自分に対してあまり投資をせずにやってこられた。

それですんだ、それでも偉くなれた。

ヨコ並び意識、ご同輩意識を大事にし、みんなで手をつないで同じことをやっているのがいちばんよかったし、それで十分でもあった。

自腹を切って社外ネットワークを広げる努力より、会社のなかで自分を引き上げてくれるキーマンに擦り寄り、人脈を作るほうが得策であった。

上を向いて適当にヨイショをやり、早く部課長になって交際費が使えるようになれば、同じ志向の人間が周囲に集まってもきた。

しかし、ソフト化、サービス化時代の本格的到来を迎え、そうしたサラリーマンの処世が通用しなくなってしまった。


もともと日本人は、明治以来の日本的教育システムによってモノづくりに向くように育てられてきたため、ハード的価値を生み出すことには非常に強い。

○×式の二者択一テストに洗脳され、あらかじめ正解に至る道が決まっている問題には強味を発揮してきた。

たとえて言えば、算数には強いが、正解への道がいくつもあり、発想力が要求される数学には弱い。

ムダとか、ゆとりとか、遊びの分野が非常に弱いため、発想や創造性を基礎にしたソフト的価値の創造には弱い。

これからのサラリーマンに大事なことは、時代の価値観や技術の変化に対する<span class="b blue">知的想像力</span>であり、<span class="b blue">感性</span>である。

そうしたものへの投資である。

マーケティングにしても、営業にしても、企画開発にしても、その思想ややり方や戦術が変わったとき、古い成功者ほどたいてい無能ぶりを発揮する。

同じ戦略や戦術が、１０年も２０年も通用するはずがないのに、一度味わった成功体験に固執し墓穴を据ってしまう。

これからの企業は、新しいことに直面し、新しいことを、新しいやり方でやっていかねばならない。

効率が極度に追求され尽くした分野には、もう大きな期待を賭ける果実はない。

いままであまり目を向けていなかったところにこそ、次代のニーズを見つける必要がある。

それが企業生き残りの策である。

効率のよすぎる会社はかえって脆いという逆説はそこにある。

明日への挑戦部分があるからこそ、企業は新しい未来に向けて成長していける。

ムダな部分を排除して、なんでも効率、効率でやってきたツケが酸欠社会を招き、失業者の増加におびえる状況を作ってしまった。

サラリーマンの場合でも、同じことだ。

企業で<span class="b blue">「ムダが活性化の源」</span>であるのと同様、個人では<span class="b blue">「遊びは真面目の活性化」</span>である。

真面目の上に真面目を重ねていったら、その人は、勤勉な怠惰になる。


サラリーマンには、自分の業務に関する専門能力ももちろん大事だが、むしろよけいなことをどれだけ知っているか、ムダなことをどれだけ知っているかということが要求される。

その余力がこれから本当に企業に必要とされる能力なのである。

そのためにはもっと自分に投資しなければならない。

自分のためにムダをやっていないとダメなのである。]]>
      
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   <title>自分だけのプライドを持っているか</title>
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   <published>2009-11-01T06:39:27Z</published>
   <updated>2009-11-01T06:49:22Z</updated>
   
   <summary>会社に忠誠心を持ちすぎる社員にかぎって、いざ肩叩きされたり、左遷されたり、子会社...</summary>
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      <![CDATA[会社に忠誠心を持ちすぎる社員にかぎって、いざ肩叩きされたり、左遷されたり、子会社への出向を命じられたりすると、<span class="b green">「なぜオレだけが」「これだけ会社のために尽くしてきたのに」</span>と会社を恨んだり、反感を持つ傾向が強い。

そういう悲劇を未然に防ぐために、会社本位の古い忠誠心から新しい忠誠心へどんどん比重を移行させていくべきである。

新しい忠誠心とは、まずなによりも、会社へではなく自分の仕事への忠誠心である。

しなやかな忠誠心と言ってもいい。


そのためにいちばん大事なことは、自己に忠誠心があるかどうかである。

自分の人生に忠実な人間であるかどうかである。

というのは、人生に対して誠実な人間が、会社でやはりいい仕事をするからだ。

自分の人生への洞察なくして、表面的にだけいい仕事をするなどということはまずあり得ない。

ワンパターンのサラリーマンの処世術、昔ながらのサラリーマン処世術はもう破綻をきたしている。

これまでのパターン化されたサラリーマン術は通用しない。

自分のプロフェッショナルな部分は、会社に庇護されなくてもなんとかやっていけないとならない。

多少そういうものがないと、会社から見放されたらもうどうしていいかわからないという状態になってしまう。

好むと好まざるとにかかわらず、サラリーマンは、これから自分の生き方をどうするか、どういうスタンスをとるべきかということが問われる。

「会社に尽くす」ということより、<span class="b green">「自分にとっていいこととはなにか、そしてそれが会社にとってもいいことであるためにはどうすべきか」</span>ということが問われる。

「あなたはどういう存在か」ということよりも、<span class="b green">「あなたはなにができるか」「あなたはなにをやろうとしているのか」</span>という可能性のレベル、本当の生き甲斐が問われるということである。

そのためには、どこかに<span class="b">自分だけのプライドを持つ</span>ことが大事である。

プライドというものは、生き甲斐を考えるうえで、非常に大事なものである。

私は、お金儲けや、いわゆる出世主義を一概に否定しない。

それは、地位、ポストとかお金を儲けることは、プライドとしていちばん簡単に満足しやすいことだからである。

サラリーマンは誰にでもなれるものである。

一番なりにくい職業が政治家であると見ている子供が多いというデータを目にしたことがある。

誰にでもなれるサラリーマンであれば、なおのこと、自己啓発したり、努力したり、なにか目標を持つことが大事である。

それでなければ、ただいたずらに歳月に流されて人生の終着点を迎えたときに、<span class="b green">「オレの人生はいったいなんだったのだ」</span>ということにもなりかねない。


出世願望を悪のように言う人には、自分の能力のなさを他人に転嫁して<span class="b green">「人を見る目がない」</span>とかボヤき、自分からはなにもしようとしない人に案外多いものだ。

また、出世願望というものが企業のバイタリティになっている面もある。


伸びている企業には、社長になりたい人材がいくらでもいる。

係長、課長、部長、重役になって自分の能力を発揮したい人がたくさんいる企業は伸びるが、その反対の企業は成長が止まっている。

そこそこで満足しているサラリーマン会社の典型のようなところは、まずバイタリティがない。

バイタリティがない会社はどうやっても伸びようがない。

これだけ競争が激しい時代になると、終身雇用とか年功序列どころか、企業の存立自体がまず問題になる。

出世主義の話が長くなるが、言いたいのは、出世レースのマイナス面ばかりを見るなということである。

出世でもなんでもいい。

とにかくなにか目標を持って進んでいくことによって、いろいろと覚え、したたかな人間に鍛えられていくということである。


サラリーマンというのは、自分の目標を立て、自分の信念を持ち、ともかく人と一緒に会社というムラ社会のなかで懸命に仕事をするが、<span class="b">どこかに自分は自分だ、自分流のやり方でなにかを実現したいというものがなければならない。</span>

仮にそれが出世レースであれば、それに邁進しても一向に構わない。

それが好きなサラリーマンはそういったことに走ってもいいと思っている。

もっとも出世のためには政治力、危険をつかむ嗅覚、危険を避ける才覚、処世、適度なゴマスリなどのいろいろなものが大事だが、ただしこうしたものはしょせん手段だという自覚を持つことが大事である。


政治力、ゴマスリといったものはなかなか魅力的だし、うっかりすると目的になってしまいやすい。

それが目的になってしまったら、会社から<span class="b green">「もういらないよ」</span>と言われたら、それで御用ずみになってしまう。

いまの社内でしか通用しないものをいくら誇っても、外の世界ではまったく通用しない。

だからそうしたものを目的化してはいけないし、地位、ポストを得ることも目的化してはいけない。

出世のために出世するのではなく、自分の能力を伸ばしていく、自分の夢を実現するための手段だと考えねばならない。

そこのところを誤ると、<span class="b red">燃え尽き症候群</span>にかかってしまう。

しかし、<span class="b">それができないサラリーマン、あるいはそういうものではとてもプライドが満たせないサラリーマンは、自分なりの誇りを見つけるべきである。</span>

幸い、現在のような豊かな時代ともなれば、サラリーマンのプライドを満足させる選択肢はいくらでも生まれてきている。

仕事でいえば、スペシャリストで生きるとか、会社よりも自分の仕事や仲間、家庭を大事にするとか、趣味の世界を大事にするとか、二足も三足もわらじを履くとかいろいろなやり方がある。


これからのサラリーマンに必要なことは、<span class="underline b">TQC的思考の穀を脱ぎ、自分という個性をどう出していくか</span>である。

言ってみれば、オンリー・クリエイティブニブイフをどう作っていくかということだ。

とは言っても、中高年サラリーマンの心の奥底には、TQC神話が静かに潜んでいる。

中高年はTQC思考のなかで呼吸し、それなりの成果が得られたからである。

会社を離れた生き甲斐を持とうと言うと、TQC手法を用いて生き甲斐探しを始めてしまう人もいる。


４０代、５０代ともなれば、独り歩きできる訓練をしないといけない。

全員で集団登山するのではなく、独歩行で登山ができる訓練をしないといけない時期である。

それがわかっていても、生身のサラリーマンはなかなかできない。

しかし人生８０年時代ともなれば、まだまだあと何十年と現役でいる。

サラリーマン退役後の時間のことも考え、ここでもう一度、勉強をやり直しても遅くはない。

もちろん会社を代わるのも結構だ。

ただ、<span class="b">どこへいっても通用する人間</span>になって欲しい。

その意味で、言い古された言葉だが、<span class="b blue">企業は人づくりの道場</span>である。]]>
      
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   <title>管理されるサラリーマンにはなるな</title>
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   <published>2009-10-29T17:55:37Z</published>
   <updated>2009-10-29T18:20:01Z</updated>
   
   <summary> 多元化人間、複眼人間が求められている サラリーマンにとって、なにかと生きにくい...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>多元化人間、複眼人間が求められている</h3>


サラリーマンにとって、なにかと生きにくい時代である。

とくに、昔のサラリーマン処世が身についてしまっている年輩の社員には、その処世があまり通用しないだけに厳しい現実だろう。


だからと言って、諦めてしまうのは早すぎる。

サラリーマン処世を先天的に身につけた人などいないし、やり直そうとすればまだ可能である。

さらに、自分に自信のある人間、能力に自信のある人間、柔らかな思考のできる人間は、たとえ中高年でも飛躍の余地は十分にある。


日本が繁栄を謳歌した工業化社会は、人間の能力や個性といったもの、個人の主張や労働の多様な価値観といったもの、そして遊びやゲーム感覚を軽く見すぎていた。

シェア至上主義、大量生産、大量販売主義をベースにした日本的経営は、変化の荒波にもまれ、価値観の多様化に翻弄され、大きな問題点を抱えていることが白日の下に晒されてしまった。


人間の能力や個性を軽く見た思想の代表は、<span class="b">TQC</span>である。

TQCは本来、ムダを排除する合理化の有力なコントロール手段であり、商品の品質管理をめぐる手段にしかすぎないのだが、日本の企業は、これを研究、開発、営業といった創造性や柔軟性を要求される非計量的な世界にまで導入した。

TQC神話が企業を覆い、コントロールのシステムをマネジメントとはき違え、経営の最後の砦のように錯覚した経営者が多かった。

外へ向けてのものやサービスの価値創造が経営の本筋にもかかわらず、生産性の向上という手段が企業本来が持つべき目的と倒錯してしまった。

さらに、品質管理以外にも、TQCには従業員一体化への有効な旗振り手段という側面もある。

会社人間ほどこれを熱心にやりたがった。

全員のガンバリズムほど旧人類の好きなものはないからだ。

こうして生産現場だけでなく、ホワイトカラーまでも生産性第一主義、画一集団主義に取り込まれていった。


組織の成員全員が同じ価値観や倫理観、使命感を持つことは、ソフト化、サービス化社会では決してプラスにはならない。

まったく同じ価値観や倫理観を持たないまでも、日本企業では、ある程度の予定調和的な意志決定方式が普通である。

<span class="b green">「こういうふうに言っておけば賛成が得られるだろう」</span>とか<span class="b green">「自分の意見を通すために、本当はこうしたいのだがこの部分は削っておこう」</span>といったやり方がそれだ。


こうした方法が蔓延しているかぎり、個性的な提案や非常に秀抜な能力など出てはこないし、変化変身への相互抑制の壁はきわめて厚い。

また、ムダの排除を徹底的に推し進めれば、最終的には、人間がいちばんムダということになる。

落語ではないが、ムダを切り捨てているうちに、最後には自分がムダではないかという結論に達してしまうこともある。

そういう自家撞着の怖さがムダの排除にはある。

さらに管理すれば人は働くといった誤った<span class="b red">偏見</span>がある。

サラリーマンは管理されればされるほど、それに身を委ねて安心するだけである。

有能なサラリーマンほど、TQCの限界を知っている。

それに、定められた枠組みに身を合わせて生きていくぐらいの知恵、したたかさを持っている。

ただ、会社がその有効性に目がくらんでいるうちは、その流れに乗っていたほうが楽だから、軽々と乗っていたにすぎない。

哀しいのは、そうした意識を持たなかったTQC信者である。

もちろんTQC活動がすべて無意味であるとは言わない。

そこに欠けているのは、高付加価値時代、ソフト化時代には不可欠の知的感受性である。
TQC程度で人材の活性化ができることはまずない。


いまや、多元化人間、複眼人間が要求されている。

個人の能力が厳しく問われている。

これは企業にとってそうであるだけでなく、サラリーマンが人生８０年時代を生き抜くためにも必要なことである。

人材は規格品ではない。

ムダなことを避ける社員、組織によく摩擦を起こす社員、従来の常識からすれば不良に近い社員なども、品質管理上の欠陥商品ではない。

むしろこれからは、よけいなことをする社員、組織に摩擦を起こす社員、飛んでもないことを夢見る社員こそ会社を伸ばしていくのだ。


だからこそ、能力のある人、個性のある人、人に仕えるだけのサラリーマンであきたらなく思っている人材にとってはチャンスである。

これは年齢にかかわらない。

若者だけでなく、自分に自信がある中高年にとっても、チャンスは十分にあるということである。

新しい時代のウォンツや価値のうねりは、生産性至上主義の地図にはない。

効率という磁場に、価値や能力というものは反応しない。

いつまでもTQCの幻想にとらわれていては、時代の要請から遠く離れたところにたたずむしかない。

まるで羅針盤を失った船のように、荒々しい波間で沈没を待つしかない。]]>
      
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   <title>肉体のモーレツから精神のモーレツへ</title>
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   <published>2009-10-28T07:45:31Z</published>
   <updated>2009-10-28T08:03:48Z</updated>
   
   <summary>中高年の間に、肩叩きから逃れるために「ほほえみうつ病」が広がっていると言う。 自...</summary>
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         <category term="中高年・シニアがビジネス社会で生き残る為には" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[中高年の間に、肩叩きから逃れるために<span class="b red">「ほほえみうつ病」</span>が広がっていると言う。

自分の弱味、不安感を隠すために、つくろってほほえむ「軽度うつ病」の一つである。

９０年代初頭にも増して、これからの時代はサラリーマンにとってますます厳しさを増す。

会社は簡単に伸びないし、地位、ポストもかぎられてくる。

終身雇用もあと５年持てばいいほうだろうし、配転や出向も日常茶飯事化する。

会社大事の使命感を振り回しすぎる社員にかぎって、自分にとって不都合な人事に傷つき、会社に深い恨みを残すことになる。

一度厳しくなったサラリーマンの環境は、多少の景気回復などでは好転しないだろう。

景気うんぬんではなく、サラリーマンの存在自体に根本的変化の潮流が押し寄せているという乾いた認識が必要だ。

そうした局面では、精神のモーレツが要求される。

高度成長期は肉体のモーレツ時代だった。

経済の成熟化とソフト化、サービス化という産業構造の転換期には、肉体のモーレツより精神のモーレツを持たねばならない。

個人のハートのスタミナ、精神的なバイタリティが大事になる。


企業戦士といわれる人々は、働き盛りを高度成長期のなかですごしている。

肉体のモーレツな経験はしても、本当のピンチというものは経験していない。

だから、ハートのスタミナが乏しく、孤独にきわめて弱い。

環境の激変に遭うと、立ちすくんでしまうばかりだ。

いま中高年が直面し立ちすくんでいる大きな問題とは、<span class="b red">忠誠心の空洞化</span>である。

<span class="b green">「なにごとも会社のため、会社あっての自分」</span>という一社一心の健気な忠誠心が、平成不況で最後の一撃を受けようとしている。

実はこうした忠誠心は、オイルショック時や円高不況時の減量経営で現実的基盤を失いかけていたのだが、その後の平成景気で、労使ともその無用性を一時棚上げしていたものだ。

より正確に言えば、日本的企業風土のなかでは、この間題に触れずにおいたほうがお互いに気まずくならずにすむという事情もあった。

中高年の間には、ひょっとしたら事情が好転することがあるかもしれないという淡い幻想を抱いている人がまだいるようだが、それはまさに幻想にすぎない。

会社人間の健気さはよくわかるが、会社というものは、本人が思っているほど、「個人の会社思い」を評価しないものである。

多分に会社からなめられているところがある。

いいように会社に使われ、無事に勤め上げても<span class="b green">「ご苦労さん」</span>で終りである。


思えば、滅私奉公型の忠誠心が成長の推進力であり得た高度成長期は、サラリーマンの黄金時代であった。

だが忠誠心がそのおおらかさと純度を失い、生き残りのため、組織にしがみつくための処世術という、切ないいびつな形に変形してしまった。


日本の企業組織は、チームワークが非常に有効な形で威力を発揮した組織形態であり、サラリーマンは人間関係、それも集団の人間関係でほとんどの仕事をしてきた。

他人との差異をセールスポイントとし、自分は自分だというところが意外に少なかったし、またそういう人間はサラリーマン不適格の熔印を押されたりもした。

<span class="b">「協調」</span>が貴ばれる社会ではよくあることである。

その結果、集団を離れての自分のための心の拠り所がサラリーマンにはあまりない。

自分というアイデンティティが非常に稀薄になってしまった。

だから、会社という他人様が与えてくれた課長とか部長、重役とかいった地位、ポストがアイデンティティになったり、会社の看板や名刺、バッジがアイデンティティになったりもした。


ハートのスタミナとは、別の表現をすれば他人様から与えられたものではない、自分流の心の拠り所、つまりアイデンティティをもっているということである。

会社と地位、ポストにしかアイデンティティがないというのは、心の防衛策としては最低、最悪である。

武装もせず、戦場に赴いているようなものである。


会社が倒産するしないは別として、そうしたアイデンティティとも呼べないような拠り所は、なにかの失態で一瞬にしてなくなってしまう。

たとえ自分と直接関わりのない失態であっても、管掌すべき地位にあれば、責任を問われて取り上げられかねない。

また、定年を迎えれば、会社という他人様が与えてくれた生き甲斐は当然お返ししなければならない。

恵まれた人は若干の猶予期間を与えられるかもしれないが、それにしてもいつかはお返しするものである。


日本のサラリーマンは、仕事が忙しいから、身体はある程度鍛えている。

勉強していないと生き残れないから、ある程度頭も鍛えている。

しかし、肝心の精神だけは、あまり鍛えていない。

バイタリティというのは、肉体的なものだけではない。

精神的なバイタリティというのも非常に大きい。

環境が厳しくなればなるほど、この精神的なバイタリティが大事になってくる。


<h3>精神的な強さは鍛えないと強くならない</h3>


身体はいじめられることによって鍛えられていく。

強いものになっていく。

精神面でも同様だと思う。

心も多少いじめて鍛えないと、丈夫にはならないし、スタミナもつかない。

保護し、真綿にくるむようにしていれば丈夫になり、鍛えられるという性質のものではない。

３０代、４０代の人間は、これから本格的ポストレス時代に生きなければならない。

ポストレスと言っても、いろいろなチャレンジの分野はある。

寄らば大樹の陰でやっていければ楽だが、どう考えても、もう寄らば大樹の陰のサラリーマンの時代は終わる。

３０代、４０代の人間は、いまのうちにピンチを経験しておくといい。

むしろ意識的に、２回とか３回とかピンチを引き受けたほうがいい。

あるいは、ピンチに遭遇したら喜んだほうがいい。


<span class="b">ピンチとは、自分を見つめることである。</span>

自分を見つめるときははっきり見つめたほうがいい。

そうすることによって、ハートが強くなっていくし、ハートのスタミナが鍛えられていく。

自分が鍛えられていく。

ハートにスタミナがつけば、度胸も座るし、決断する際にも効力を発揮する。

判断力というものは、たいてい誰でも持っている。

<span class="b">そこから決断力に持っていくのが難しい。</span>

決断というのは、ある一つの選択をすることで、他のすべての選択肢を放棄することである。

自分でもなかなか判断のつきにくいところに自分を賭けることであり、どこかに野蛮なところがある。

<blockquote>
<p>「決断とは、知力が冒険を呼び起こし、意志を発動させるものである」</p>
</blockquote>

クラウゼヴィッツはこう喝破している。

勝海舟は、これを肝識とよんでいる。


また、決断を実現させるためには、部下に対して、多少強引であってもねじ伏せていくような力がいる。

「知的腕力」「知的度胸」とでも言うべきものだが、その「知的腕力」「知的度胸」も、精神的に打たれていく過程でしか鍛えられない。

もちろん性格もあるだろうが、打たれ、痛めつけられていくことによって鍛えられていく部分が非常に大きい。


現代は、企業もサラリーマンも、目標やテーマを自分で発見する時代である。

規模の経済性が豊作貧乏を招いてしま単一巨大企業の時代は終わった。

作れば作るほど赤字を招き、重い足伽となっている。

汗水を流し、時間をかけた努力も、必ずしも成果とは一致しない。


これからのサラリーマン社会は、能力主義が一般的になるだけに、以前にもまして浮き沈みの激しい社会になっていく。

これからは、実力主義にふさわしい能力を発揮して伸びる人、いわゆる普通のサラリーマン、そして落ちこぼれの格印を押される余剰労働力の三種類に分類されていく。

同期といった枠を超え、地位の上下に縛られないサバイバルな「サラリーマン下剋上の時代」が本格的に到来する。


乾いた実力主義の時代とはいえ、日本的なメンタリティは一朝一夕になくなるものではない。

そして大部分のサラリーマンがあとの二つのカテゴリーに入るため、お互いの不安や嫉妬心はつのるばかりだ。

チマチマした視線がびっしりと張りめぐらされ、絡み合う社会になっていく。

そうしたサラリーマンは、会社にしがみつこうと、役にも立たない忠誠心ごっこのようなことをやり出す。

よけいに神経がくたびれる場面が増えていく。

チマチマしたサラリーマン処世の達人や、ただの能吏ほど話していて退屈な人種はない。
会社の看板や地位、ポストを取り上げられたらおよそ使い道のない人間ではつまらないではないか。

忠誠心などもう必要ないと会社が言ったら、もうそれでおしまいなのである。


私は、４５歳のとき、たいていの中高年がそうであるように、年とった両親の世話と子供の教育事情で、やむなく名古屋へ２年間の単身赴任を経験した。

私の場合は、単なる転勤ではなく、左遷に近いものであった。

それも役員一歩手前で、階段から転げ落ちている。

この２年にわたる単身赴任は、いま思っても、自分の人生のなかでの大きな山の一つであった。

いつの間にかたくましくなり、<span class="b blue">自立心</span>が生まれた。

仮に、私にハートのスタミナが多少ともあるとすれば、それはこの名古屋時代についたのだと確信している。

繰り返しになるが、これからは<span class="b box-yellow">サラリーマンが個人として自立しなければならない時代</span>である。

そのためにも、ハートにスタミナを早くつけて欲しい。


会社のなかで有効なハートのスタミナとは、心の防衛源であるが、一面で存在の
スタミナ、個人のレーゾン・デートル（存在理由）を保障するものでもある。

その意味から、社内でスタミナをつける以外に、サラリーマンには、やはりやってもらいたいことがある。

それは、外部の仲間社会や自分流のネットワーク、趣味、そういうもう一つのアイデンティティを持つことである。]]>
      
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   <title>定期的に自分と会社のレポートを書く</title>
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   <published>2009-10-25T17:54:39Z</published>
   <updated>2009-10-25T17:57:18Z</updated>
   
   <summary>サラリーマンの能力で大事なのは、やはり業務遂行能力である。 仕事ができなければ話...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[サラリーマンの能力で大事なのは、やはり<span class="b">業務遂行能力</span>である。

仕事ができなければ話にならない。

ただ、サバイバルな時代には、必ずしもそれだけでは十分ではないということを知っておくべきである。

サバイバルな時代を生き抜くために必要な条件。

あえてその条件を一つだけ挙げるとすれば、それは一種の「しぶとさ」　であろう。

サバイバル競争が厳しくなればなるほど、サラリーマンを取り巻く環境はそれに比例して厳しくなっていく。

そこで、これからのサラリーマンは、タデとヨコの戦いを、したたかに、かつしぶとくやっていく必要がある。

社内では自分をアピールしてしこしこ出世レースもやるが、一方で社外の人脈も増やしていく。

このまま会社のなかで突き進んでいったほうがいいのか、あるいは勝負の土俵を外に求めてヨコで勝負したはうがいいのか、そこでもう一度チャレンジしたはうがいいのか、そのように考える時代である。

そのために私は、２０歳後半から３０歳、３５歳、４０歳、４５歳と、５年単位ぐらいで自分の能力と知識、体験のチェックをやり、同時に会社のチェックもやることをお勧めしたい。

いわば、年ごとに自分と会社のレポートを書いてみる、５年ごとの自分の卒論と言っていいかもしれない。

チェックをやると言っても、なにも転職を前提にする必要はない。

ただいつでも転職できるだけの準備は整えておいたほうが安心だし、準備ができていれば不測の事態に出会っても余裕が持てる。

その態勢のチェックが５年おきに続くと考えればいい。

そのチェックによって、自分に足りない部分、もっと磨いたほうがいい部分が見えてくる。

また、会社が抱えている問題点や将来性、自分がやるべき仕事なども見えてくる。

つまり、したたかさへの武器が見えてくると同時に、したたかさの発揮どころが見えてもくる。

どうアピールするのが効果的かもわかる。

しぶとく生き残るという点で言えば、肩叩きなどから幸いに逃れられたとしても、これからのホワイトカラーには、忙しい人と暇な人の二極化が直線的に進む。

年功序列が崩れるのだから、能力のある人はそれなりの地位、ポストに昇進してますます忙しくなり、実力のない人はますます暇になる。


同じ地位、ポストにある人間の間にも、そうした二極化は進む。

たとえば同じ課長、部長であっても、仕事を開拓する能力、仕事を創造できる能力に優れた課長、部長は忙しくなるということである。


ということは、<span class="b">いままでのヨコ並びの賃金体系はどうしても崩れざるを得ない。</span>

<span class="b green">「人はパンのみにて生きるにあらず」</span>とはいうものの、サラリーマンにとって賃金は大きなインセンティブである。

会社はそのことをよく知っているから、ヨコ並びの賃金体系を崩すことによって仕事の多寡に報おうとするだろう。

また地位、ポストがかぎられてくるから、賃金でしか報いる方策もなくなってくる。

日経新聞の記事によると、MIT（マサチューセッツ工科大学）経営大学院のレスター・サロー学長は、今後、労働者の賃金の二極化を次のように予測している。


<blockquote>
<p>「これまでの１０年間でアメリカで起きたようなことが日本でも起きる。</p>
<p>グローバル・エコノミーのなかでは、いったん、技能の優劣を基準とした賃金の調整が始まると、その国の平均賃金水準とは無関係に、賃金は国際的に等しくなろうとする傾向がある。</p>
<p>世界の労働市場において、技能で中国の上から半分の労働者が日本の下から半分の労働者よりも優れたとしたら、経営者はどうしてわざわざ中国よりも技能の低い日本の労働者に、より高い賃金を支払おうとするだろうか」（１９９４年１月１０月付）</p>
</blockquote>


<span class="b blue">能力主義の時代には、技能が賃金を決定する大きな要素になる。</span>

ホワイトカラーにも国境がなくなり、優秀な人間はそれに見合った篤い待遇を受けるということである。

ボーダーレス時代の企業とはそうしたものである。

仕事が二極化すれば、賃金格差をつけられたり、賃金ダウンに見舞われる事態が当然起こる。

そうした事態を受容できるサラリーマンは、おおらかに暇を楽しめばいい。

仮に出世しなくても、やはり人並みの所得が欲しいというサラリーマンは、外でアルバイトをして埋めていけばいい。

本来の仕事をタテとすれば、ヨコの仕事を持つということになる。

会社は、社内の知識しかない人間、２４時間会社人間の限界にはもう気づいている。

会社がはっきりと賃金格差をつけるようになれば、会社はアルバイトやセカンドジョブを認めざるを得なくなる。


いままで会社がアルバイトやセカンドジョブを認めなかったのは、平均的労働、平均賃金が原則としてあったからである。

それは、規模の利益を求める大工業時代の原理原則のようなものであった。


しかし、賃金格差が本格化する時代には、会社には、高い賃金を払うサラリーマンの時間を拘束する権利はあるが、忙しくない、そしてあまり高い賃金を払っていないサラリーマンは同等には扱えない。

そうしたサラリーマンの時間を拘束する権利はそれほど大きくないからだ。


本来の仕事以外で報酬を得るシステムは、イギリスではジェントルマン・スカラー、アメリカではウイークエンド。

クリエイティブ・ジョブ、ムーンライト・ジョブなど、さまざまな形態がある。

そうした形が実力主義の補完装置として登場するにはそれなりの理由があるし、日本でも常態化していくだろう。

賃金格差の代償に、余分の時間が獲得できる。

余った時間は、やはり個人の権利である。

忙しくない人は、このように前向きにとらえ、それをどう使えばいいかを考えればいい。-----
EXTENDED BODY:]]>
      
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   <title>アピールカも能力のうちである</title>
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   <published>2009-10-22T20:11:25Z</published>
   <updated>2009-10-22T20:31:32Z</updated>
   
   <summary> 好機は自分で作り出すものだ 能力主義時代は、「能ある鷹は爪を隠す」ではいけない...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>好機は自分で作り出すものだ</h3>


能力主義時代は、「能ある鷹は爪を隠す」ではいけない。

自分の能力を磨くだけではなく、それを一方でうまくアピールすることも大事になる。

「能力のプレゼンテーション」が下手な人間は、なかなか好機に恵まれないだろう。

「見る人は見ている」とよく言うが、それを信じて頑張っていたら定年になってしまった、という笑えないような本当の話はいくらでもある。


イギリスのモラリストであるS・スマイルズは、『自助論』のなかで言っている。

<blockquote>
<p>「もし好機が到来しなかったら、自ら好機を作り出せ」</p>
</blockquote>

機会がないと嘆いていても成功はおぼつかない。

積極性がないと、自分の思いはなにも実現できない。

能力とは、最終的には自分の人生を創り出すもろもろの営為すべてを指す力である。

アピールカもその一つだ。

地位ポストでもそうだ。

従来のように、大過なく日々をまっとうさえしていれば、<span class="b green">「あいつもそろそろ相応の年齢になったから……」</span>とポストや昇進の機会が与えられる時代ではない。

若者を「指示待ち族」と言うのなら、いままでの旧人類は「地位ポスト待ち族」であり、「上司退職・上司昇進心待ち族」であった。

たいした仕事や実績がなくても、それでもトコロテン式に昇進していくことができた。

ほどほどの遠慮も必要だし、慎みもそれなりに評価できるが、つかむべきときはしっかりと自分でつかむ。

これがサラリーマンの気概というものだろう。

ましてやポストレス時代ともなれば、つかもうとする意欲を見せないかぎり、地位、ポストはめぐってこない。

上司の異動、退職などによってポストが天下り式に降ってくる時代は彼方にすぎ去った。

新しい事業に踏み出すときの社内募集などにも、真っ先に手を挙げたほうがいい。

分社などへの希望出向も、自分から進んでいったほうがいい。

それがピンチかチャンスか、やってみなければなかなかわからないものである。


ますます、業界、業際の垣根がなくなる。

リード産業、リード企業も不明確になっていく。

なにが幸いするかわからない時代である。

住み慣れた世界が居心地もいいし、安心感もあるだろうが、新しい世界に賭けてみるというのもまた悪いものではない。

指名されていくより士気は高いし、それなりに納得する部分もある。

なによりも、自分なりの問題意識が明確になる。

新規事業で指揮を執る場合も、分社で経営に携わる場合も、経営の技能面や人を使う面を同時に総合的に勉強できる。

そうした気象に富んだ人が、本当のエリートである。

<blockquote>
<p>「いかなる職業でも、自分が支配するかぎり愉快であり、服従するかぎり不愉快である。</p>
<p>電車の運転手はバスの運転手ほど幸福ではない」</p>
</blockquote>

フランスの思想家アランは、こう言っている。

<span class="b">完全にコントロールされ、決められたレールの上しか走れない仕事より、自分でコントロールしている仕事のほうがやり甲斐がある。</span>


寄らば大樹の陰で、いつも安全策ばかり取ろうとする人は、本人に運が回ってきても、たいていは自分からその道を逃がしてしまうものである。

年功序列に可能なかぎりぶら下がっていたい過保護の擬似エリートは、未知の新たな挑戦には必ず尻込みする。

それが大きなジャンビング・ボードに化けることに気がつかない。

自らチャレンジに応じる人、あるいは自分を積極的にアピールできる人は、仕事に自信のある人だろう。

そうした人が身につけるべき能力は政治力であり、人間関係の怖さを知ることである。


サラリーマンは組織あってのサラリーマンである。

いくら能力があり、知恵があっても、一人でできることはたかが知れている。

大きな仕事になればなるほど組織が必要になり、他人の助けがなければ仕事は進捗しない。

注意すべきことは、サラリーマン社会は嫉妬社会であるということだ。

他人との相対的な比較で自分というものがある程度決まってくるから、そこにはどうしても嫉妬がつきまとう。

高い能力、高い評価に対しては、嫉妬も深くなる。


能力のある社員、知恵のある社員は、たしかに企業は大事にするだろう。

だからと言って、安閑としていてはいけない。

弾は前からしか飛んでこないと決め込んではいけない。

うしろから弾が飛んでくることもある。

思わぬことで足をすくわれることもある。

能力のあるサラリーマン、知恵のあるサラリーマンは、嫉妬社会の視線の圧力でつぶれてしまわずに、しぶとくしたたかに生き残って欲しいと思う。

そこには政治力も必要になってくるということだ。]]>
      
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   <title>ピンチに陥ったらどうするか</title>
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   <published>2009-10-20T01:50:28Z</published>
   <updated>2009-10-20T02:05:00Z</updated>
   
   <summary> したたかなサラリーマンとは、絶体絶命のピンチを未然に防ぐ「逃げのテクニック」や...</summary>
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      <![CDATA[
したたかなサラリーマンとは、絶体絶命のピンチを未然に防ぐ<span class="b">「逃げのテクニック」</span>や<span class="b">「かわしの芸」</span>を持っている。

しかし、いつもそればかりでは、なんのために生きているのか、なんのためにサラリーマンをやっているのかわからない。

ましてや仕事を通じての自己実現など及びもしない。

チャンスと見たら、やはりそこは突進していくべきだ。

ただやっかいなことに、チャンスというのは、決して安全な面ばかりを持つわけではない。

往々にして、ピンチとチャンスは重なり合っていることが多い。

そしてチャンスが大きければ大きいほど、待ち受けるピンチもまた大きくなる。

言ってみれば、コインの裏表のようなところがあり、そのコインにもまた大小があるということだ。

自分のサラリーマン生活を振り返ってみても、最も印象に残っているのはチャンスよりもピンチである。

ピンチのときこそ自分の勝負時であったということがわかる。

なにかを成し遂げて上昇気流に乗っているときの満足感はたしかに高揚した気分であるが、いつまでも続くものではない。

また、いつまでもその成功感に酔っていては、次の進歩もない。

順境しか知らない人間は意外にもろいものである。


昔から言うように、<span class="b blue">ピンチや逆境は人を練る最高の機会</span>である。

ピンチをピンチとして受け止めれば、なにが自分にとって大事なことか、そして必要なことかが見えてくるし、度胸も座る。

頭の上げ下げ一つにしても変わってくるし、人への応対も真剣にならざるを得ない。

そうしたことを発見し、身につけることができれば、大きな財産にこそなれ、決してムダなものではない。


サラリーマンにはいろいろなピンチの場面がある。

仕事の成功など、確率的に計算できるものではない。

偶然とか成り行きとか、めぐり合わせなどの要素が非常に強いものだ。

思わぬ派閥抗争に巻き込まれることもある。

私のような左遷ということもあるだろうし、単に仕事がうまくいかないというときもある。

子会社出向とか、傍流に飛ばされるとか、不本意な配転とか、降格とか、単身赴任とか、それこそ山ほどのピンチがある。

そのときになにをやるか、これが勝負だ。

私は、左遷され、単身赴任したときは簡単にオタオタし、三ヶ月ほどは呆然自失の状態になっていた。

そのとき、この大ピンチをどうプラスに持っていくかということを私なりに懸命に考え続けた。

しばらく自分の評価は変わらない。

当分、最悪の評価が続くことは明らかだった。

ともかく仕事の分ということを心がけ、あとの暇な時間は読書に精を出した。


たしかにピンチは愉快なことではない。

サラリーマン生活をあまり知らない評論家や学者がきいた風なことを言っても、いざ自分がその立場に置かれたらどうなるか。

日頃説いているような高邁な論や処世のハウツーが実行できるだろうか。

おそらくオタオタし、陳腐な表現だが、目の前が真っ暗になってしまうのが普通だろう。
ピンチになったとき、頼りになりそうな上司に泣きついて禰縫策を打つ手もあるだろう。
派閥というものがあれば、そこに潜り込んでそれなりの保全策、保険を得るのもよいだろう。

それによって罪一等を減じられる幸運が舞い込むこともあるだろうが、ただそれだけしかないサラリーマンというのもつまらない。

<span class="dotted">自分というものがない</span>と思えるからだ。

そういうときは、オタオタしてもいいと私は思う。

オタオタしてしまうのが人間というものだと思うからだ。

逆境のなかで大事なことは、自然体でいること、自分の感情に素直であることだ。

<span class="b green">「大変なことになった」「あいつのせいでこんな目に遭った」「これからどうしよう」</span>とかいろいろ考えながらも、その一方で<span class="b green">「ここが自分の勝負どころ」</span>という覚悟のようなものをどこかで持っていることである。


さめたもう一人の自分をもつことである。

その覚悟があれば、マイナスをプラスに転換することができる。

<span class="b green">「伸びるために屈せよ」</span>レーニンはこう言っている。

いまのピンチは、次の飛躍のための準備なのだと前向きに考えることだ。

自分の感情の流れをあまり無理してコントロールしようとしないほうがいい。

人間の感情など、そう簡単にコントロールできるものではない。

仮にうまくコントロールすることができたとしても、長期にわたってその状態を維持することは不可能に近い。

感情を理性でコントロールするというムリにムリを重ねるだけで、ストレはたまる一方、自分を見つめる視線が強い人ほどノイローゼとかに陥ってしまいかねない。

楽天性は、浮き沈みのはげしいサラリーマン処世をしぶとく生き抜くための、最も大事な資質である。

ピンチを迎えた原因には、運もあれば、派閥抗争もある。

能力的なものも考えられる。

単なる運であればさっさとあきらめるのが利口だし、派閥抗争に巻き込まれてピンチに陥ったとしても、お手並み拝見と行方を眺めているぐらいの余裕は持ちたい。

能力的なものであれば、まだ打つ手はある。


サラリーマンの能力とは、「これが能力です」と、ボンと取り出せるようなものではない。

実務的、機能的な能力と、性格的なもの、精神的なものの両方がある。

性格的なもの、精神的なものが実務能力の幅を広げ、広げられた実務能力が、再び性格的なもの、精神的なものにフィードバックされる。

二つの能力の総合、複雑なミックスがいわばサラリーマンの能力というものである。

サラリーマンの器量である。

こうした循環がどの程度できるかによって、本人の器量の大きさが規定される。

能力的なものでピンチになったときは、自分にはなにが欠けているか、どうすればそれが身につくかを冷静に考える好機となる。

欠けているものを補充し、一回り大きな器量持ちになればいいではないか。

ピンチになったときは、それを潔く引き受けるのも、これからのサラリーマンにとって必要なことである。

ある面では、ピンチは人間にとって大きなチャンスになる。

そこをどう克服するかが勝負になる。


なにも自分から好き好んでピンチを求める必要はない。

しかし、ピンチになったら、下手な悪あがきはやめて、そこはあっさり覚悟してかぶってしまったほうがいい。

下手な悪あがきは、それまでの人間関係をズタズタに引き裂いてしまう危険があるし、なによりも本人の精神に傷跡だけを残す。

人生８０年時代ともなれば、これから浮き沈みは何回でもある。

たとえサラリーマン生活をまっとうしても戦いは終わらない。

もっと難しい局面が待っているかもしれない。

逃げて逃げて逃げまくることは不可能に近い。

サラリーマン時代にピンチに陥ったら、そのときのための勉強だと思えばいい。
サラリーマンの戦いにはいろいろな面がある。

なにも挑戦だけではない。

会社でなにもやらないことに耐えるのもまたひとつの戦いである。]]>
      
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   <title>巧妙な戦いが出来るサラリーマンになろう</title>
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   <published>2009-10-17T10:53:46Z</published>
   <updated>2009-10-17T11:09:27Z</updated>
   
   <summary>弾に当たったことのないサラリーマンなど、私は信用しない。 仕事をしていないか、上...</summary>
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      <![CDATA[弾に当たったことのないサラリーマンなど、私は信用しない。

仕事をしていないか、上辺だけの要領ですり抜けてきた人間に違いない。

弾にいっぱい当たって怪我してきた人のほうがしぶといし、本当の実力がある。

鉄砲の弾に当たったり、絶対に逃げないことによってしか身につかないことが、サラリーマンには無数にある。

これは一見すると損なように見えるが、将来、必ずお釣りがくるものである。

弾に当たれば、たしかに精神的に辛いし、怪我もするが、チャレンジしなければ人は伸びない。

たとえ、結果が失敗に終わっても、一歩踏み出してこそ能力は初めて大きく伸びるものである。

それにしても、サラリーマン社会には実に多種多様なサラリーマンがいるの　社内での出世というワンパターンの上昇志向に燃える者もいれば、仕事は人並みで十分、趣味や遊びの世界に深い満足感を覚えるサラリーマンもいる。

本来の仕事はそれほどではないが、社内人事の情報や個人の噂の収集には卓抜な才能を見せるサラリーマンもいる。


また、昇格の望みが絶たれたらさっさと転職してしまう人がいれば、降格や左遷などに遭遇しても、しぶとく生き抜くのがサラリーマンある、と考える経済戦士もいる。

コンプレックスだけがバネになっているような人間もいるし、偽悪家ぶって斜に構えることで存在を示そうとする者もいる。

あるいは、周囲の声などなんのその、小気味がいいほどゴマスリに徹し、上からの覚えめでたく引き上げられていくサラリーマンもいる。

多くの人は、ゴマスリに批判的だが、私などは、本人がきちんと自覚さえしていれば、それはそれでサラリーマンのしたたかな生き方の一つとして認めるべきではないかと思う。

明治日本最大の政治家・大久保利道は、藩主・島津久光に取り入るために囲碁を習った。

会社観にしても十人十色である。

仕事を通じての自己実現の場と考えるサラリーマンもいれば、労働の対価としての賃金を得る場にすぎないと見るサラリーマンもいる。

あるいは、サラリーマンになるのが普通の選択だから勤めただけという者もいる。


サラリーマンにとって、失敗は怖いものである。

だから、弾に当たることを恐れもするし、できることなら危ないことには近づきたくないという気持ちもわかる。

しかし、<span class="underline">冒頭でも言ったように、弾に当たったことのないサラリーマンには、本当の実力がつかない。</span>

失敗しても命までは取られない。

失敗したら、この借りはいつかお返しいたしますぐらいの気概が欲しい。

失敗したらそこから学べばいい。

イギリスの評論家であり歴史家であるT・カーライルも言っている。


<blockquote>
<p>「失敗の最たるものは、なにひとつそれを自覚しないことである」</p>
</blockquote>

厳しいサバイバル時代だからこそ、そして自己防衛、自己保身ばかり考えていないからこそ、こうした痛い目にも遭うのだと思うぐらいの図太い神経が欲しい。

減点主義で絶えず上の目をうかがい、チマチマ生き抜いてきたサラリーマンなどどこに魅力があるのか。

外の世界で、いったい誰が買うというのだろうか。

企業の人事システムのなかで、最悪のものは減点主義だと私は思う。

減点主義人事というのは、結局のところ、なにもやらなかった人間が押し出されて先頭を走るようになる。

減点主義とは、企業の最前線に出ることもなく、鉄砲の弾にも当たらず、いつも人のうしろに身を潜めた人間が最も効率よく出世できるシステムである。

自分から進んで仕事をすれば、やはり鉄砲の弾も飛んでくるし、怪我もする。

だからなにもしないのがいちばん得だということになる。

これでは会社に活力が生まれないし、伸びもしない。

なによりもサラリーマン自身が伸びない。

伸びようとする芽を自ら摘んでしまうのだから無理もない。

そういうシステムにうまく対応したサラリーマン処世の達人は、小さなところでは得をするかもしれないが、やはり大きなところでは損をする。

自分の勤めている会社というある限られた範囲、サラリーマン人生というある限られた時間では多少人よりいい目を見ることもあるが、会社を離れたところで、その人にはいったいなにが残っているのか。

最近でこそ、こうした減点主義人事の弊害に気づいた企業もかなり増えているが、それに代わり得る決定的な人事システムはまだ構築されていないと言える。


新しい人事評価システムの一つに、キリンビールが始めた「失敗加点」というものがある。

たとえ失敗であれ、挑戦として評価できるものであればプラス評価を与えるシステムである。

自分の立てた目標の実現度の自己評価と上司の評価、さらに挑戦内容に応じて点数がプラスされて総合評価となる。

大きな目標を掲げて努力する、<span class="b">失敗を恐れない挑戦的風土</span>を創ろうという狙いである。

新しい試みとして、大いに注目しておきたい制度である。


しかし、なんでも突撃せよ、一匹オオカミになれと言っているのではない。

鉄砲の弾に真っ先に当たるべLと言っているのではない。

鉄砲の弾に真っ先に当たっていくことばかり考えているサラリーマンは、どこか抜けている。

これは犬死である。

やはり組織のなかに生きるサラリーマンなのだから、そこは巧妙自在な戦いをして欲しいと思う。

私がサラリーマンの処世術を一方的に軽蔑しないのは、そこにある。


ピンチをどう逃げるか、危ない仕事に近寄らないためにはどうすればいいか、そういうテクニックを覚えることも大事である。

たとえば、この場面は逃げたほうがいい、あるいはかわさないと間違いなく討死することが明らかな場合、あえて自分で墓碑銘を刻むことはない。

そんな場合まで、銃弾の雨のなかを突進していくことは愚の骨頂だ。

逃げも実力のうちである。

歴戦の勇士やすぐれた武将は、かならず徹退戦が上手である。

それでも、減点主義人間より一匹オオカミのほうがまだましだと言える。

いつも自己防衛のことばかりを考え、一歩も踏み出そうとしない人間より人間的だからだ。

そして、なによりも後ろ向きでないところが買える。]]>
      
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   <title>ベテラン度に逃げ込むな</title>
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   <published>2009-10-15T21:20:27Z</published>
   <updated>2009-10-15T21:50:12Z</updated>
   
   <summary> 過去の知識や体験は陳腐化した 能力主義、実力主義と言っても、判定するリトマス試...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>過去の知識や体験は陳腐化した</h3>


能力主義、実力主義と言っても、判定するリトマス試験紙があるわけではない。

また、ロールプレーイングのような擬似ビジネス、ビジネスのシミュレーションで程度がはかれるものでもない。

実戦ビジネスと練習とは、比較などできるものではない。

実戦は状況が一定均一のものではないし、解の有無もわからない。

応用問題をつねに解くようなものだからである。

マニュアルがあって、たとえばこう進めれば契約が取れるというようなシミュレーションとは本質的に違う。


実施に当たっても、絶対評価だけでいいのか、相対評価をある程度加味すべきか、目標管理制度にするかなど、ガラス張りで公平な評価制度にするにはどうするかという難問もある。

報酬と昇進の関係をどう位置づけるか、敗者復活戦をどう認めるかという問題もある。

ただ、時代の趨勢として、能力主義、実力主義への流れはもう止まらないところまできている。

私など、<span class="b">実力主義を本当に適用すべきは経営者ではないか</span>と思っている。

管理職や一般社員にだけ実力主義を適用すれば、会社は安泰である、成長できる、あとは従来通りでいいということはあり得ない。

<span class="b green">「日本の大企業のトップは経営者というより管財人である」</span>という声もある。

ポストも賃金も増やせた高度成長期に就任したトップは、得られた富を平等に分配し、不平不満が出ないようにさえすればよかった。

そして、その方法論からなかなか抜け出せないでいる経営者がいまだに多い。


企業というものは経営者の舵取り一つでどうにでもなる。

経営者格差が企業格差をもたらし、企業の盛衰を決定する。

とくにソフト化時代というのは、経営者の能力差が歴然と出る怖い時代である。

どの業種も、どの企業も、生産怪を上げればヨコ並びで恩恵が受けられ、成長していける時代ではもはやない。

厳しい環境下にあるいま、経営トップに、この激しい潮流を引き受ける覚悟ができているかどうか、実力があるかどうかが、大きな問題となる。


一部のユニークな会社では、社長立候補制や上級幹部選挙制、さらには集団合議による年俸決定などを実行しているところもあるが、まだまだ市民権を得ているとは言えない。

企業とはしょせん時代適応業にすぎない。

同じパラダイム、同じ競争のやり方、同じ組織と人が１０年も２０年も通用するものではない。

ナポレオンでさえ、<span class="b green">「１０年ごとにリーダーと軍隊の編成を変えないとその軍隊は優秀ではない」</span>と言っている。


<span class="b">社員の高齢化や低成長でやむなく企業が年功序列を崩すのではなく、むしろ年功序列を積極的に崩し、組織の若返りをはからないと競争に勝てない時代である。</span>

変化こそ唯一の生き残り策と言ってもいい。

まして、現在のように変化の激しい時代には、昔風の組織と人の評価のやり方でやっていける企業などありはしない。

ベテラン社員であればあるほど、これまでの知識や経験が陳腐化している。

企業にとって、かえってマイナスになっている。

そして、会社のためという大義名分のもとに、サラリーマンにご託宣が下される。

<span class="b green">「お前さん、もういらんよ」</span>と。

古い組織にしがみついてきたサラリーマンは、肩叩きされて初めてカラッポの自分に気がつく。

サラリーマンＯＢとして、会社人間の辛いところはよくわかるつもりだ。

会社から冷たくされようが、しがみついたほうが本人のためにはいいと言いたくもあるが、しかしいつまでもそれだけではあまりに不用心すぎる。

サラリーマン冬の時代ということは、ある意味では、従来のサラリーマンの経験とか知識があまり通用しなくなった時代であると言うこともできる。


よく言われるように、戦争の技術や思想が変わったとき、古い職業軍人ほど無能ぶりを発揮する。

古い将軍たちは、前の戦争のイメージで新しい戦争にいどむ。

過去の成功体験が、災いしてしまう。

もう通用しなくなった自らの体験や物差しがまだ力を発揮すると錯覚し、新しい戦争を遂行しようとするからである。

それと同じ愚を繰り返してはならない。

現在の企業社会の最大の欠陥は、社会が大変化したにもかかわらず、組織の上のほうにかつての高度成長期のエースクラスが多すぎることである。

いわば、古い職業軍人社会のようなものである。

中高年が活躍した大工業時代には、企業の目標やテーマがはじめから決まっていた。

登るべき山がはっきりと視界にとらえられていた。

そして、彼らを中核に、全体の和と年功序列を重視してきたムラ社会的な日本の企業では、なにかにつけて過去の体験や物差しを頼りにしたケースが多かった。

というのも、そこでは従来技術のプロセス改良が要求された技術であり、過去の体験を手直しすることが最善の方法だったからだ。

製造現場だけでなく、オフィスでも、営業でも、古い物差しが大手を振ってまかり通っていたから、生産性と品質管理、一社一心の団結と全員の努力や士気の高さというような手段的価値が、企業の経営戦略に大化けできた。

しかし、経済環境が変わり、技術も価値観も大変化した時代には、これまでの競争原理が通用しなくなった。

キャッチアップ経済の時代は、アメリカといういいお手本があったが、成熟した日本経済にはもうお手本はない。

企業も、自らの手で、目標やテーマを発見していかねばならない。

新しい目標やテーマは、過去の体験や物差しでははかれない。

いきおい、トップダウンせざるを得ない領域がどんどん増えているし、ときには既得権意識の強いベテラン社員のいやがることもやらざるを得ない。


本音のところでは、トップも含めた組織の上のほうは、そうしたことはやりたくないのかもしれない。

彼らは、ほとんどが大工業時代のなかを潜り抜けてきた大ベテランである。

年功序列とそれいけどんどんでやってきた世代であり、その恩恵を最大限に受けた世代でもある。

社員に対して振るわれる大ナタが<span class="b red">諸刃の剣</span>であることをよく承知しているからだ。


<h3>学習廃棄で対応しよう</h3>


企業は人材で勝負する以外にない。

経済の成熟化と産業構造の大変化、技術の変化、高齢化社会と、過去の常識では解決できないような変化の大波が目白押しにやってきている。

こうした厳しい時代を乗り切るには、実力主義しかないということになれば、サラリーマンとしては適応しないとやっていけない。

仕事の内容、必要とされる能力の中身が変質してくるのであるから、これはサラリーマンにとっては重大事である。

年功序列と終身雇用が崩れ、だんだん乾いた実力主義の時代になってきたことを覚悟することが大事だ。


乾いた実力主義の時代には、まず、過去から現在まで持っていた常識ですべてをおしはかろうという考え方は捨てなければならない。

ベテラン度は万能ではないと知ることだ。

私など、経営のトップからまず自らのベテラン度を否定してみて、それでなにも残らなかったら引退すべきだと思っている。

それぐらいの気概が経営者にないと、いまの厳しい状況は乗り越えられない。

だが、そうした経営者はなかなかいないものだ。

過去から現在に持っていた常識で物事を判断しようとすると、未知に遭遇した場合、サラリーマンは辛い気持ちにもなる。

わけがわからなくもなる。

その常識とは、平たく言えば、ベテランは新人より偉い、なんでもよく知っているというようなことである。

先輩は後輩より絶対に偉いというのは、技術にイノベーションがなく、価値観が多様化していない時代を前提にしている。

<span class="b">技術がどんどん変わり、価値観がどんどん多様化していく時代には、ベテランが必ず新人より偉い、先輩は後輩よりなんでもよく知っているわけではない。</span>

またコンピュータの発達で、ベテランにも新人にも、同じニュース、同じ情報が入ってくる。

つまり、賢さの規準に大転換が起きているのである。

<blockquote>
<p>「人間が賢くなるのは、経験によるのではなく、経験に対処する能力に応じてである」</p>
</blockquote>

イギリスの劇作家バーナード・ショーは、こう言っている。

中高年が持つべき賢さとは、<span class="b blue">アンラーニング（学習廃棄）できる能力</span>である。

過去の知識や体験、獲得してきた物差しを、ある程度無用のものとして捨て去る知的度胸である。


世の中が大きく変わりつつあるのだから、もう通用しなくなった古い知識や体験を捨てていく努力をすることによって、初めて新しいことが学んでいけると考えるべきだろう。

ベテランのサラリーマンにとって、自分のベテラン度を否定してしまうのは苦痛だ。

そんなことをしたら、もう自分というものがなにもなくなってしまうように感じられるかもしれない。

しかしそのベテラン度をせめて％ぐらい疑ってほしい。

それをやらないと、企業の未来も、サラリーマンの未来もない。

単に会社だけでなく、自分にとっても、結局のところ不利になっていく。

これからのサラリーマンには、ときには自分のベテラン度を否定するだけの勇気がいる。

なんとか自分のベテラン度を否定されたくない、守っていきたい、自分のいままでの知識や体験を傷つけたくない、せっかくの既得権を逃したくないという意識が強すぎると、新しい戦争に適応できずに大きな被害を招いた古い職業軍人の二の舞になる。

すぐれた教師は生徒と知恵争いなどしないものだ。

自分が教えながら、一方で下から教えられていく努力もしている。

先輩は後輩よりも優れていると思い込み、下の意見を汲み取れない心の狭い人間は、会社をダメにするばかりではない。

自分の手で自らの存在価値を低めていく。


たとえば、部下からいい提案があってもそれを退けたり、部下の意見をまったく聞こうとしない上司は、自分の能力に自信があるからではない。

自分の能力に自信がないから聞けないのである。

狭い了見から、部下が自分より優秀であることを恐れるからである。

本当に自信のある上司は、違う。

普段から教えることをいっぱい持っている人間は、下から教えられることを怖がらない。
そんな小さなところで部下に勝たなくとも、もっと広いところで勝てばいいことを知っている。

下から教えられることを、あるいは自分のベテラン度を否定されるのを怖がらない。

<span class="b green">「人に従うことを知らない者は、よき指導者になり得ない」（アリストテレス）</span>し、<span class="b green">「人は教えるうちに学ぶ」</span>（セネカ）ものなのである。

ベテラン度を否定し、下から上がってくる意見、提案を喜んで開ける心の度量の大きさのようなものを持つことが非常に大事になってくる。

勉強とは、単なる知識の蓄積だけではない。

今日のような変化の時代には、陳腐化した知識や体験を自ら捨てていくアンラーニングも大事である。

古い知識や観念を一方で捨てていかないと、新しいものは学べない。

しかし、実力選別というのは、厳しいことかもしれないが、ある面では楽しいこともある。

人柄がよくて、気配りも十分だが、ちょっと能力に欠ける管理職を上司に持った部下ほどつまらないことにこき使われ、才能をすり減らしてきた。

正当な評価を受けることもなかった。

実力主義の時代ともなると、過去の尺度でははかりきれなかった能力を持つ人間、本当は実力がありながら不当な評価しか受けなかった人間も、堂々と表舞台に登場できる。

人間は、工場で生産される商品とは決定的に違う。

欠陥商品は商品として通用しないが、欠陥社員、不良社員などと格印を押されていた人間のその欠陥部分が必要になってきた。


ある大企業で、欠陥社員や不良社員ばかり集めて、ある大事業を成功させたケースがある。

従来の価値観ではマイナスとされた部分がプラスになる時代がきた。

アクの強い社員には、いよいよ自分たちの時代がやってきた。

最近、欠陥社員、不良社員と言われた人間が、思わぬ新規事業を成功させたり、またアメリカでは「組織のギャング」と呼ばれる社員がリエンジニアリングの実質的な担い手になっている。

際立つ個性、異質異能といった一見いかがわしい才能が、会社にとって財産となる時代なのである。

この面では残念ながら、アメリカのほうが進んでいる。

アップルの創業者スティーブ・ジョブスはヒッピーの元祖のようなものであり、マイクロソフト社を創ったビル・ゲーツはハッカーだった。

この二人の異才がIBMの牙城を切り崩した。

仮に、社内で思い通りにいかなくても、実力さえ磨いておけば、転職が転落を意味していた時代とは違う時代である。

敗者復活戦は社内だけでやる必要はない。

外に転職というパイがある。

戦う土俵が小さいものであれば、勝負はどうしてもチマチマしたものになる。

相手の動きを絶えずうかがうような陰気くさいものになってしまう。

戦う土俵が大きくなれば、勝負のスケールも大きくなる。

いざとなれば、外に出て食べていける実力があれば、社内で上と下の板挟みになって苦しむこともない。

時代のソフト化、サービス化が、役立つ能力、非凡な才能を持っている人には大きな活躍のフィールドを用意してくれている。


実力がなければ、いっときも早くその実力を身につけるよう努力すればいい。

サラリーマンの出世には、運不運もあれば、怪格の問題もある。

したがって、実力主義時代とは、チャレンジする土俵が大きくなったと前向きに楽天的にとらえたほうがいい。

日本的温情主義という変な精神主義が、会社を、そしてサラリーマンを多様な選択肢のないいびつな辛い立場に追い込んでしまっていた。

これからは、会社もドライならサラリーマンもドライ、お互いに恨みっこなし、と割り切ったほうがいい。

そうした契約の精神が、長い目で見た場合、お互いにプラスになる。

会社は問題をこれ以上先送りしないで思い切った戦略転換ができるし、サラリーマンも人生８０年時代のライフスタイルの構築に踏み切れる。]]>
      
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   <title>必要なハウツーは自分の体験からしか学べない</title>
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   <published>2009-10-13T10:17:04Z</published>
   <updated>2009-10-13T10:25:37Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[日本の書籍出版量は世界でも有数だと言われているが、実務的なハウツーものもかなりの量にのぼる。

サラリーマンに必要な情報とハウツーものとは異質のものであると思うが、ハウツーものが書店のなかでこれだけの面積を占めている国は、聞くところによると、世界でも日本だけらしい。

日本では、それだけハウツー本を頼りにするサラリーマンが多い証拠かもしれない。


サラリーマンが情報産業社会を生き抜く知恵は、<span class="b blue">情報の分析力</span>と<span class="b blue">解釈力</span>である。

そこのところに誤解はないだろうか。

<span class="b">情報力とは、単に情報を集める能力ではなく、解釈能力をつけ、自分の意見をそこからどう築いていくかという能力である。</span>

この点を誤ると、情報ノイローゼに陥ってしまうし、ただの物知りで終わってしまう。

情報が価値を持つ情報産業化社会では、情報力の個人差が待遇における個人差に直接つながる。

サラリーマンもその辺はよくわかっている。

ただし、依然として情報収集の段階にとどまっているサラリーマンがまだ多数だし、ハウツーものを読めば必要な知的武装はできると思い込む人もいる。


「他人の知識によって物知りにはなれるが、知恵者になるには自分自身の知恵によってである」『随想録』のなかのモンテーニュの言葉を、じっくり噛みしめて欲しい。

借り物の知識でも物知り顔はできるが、いざというときには役に立たない。

本当の知恵というものは、自分の血となり肉となったものでしかない。


ハウツーものがそれだけ多量に供給される理由は、それだけの需要があるということだろうが、なにかとハウツーものを頼りにしているサラリーマンには心もとないものがある。
ハウツーものばかりを読んでいる人間の頭には、まず<span class="dotted">「ホワイ」という疑問がない。</span>

疑問がなければ、進歩もまたない。

型にはまった知識や手法が整理されてしまい、手続きにうるさいお役所の役人のように、ガチガチの会社人間になりやすい。

どうしても視野が狭くなる。


困ったときまでハウツーものを読むなとは決して言わないが、頼りにしすぎると危険である。

ハウツーものには、なによりも限界がある。

結論を先に言えば、たとえば「運」という要素をどうするかという点と、「現実とのギャップ」である。


まずは、運や相性の問題である。

人生のなかで運の占める割合は大きい。

小林秀雄は、<span class="b">「人はみなそれぞれ自分の性格に合った事件にしか出会わない」</span>と言っている。

とくにサラリーマンというのは、運が大きく左右する。

サラリーマン社会とは、運の大きな渦のようなものである。

入社先を決めるときから、その運は回転し始める。

発展性を信じて入社したものの、その後、入社した企業が社会のニーズに合致せずに伸び悩んだり、斜陽産業の仲間入りしてしまうこともある。

入社後も、日本の企業のようなムラ社会では、たとえば上司適、業務避などといったいろいろな運が待ち構えている。

自分では選択できないたまたまのそうしためぐり合わせが、当人の将来を大きく変えてしまうことがある。

<span class="b">「世に伯楽ありて、しかる後に千里の馬あり」</span>と言うように、いくら才能がある人でも、上司にその才能を見抜く力がなければ陽の目を見ない。

また、人間というものは、自分の能力以上の能力はなかなか発見できないし、認められないものでもある。

<span class="b green">「自分はわからないから」</span>と任せてくれる上司にめぐり合ったサラリーマンは幸運だ。

自分より能力があるとわかると、嫉妬心や猫疑心も生まれやすいし、対外的に<span class="b green">「ダメなやつ」</span>というレッテルを貼ってしまうことも少なくない。

逆に、慧眼に出会い、自覚していなかった才能が開化することもある。


業務面でもそうだ。

たとえば、前任者の時代は脚光を浴びなかったある事業が、交替した途端に時代の要請で強力なバックアップを得られたり、新技術開発、新製品のヒットなどで花形事業になってしまう例はよくある。

運も実力のうちとはよく言うが、そうした予測不能の事態がサラリーマンの世界ではつきものだ。

それがサラリーマンの面白いところでもあるのだが、反面、辛いところでもある。

だから、実務的なハウツーものと同じぐらい、<span class="b green">「運を呼び込む」</span>とか、<span class="b green">「運をつかむ」</span>とか、<span class="b green">「運の強い人間になる」</span>といったハウツーものが幅を利かせもするのだろう。

しかし、そんなもので強運な人間になれないことは言うまでもない。


ハウツーものの第二の限界は、<span class="b red">現実とのギャップ</span>である。

現実は公式の集合ではなく、未知の応用問題に満ちている。

言ってみれば、つねに初体験の連続である。

交渉でも人とまったく同じ状況、まったく同じ人間関係はあり得ない。

また当事者同士がまったく同じ能力の持ち主ということもない。

本当に役立つハウツーとは、あくまで自分で作っていくしかないものなのである。


運と現実とのギャップ。

そこにハウツーものの限界がある。

だから、実務面のハウツーものの知識だけではどうしようもない部分が多い。

<span class="b">必要なハウツーは、やはり自分の体験からしか学べない。</span>

体験から学ぶということは、単なる知識として頭で学ぶだけでなく、身体で学ぶことを意味する。

自分だけのノウハウとして学ぶことであり、行動を起こす際の判断基準として体得するということである。

ただ、二十代、三十代というのは経験もまだ不足しており、自分流のハウツーを作れる状態にはない。

スキルがまだ不十分であり、実戦の一兵卒にすぎないから、他人のハウツーのいいところを取り入れ、実務的な能力をいかに伸ばすかの年代である。

だからスキル中心でやればいい。


<span class="b">二十代、三十代は実務書をしっかり読むことである。</span>

<span class="b">そしてそこからスキルを身につける。</span>

たとえば、管理技術やマーケティング、経理の専門知識やコンピュータシステムをマスターするとか、外国語を覚えるとか、スキルの面を徹底的にマスターしたはうがいい。


四十代ともなれば、もうそれは許されない。

その齢になっても、まだハウツーものや、ビジネス書のベストセラーを一生懸命読んでいるようでは、とてもいい齢をしたサラリーマンの知的武装にはならない。

その齢になれば、ハウツーではなく、自分とは異なった意見を持つ外部の人間や、古典や歴史などの持つ知恵から学んでいたい。

「四十以後はすなわち五大陸につながることあるを知る」（佐久間象山）とまではいかなくても、四十代ともなれば、自分で自分なりのハウツーを作る作業は終っていなければならない。

<ul class="topics">

<li>どう勉強すればいいのか、</li>

<li>人とうまくつき合うにはどうすればいいのか、</li>

<li>ピンチのときはどう対処すればいいのか、</li>

<li>数字はどう読めばいいのか、</li>

<li>スムースに仕事を運ぶためにはどこを押せばいいのか、</li>

<li>さらにどうしたら出世できるのか、</li>

</ul>

そうしたものをたくさん頭の引き出しにしまっていなければならない。

個人として生きるうえでの情報を集める　サラリーマンの器量とは、実務的なものと実務的でないもの、効率を目ざすものとムダなもの、そういった背反的な知識と体験が織り上げる。

その幅が広いほど、器量も大きくなる。

そして、非実務的なものが、個人としての魅力を形成する場合が多い。


四十代とは、実務的知識やハウツーを詰め込むのではなく、そうした非実務的な知識が要求される。

もう応用問題を自分で解く時期である。

単に応用問題を解くだけではなく、できれば、応用問題を作っていなくてはならない時期である。

そのためには、異質の情報や体験に出会い、思考の弾力性を維持していかねばならない。

会社人間、それもエリートほど、どうも実務的に傾きすぎるきらいが強い。

時間がないと新聞しか読まない人が多いし、その新聞の読み方一つとっても、実務的な色が濃い。

いわゆる仕事一筋の新聞の読み方である。


たとえば新聞を見て、これはビジネスチャンスになるとか、他社はここまでやっているのかとか、この経営手法は役立ちそうだとか、やり方を変えないとわが社も危ないのではないかとか、自分の仕事や会社に引きつけていろいろ思いをめぐらせる人が圧倒的に多い。

新聞とは、言ってみれば、単なるニュースの集大成である。

ニュースの底流にある社会の変化や時代の風向き、流行や価値の多様化に多少鈍感でも売れるものである。

いまなにが流行って、なにがブームになっているのか。

その点では、新聞はあまり参考にはならない。

私は、新聞を読むなと言っているのではない。

新聞も必要だし、ビジネスマンである以上、実務的な読み方も必要だろう。

その一方で、それは個人として生きていくうえでの情報とは違うものだ、と思うところが欲しいと言っているのである。

実務家としての情報と、自分が誇りを持つための情報とは基本的に違う。


旧人類の知識は、あまりにも新聞に偏りすぎる。

<span class="b blue">四十代、五十代の人は、もっと週刊誌や雑誌を活用すべきだろう。</span>

雑誌は時代の変化、読者のニーズの変化に敏感である。

週刊誌や雑誌は、時代のトレンドを最も鋭く反映している。

まず、新聞を丹念に読む。

そして、週刊誌・雑誌を併読してみる。

漫画雑誌もばかにしてはいけない。

とくに二番煎じではなく、<span class="dotted">他誌ではやっていないような連載</span>には注意したい。

線香花火的な単なるアイデアで終わってしまうかもしれないが、電車のなかで若者が熱心に読んでいたりしたら要注意だ。

そうしたタウンウォッチングから、意外なヒントが得られたりする。


週刊誌しか読まない奴はばかだが、週刊誌を読まないサラリーマンも間が抜けている。

週刊誌は現代の動きや流行の最先端をつかもうとする。

いま消費者がなにに興味を持っているのか、これから先の動きを推理してみるのも面白い。

ただし、週刊誌も、知的なヒントや安らぎを与えてくれはしても、自分が個人として生きるうえでの情報はなかなか与えてくれない。

そこで私は、<span class="b blue">四十代以上の人には、古典や定評のある本を読みなさい</span>と勧めている。

実務家としての情報の大小と価値観、そして自分が個人として生きるうえでの情報の大小と価値観。

現代とは、その両方がサラリーマンに必要になってきた時代だと思うからである。


とくに個人的なものがこれからのサラリーマンは求められている。

そういう面では、古典や歴史、あるいは定評のある本を読むのがよい。

古典というと、すぐ中国や日本の偉人・賢人の類いが頭に浮かぶが、別にそうしたものでなくてもいい。

古典というのは、定評の定まった本、歴史の遺産であると言っていい。

当然のことながら、読書に王道などない。

好みの本、読書法、そこから学んでいくものなど、個人個人によって千差万別である。

それらを全部含めて、要は、<span class="b">自分なりの読書法を身につけることである。</span>

読書でなによりも大事なことは、それが楽しみ、趣味であるというところだろう。

楽しみで読んでいれば、自己啓発のハウツー本より、はるかに自己啓発になる。

自分のサラリーマン時代の反省も込めて言うのだが、四十代、五十代の旧世代の会社人間は、自己啓発や充電に関して、かなり中途半端な存在だ。

企業の集団的社員教育で鍛えられ洗脳されてきたために、充電とか自己啓発とか言われるとどうしていいかまずアタフタしてしまう。

休みの日には、ボケッとしてなにも考えずに、好きな本でも読んでいればいい。

読書にあきれば、ゴロ寝でもするに限る。

ゴロ寝は真面目の活性化である。

疲れた中高年は、おおいにゴロ寝を楽しめばよい。


ゴロ寝をサラリーマンの最低の趣味にしてしまったのは、効率と合理化を至上とした工業化社会の価値観だ。

その悪しき名残りにしかすぎない。

ぼんやりとした時間をもち、ユニークなものの見方・考え方を育てることこそ、高度情報化社会における効率というものである。

非効率の効率が情報化社会なのである。


ただし、読書のためにもゴロ寝のためにも、せめて自分だけの書斎は持ちたい。

住宅事情から言って、一室を書斎に当てるというのはなかなか難しいかもしれない。

であれば、屋根裏でも、物置小屋の一隅でもいい。

これなら、女房に文句を言われることもないし、掃除のたびに移動する必要もなくなる。

自分の城をもつ意義は、別にもある。

仕事も遊びも集団が大好きな会社人間は、孤独にきわめて弱い。

人生八十年時代である。

定年後でさえ、あと一山も二山もある。

孤独におびえていてはなにもできない。

自分の城を持ち、たてこもる習慣が身につけば、そのうち一人でいることにも慣れ、孤独におびえることもなくなる。

孤独とつき合う術のようなものが、少しずつわかってくる。

さらに孤独からなにか楽しみのようなものを発見することもあるだろう。

そうなれば、古女房から「濡れ落葉」などと軽蔑されなくともすむ。


四十代ともなると、感性の面でも創造力の面でも、サラリーマンはいろいろすり切れ、くたびれているところがある。

そういうものをリフレッシュさせるために、読書が嫌いな人は、郷土の史跡を歩いたり、陶器を見たり、絵を見たり、好きなことをやればいい。

そうすることによって、自分が生きる道というものも少しは見えてくるし、新しい発想もできる。

感性というものも広がっていく。]]>
      
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   <title>中高年ホワイトカラーの仕事の意識改革が必要</title>
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   <published>2009-10-12T11:55:24Z</published>
   <updated>2009-10-12T12:13:19Z</updated>
   
   <summary> 組織意識に決別する ひと頃、「社畜」「社奴」とかいう言葉がマスコミを賑わした。...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>組織意識に決別する</h3>


ひと頃、<span class="b red">「社畜」「社奴」</span>とかいう言葉がマスコミを賑わした。

私は、この表現が大嫌いである。

多くは、<span class="b green">「会社に唯々諾々と使われる人間になるな」</span>という文脈で使われたが、サラリーマンは屈折した存在だから、

<span class="b green">「私は社畜でございます。言われたことはなんでも致します」</span>

と、ことさら自分を卑下してみせる人間も現れたりした。

また、こうした人間は中間管理職に多かったのも事実である。


しかし、これはほとんどが<span class="b red">プリテンド（装い）</span>である。

危険なところにはいかせないで下さいとか、あまり無理な仕事は押しっけないで下さいとかいった切ない保身願望の露出にすぎない例が多い。

だから、<span class="b green">「この仕事は多分玉砕するだろうが、きみ、一つ死ぬつもりでやってくれ」</span>などと言われたりすると、尻込みしてオタオタしてしまう。

人事異動で真剣に悩んでしまうのも、こうしたタイプである。

いささか楽観的に言ってしまえば、日本のサラリーマンには、自分が「社畜」であると本音で思っている人間などいないのではないだろうか。


会社人間、社閉症人間はいても、「社畜」はいない。

これが日本のサラリーマンである。

これと逆に、普段から<span class="b purple">「会社なんて骨を埋めるところではない」</span>と広言し、「非拘束人間」を周囲に印象づけようとするタイプもある。

ただ、昔からよく言われるように、「辞める辞めると言って本当に会社を辞めた人間などいない」ものである。

こうした人間は、本音のところでは、「社畜」と自分を卑下する人間以上に会社を強く意識している。

古い組織観にとらわれている部分がある。


サラリーマンは会社あってのサラリーマンである。

それは確かなことだが、「社畜」と自分を卑下する必要もなければ、「非拘束人間」をあえて宣言する必要もない。

本当に自分に自信がある人間、仕事に自信があるサラリーマンはそうしたことを口にしないものだ。

大事なのは、現実に会社でなにをしているか、どういう仕事をしているかである。


また、「社宝」と言われるのもばかばかしいかぎりである。

よほどの例外でもないかぎり、プライベートな部分のほとんどを捧げ、自分を犠牲にしたうえでしかそうした表現にはたどり着かない。

「社宝」と持ち上げられたところで、自分の履歴に書くわけにもいかない。

もっとも、「社宝」などという言葉を会社が使うのは、定年退職を間近かに控えた上級管理職の永年勤続表彰の場合などが多い。

お別れの言葉であるから、経営者はどんなはめ言葉、美辞麗句を使っても、決して損をすることはない。

ここを先途とはめちぎって、仮に<span class="b green">「オレもああ言われるような管理職になりたい」</span>と思う単純な社員が一人でもいれば、まさに丸儲けである。


ともあれ、いま管理者像は大転換している。

かつて理想とされた管理職は、どっしりと構えていて部下に仕事をやらせていく、全員が仰ぎ見る、そういうマネジャー・タイプであった。


仕事にしても、部門間の調整力が高く買われた。

赤提灯などで<span class="b green">「ま、いっぱい」</span>とか言いながら、ヨコ並び意識をうまく利用して根回しをやり、稟議書を上げるテクニックの優劣が競われた。

そうしたことがきちんとできるのが有能な管理職とされ、尊敬もされた。

そこでは企業戦略、あるいは市場戦略をどうするかより、組織が優先されていた。

ピラミッド型組織維持のために和と談合が大事であり、社内に波風を立てない管理職が大事であり、全員を同じ目標に向ける才覚が管理職の才能とされた。

個人より組織に力点が置かれていた。


<span class="b">いま求められているのは、そうした組織意識、会社への求心力との決別である。</span>

さらに言えば、自分の会社、自分の組織に波風を立てることのできる能力を持っているかどうかである。

組織意識からの決別は、自分にとって役立つだけでなく、会社にとってもこれからは大事になる。

「会社に忠実な人間」ではなく、「自分の仕事に忠実な人間」が会社を伸ばしていくからだ。

管理職ともなれば、なおさらである。

企業とは、本来そうしたものでなければならない。

仕事は仕事としてきちんとやる。

大切なのは部門間の調整や根回しではない。

ましてや、プリテンドや見返りを期待する心ではない。

どういう仕事をしているかという仕事の中身なのである。]]>
      
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   <title>企業で生き残る人間は、ゼネラル・スペシャリスト</title>
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   <published>2009-10-09T00:12:08Z</published>
   <updated>2009-10-09T00:24:18Z</updated>
   
   <summary>サラリーマンは、会社の看板と組織で仕事をするが、そういう切ないサラリーマン意識を...</summary>
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      <![CDATA[サラリーマンは、会社の看板と組織で仕事をするが、そういう切ないサラリーマン意識を、どこかで超えようとするものがなければならない。

自分の能力に自負と誇りを持ちたい。

管理職ともなればなおさらだ。


管理職というのは、部下を使って仕事をしている。

<span class="b green">「しんどい、辛い、疲れる」</span>とか言いながら、その実、部下の仕事で自分の能力をごまかしているところがある。

部下の仕事の陰に隠れているところがある。

人間の能力は無限ではないとか、もう十分戦ってきたのだからいい加減でいいだろうと思いたい気持ちは否定しない。

私などでも、たしかに課長までは忙しくてきつかったが、部長から上になると、仕事は非常に楽だった。

自分の能力をクライアント獲得にかけなければならない事態は少なかった。

極端に言えば、<span class="b green">「皆さんお願いしますよ」</span>とか言っていれば、それだけで仕事がすんだところもある。


昔の貧しい時代は、地位が偉くなれば、それだけで、下は簡単に権力も権威も認めてくれた。

上司には権限もあるし、尊敬もした。

自分もやがて年功序列で偉くなっていくのだから、偉い人を尊敬しないと、そのツケがやがて自分に回ってくると思っていた。

体育会系の感覚である。

<span class="b">しかし、いまの新人類は、醒めた気持ちと非常に老練なテクニックを巧まずして持っている。</span>

彼らは本音を見せないことがなかなか上手だから、本心では尊敬などしていなくても、従順なふりをする。


課長とか部長の権力は認めてうまく使おうとするが、だからと言って尊敬はしない。

人柄のよさとか気配り、面倒見のよさだけでは上司を評価しない。

もう社内の知識や体験、人脈だけで尊敬されるというわけにはいかない時代なのである。

新人類は、自分が納得できる人、自分の能力を伸ばしてくれる人、価値のある仕事をさせてくれる人であると信じたとき、上司として初めて認知し、尊敬する。

別に尊敬されるためにというわけではないが、<span class="b blue">業務遂行のためには、現代の管理職はスペシャリスト的な要素が大変重要である。</span>

<span class="b blue">これからのエリート管理職とは、部下から尊敬されるようなプレーができる分野を持つゼネラル・スペシャリストになる。</span>


従来のゼネラリスト志向の時代は終わった。

伊藤忠商事で始まった個人別人事評価制度は、典型的な「ゼネラリスト崩し」である。

同社の評価制度は、ゼネラリスト化した社員の処遇のために細分化した組織と仕事を壊していこうとするものである。

取引する業種に対応したスペシャリスト集団を目ざし、給与も従来の一律方式を廃止し、相手業種に合わせたものになる。

従来、スペシャリストと言うと、ゼネラリストのコースから外れた吹き溜まりのような観があったが、これからは<span class="b">スペシャリストの集団化</span>が企業の大きな戦略になる。

<span class="underline">他の人間では代替できないような能力を持った者が勝ちなのである。</span>

そしてその能力には、当然、報酬面での高待遇が約束される。

自分でプレーできる分野、スペシャリストとしての能力を発揮できる分野がないと、下は尊敬してくれない。

自分の仕事も持ち、なおかつ仲間でも仕事ができる人間でなければならない。

外からお呼びがかかるぐらいの腕前であれば、なおさらよい。


第一線のミドル層は、現場に向かって、風向きの変化を直接肌に感じる立場にある。

その意味で、理想的なゼネラル・スペシャリストに最も近い存在であると言える。

後は、スペシャリスト的な部分が弱いのか、ゼネラル的な要素が弱いのかを見極め、弱点を強化していけばいい。

とくに課長になったときに、世間から相場がつくようなサラリーマンになって欲しい。


私は「課長最強企業説」を述べている。

強い課長がたくさんいる会社は強い会社である。

東レのように、<span class="b green">「課長とは管理職ではない。第一線経営者である」</span>という考えのもとに、課内人事権を部長から課長に委譲し始めた企業もある。

これなど、課長の力量がいかに経営へ多大な影響を及ぼすかの自覚以外のなにものでもない。

いまいる会社の求める能力の尺度は、時代の変化、環境の変化に応じて刻々と変わる。

その乾いた事実から目をそらしてはいけない。

他人との差異を恐れてはいけない。


会社のなかの身内だけでなく、他人様にも多少は自慢できるそうした技量・技術を持ちたい。

他人に誇れるものがあれば、仮に会社が倒産しても、不孝にして肩叩きの対象になっても、外の世界でしたたかに生きていける。

会社から求められる能力に過剰適応してしまわずに、他の領域、他の分野にも応用が利く能力を持つことが大事である。


いままでは、組織と組織の間を動き回るいわゆるゼネラリストでもすんだ。

人生５０年、六６０十年時代には、会社から自分を引いてゼロでもやっていけた。

そしてゼロになった自分をいたわり、定年後しばらくしてハッピーリタイアして、盆栽でも植えて、孫の面倒でも見て、極楽浄土へ旅立っていった。

人生８０年時代ともなれば、定年後、少なくともあと１０年、２０年は働きたい。

経済的な問題だけではなく、仕事をしないと頭もボケるし、なによりも生き甲斐がない。

しかし、定年後は会社はもう面倒を見てくれないから、定年後の設計図は自分で引かざるを得ない。

もうガチガチの会社人間ではダメだということがみんなわかってきている。

そうしたときに頼りになるのは、やはり自分である。

自分の持つスペシャリティしかない。

頼れる自分があれば、スペシャリティがあれば、いまいる会社のなかでも、余力を持った機略縦横の戦いがいくらでもできる。

腕前を磨くことは、転職を考える人だけでなく、企業でしたたかに生き抜いていくためにも必要なことである。]]>
      
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   <title>団塊の世代は、いまこそ真剣に悩むときがきた</title>
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   <published>2009-10-07T13:18:56Z</published>
   <updated>2009-10-07T13:35:56Z</updated>
   
   <summary>考えてみれば、明治維新の原動力は、長州とか薩摩とか土佐藩を脱藩した若い下級武士た...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[考えてみれば、明治維新の原動力は、長州とか薩摩とか土佐藩を脱藩した若い下級武士たちであった。

彼らが、藩の壁を超え、一つの志のもとに自由に情報を交換し合い、連携し合った。

その結果が、体制の大転換につながった。

また、戦後復興を成し遂げ、驚異的な日本の経済発展をもたらしたのは、当時、二流、三流とされた人たちである。

言ってみれば、戦前の経営から取り残された当時の傍流である。

戦後の財閥解体と公職追放で戦時中の経営者は職を追われ、こうした若手に取って代わった。

この改革は進駐軍がやったが、経営者の年齢は約１０歳若返ったと言われている。


団塊の世代は、幕末の志士、あるいは戦後の経営者の役割を果たさなければならない。

団塊の世代への期待は多少色擬せ色あせてきてはいるが、企業のなかを見渡せば、改革の中核となれる世代は団塊の世代だけである。

<span class="b">団塊の世代は状況のイノベーターとなる覚悟を持つ必要があるだろう。</span>

いま、団塊の世代から上の世代が雇用調整のターゲットになっている。

本来、高度成長期に、それいけどんどんの経営者や上級管理職に、それはおかしいとブレーキをかけるのが団塊の世代あたりの管理職であった。

上と下のサンドイッチになって、ことなかれ主義で糊塗してきた責任は決して小さなものではない。

酷な言い方をすれば、<span class="underline">いま団塊の世代が置かれている厳しい状況とは、そのときのツケが回ってきた結果とも言える。</span>

団塊の世代は、もっとしっかりと外部の人脈を張り、自分の腕を磨き、なおかつ新人類に対して、しっかりとリーダーシップを発揮していくことを考えるべきである。

そうしないと部下はついてこないし、自分の人生もない。

人生二毛作時代に早く対処しておかないと、団塊の世代は間に合わなくなってしまう。

いまなら、まだ辛うじてだが間に合う。

たしかに、「出る杭は打たれる」という時代もあったが、<span class="b">「出ない杭は腐る」「出すぎた杭は打たれない」</span>ということわざもある。

ここは思い切って、頭を出すべきではないだろうか。

声をもう少し大きくして、発言の機会を増やしてもいいのではないか。


団塊の世代の多くがいま就いているポジションは、業務の第一線である。

若い人の創造性を汲み上げ、新しい地平を拓く戦略的ミドルに変身する絶好の機会である。

実力主義に不安そうな顔など見せず、自分の隠れた個性や能力を発揮するいいチャンスがきたと前向きに受け止めるべきだろう。


よく言われるように、サラリーマンは大きなところで妥協して、小さなところで妥協しないものだ。

小さなところとは、<span class="b">自分に近いところ</span>である。

だから、部全体の売上げよりも、自分の課と隣の課の売上げの違いのほうが気になる。

自分の成績と隣のライバルとの成績の違いが気になる。

上司の出世レースはたいして気にはならないが、同僚との出世レースは気になる。

同僚と自分との差異を認めたくないからである。


団塊の世代は、小さなところでは妥協しても、大きなところでは妥協しない姿勢を持って欲しい。

新人類の力も借りて、幕末の志士のように、もっと世代交替の動きを早めるような揺さぶりをかけてはどうなのか。

<span class="b blue">会社のなかで、団塊の世代はもっとも大きな潜在的エネルギーを持っている。</span>

なにしろ、数が多いし、子供のときから競争にも採まれている。

その競争を生き抜いてきたのだから、少しはハートにスタミナもあるだろう。

団塊の世代は、全共闘の闘士であれ、ノンポリであれ、本来的には中高年より新人類に近いメンタリティを持っているはずだ。

そもそも、社会に登場したとき、団塊の世代は、いまの新人類以上に「アンチ中高年世代」と言われたものではないか。

−新人類は、察しの文化は否定するが、コミュニケーションをきちんととればそれには応えてくれる。

中高年が身を屈して彼らにすり寄ろうとするより、はるかに有利な立場にある。


団塊の世代は、たしかに辛い。

だが、ものは考えようだ。

いま置かれている状況を克服できれば、団塊の世代の前方にはもう中高年のヒエラルキーは存在しない。

邪魔はできない。

というのは、そこでは<span class="b blue">実力だけがものをいう世界</span>になっているのだから、会社のなかの多数を占めていたただの会社大事、一社一心の中高年の存在は軽いものになっている。

堂々と自分を主張し、のびやかな競争をすればいい。

サラリーマンの腕前を伸ばすのは、なによりも人より抜きん出たいという向上心、努力心である。

企業のなかの自己実現というのは、好むと好まざるとにかかわらずそうしたものである。

<blockquote>
<p>欲望は、ある種の人を盲目にし、ある種の人を明るくする</p>
</blockquote>

フランスの茂言家ラ＝ロシュフーコーは言っている。

欲望には必ず、否定的な側面と肯定的な側面がある。

否定的な面だけを見て、出世レースにまったく興味がないサラリーマンにはダメなところがある。

団塊の世代には、どこかに上昇志向をばかにするところがある。

出世レースには内面でシラケたところがあって、出世競争やそうしたものに血道を上げる人間をばかにするところがある。


出世だけにこだわるのもたいした人間ではないが、団塊の世代は、出世レースの肯定的な側面も認めて、一度出世にこだわってみたほうがいいかもしれない。

それが、変革への第一歩になるかもしれない。


そのためにも、いま会社のなかでなにをすべきか、自分のためになにをすべきかが非常に大事になる。

<span class="b">団塊の世代は、いまこそ真剣に悩むときがきた。</span>

まだ、燃え尽きるほどの仕事はしていない。

自分を見つめる視線をもう少し強くせよ。

流されてはいけない。]]>
      
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   <title>団塊の世代はイノベーターを志せ</title>
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   <published>2009-10-03T23:38:09Z</published>
   <updated>2009-10-03T23:50:32Z</updated>
   
   <summary> 「団悔の世代」になってはいけない 戦後の主要世代をごく大ざっぱにくくると、高度...</summary>
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         <category term="中高年・シニアがビジネス社会で生き残る為には" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>「団悔の世代」になってはいけない</h3>


戦後の主要世代をごく大ざっぱにくくると、高度成長期を支えてきた昭和一ケタ生れの経済戦士時代、団塊の世代、新人類という三グループに分けることができるだろう。

第一世代と第二世代である団塊の世代の間に安保世代をはさむ人もいるし、最近では、団塊の世代と第三世代の新人類との間にウルトラマン世代と呼ばれる三十代前半の世代を設ける説まである。

会へ民族移動した働き蜂である。

多くは現役を引退しているが、まだ企業トップとして老骨に鞭打っている人もいる。

そして第三世代は、第一世代の息子たちで、半分近くが一人っ子、長男である。


中間の第二世代、つまり１９４７年から４９年生まれの団塊の世代は、工業化時代の最終ランナーである。

ナイスミドルなどと言われながらも、実は可処分所得が低く、家のローンと教育費で苦しんでいる。

消費動向と収入の関係をアメリカで調査した結果だが、低所得の若年層と高所得者層には高額商品への支出が高く、中間層の高額商品への支出が低いいわゆる「消費のUカーブ」が実証されている。

日本でも、多分に同じ傾向があると考えられる。


ところで、日本の産業社会にとって歴史的な変化は、過去三回あった。

最初の変化は幕末から明治にかけて起こり、二回目の大きな変化は、第二次大戦の敗戦後の焼け跡からの経済再建から始まり、高度成長に向かう途上である。

そして三回目の大きな変化が、工業化社会からソフト化社会、情報化社会への変化である。


ソフト化社会、情報化社会という第三の波への企業適応の遅れが、いまさまざまな形で日本の産業界、労働界を揺るがしている。

この産業社会の変化にともなう経営パラダイムの変換で、いちばん辛いのが団塊の世代であろう。

団塊の世代というのは辛い世代である。

大工業時代の最後の繁栄期に企業に入り、中高年から古い忠誠心を伝授され、自分も年功序列と終身雇用の恩恵に浴せるものと励んできた。

学生時代に「社会の価値観」に悩み、分裂してきた世代が、ここへきて今度は<span class="b">「会社の価値観」の大方向転換</span>に遭遇している。

若いときは安月給に耐え、耐えれば給料も上がる、地位も上がると言われ、その日を楽しみにやってきた。

上には強固な会社人間のヒエラルキーがそびえ、大量の競争相手との激しい競争があることを自覚していたから、あまり意に沿わない仕事でも徹夜までしてやってきた。

<span class="b green">「出る杭は打たれる。あまり目立つと損だ」</span>と脅され、上司のやり方が違うなと思うときでもあえて異議を唱えず、工業化時代の尖兵として働いてきた。

いまの若者のように自分の個性を主張することもあまりできず、突出した能力を示す機会もそれほど与えられずやってきた。

そしてやっと管理職になって、さあこれから年功序列の有難みがわかってくるというその途端に、もう終身雇用は保障できない、年功序列ではやっていけない、年功序列は終わりだと宣言されてしまった。

怒りたくもなるだろうが、年功序列が潰れているのは事実である。

<span class="b green">「いまは苦しいがいつか日の当たる時期がくる」</span>と言われて耐えてきた社会主義国家の国民のようなもので、当てにしていた手形が突然不渡りになってしまったような心境かもしれない。


団塊の世代は、「団悔の世代」になろうとしている。

いま４０代の半ばに達し、上場企業の部長年齢にさしかかり、部長有資格者があふれている状況だ。

ピラミッド型の組織が維持できた時代には、担当部長とか部付部長などのスタッフ部長の肩書きを与え、それなりの昇進も可能だった。

スタッフ部長でも、ライン部長並の待遇で過して乗り切ってきたが、もうそれもできない。


団塊の世代が５０歳になる頃には、終身雇用は音を立てて崩れている。

現に、定年年齢を従来の６０歳から５５五歳に引き下げる企業も出てきているし、アパレル産業のなかには選択定年年齢を４５歳に引き下げた企業もある。

HOYAのように５５歳から３０％の賃金カットを行う企業もある。

明らかに、団塊の世代をターゲットにしたシステム変更である。

また、管理職年俸制の導入は大きな流れとなり、あと２、３年もすれば、過半数の企業では管理職年俸制が常識になってくるであろう。


私は、よく冗談半分に、全共闘時代に２、３発張られているのだから、いまさら張られることを恐れることもないだろうと言って、団塊の世代を挑発しているが、なかなかその挑発に乗ってくれない。

激しい競争に萎縮してか、組織のなかで汲々としている団塊の世代が多い。


中高年の好きな「顔で笑って心で泣いて」という感傷に、団塊の世代は自分からすり寄ろうとしているようにさえ見える。

終身雇用の幻想にしがみつこうとする中高年に過剰適応して、一緒になってわが身の不幸を嘆いている。

そして、感性や創造力にすぐれている若者に、内心かなわないなと感じている。


団塊の世代は、嘆いている場合ではない。

中高年と同じ行動を取っても、なんのメリットもない。]]>
      
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   <title>若者も中高年の状況を他山の石とせよ</title>
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   <published>2009-10-03T02:07:10Z</published>
   <updated>2009-10-03T02:20:19Z</updated>
   
   <summary>若い労働力というのは、安くて回転が早く、足腰も強い。 若いうちは、一度や二度就職...</summary>
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         <category term="中高年・シニアがビジネス社会で生き残る為には" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[若い労働力というのは、安くて回転が早く、足腰も強い。

若いうちは、一度や二度就職に失敗しても、まだまだやり直しは十分にきく。

若者は、時代の変化についていくのも比較的容易だが、中高年はなかなかそうはいかない。

そして日本では、中高年から首を切られるいびつな形で失業率が上がっていく。


欧米のように、レイオフされたり、採用抑制で就職できない若年層が増えて反社会活動が活発化するのも問題だが、日本のように、ソフト化、サービス化社会に適応しにくい中高年や団塊の世代から失業者が出てくることにも問題がある。

高齢化社会がさらに進めば、そうした人たちをどうするのかが大変な社会問題にもなるだろう。

ただ考え方によれば、中高年から切っていくそのドライさが日本企業の活力である、と言えないこともない。


現代は、時代そのものが若者有利になっている。

技術にしても、その革新の中身は構造変化して若い頭脳を要求しているし、価値の多様化も進んでいる。

技術もマーケティングも、若者がリード役を演じざるを得ない。

単なる知識や経験の蓄積があまり意味を持たない時代には、若者の創造力を汲み上げられない企業は、確実に衰退の道をたどる。

中高年は、若者に連帯を期待したいところだが、それもできないだろう。

雇用が差し迫った中高年のスタンスとは大きく異なるからだ。


若者にとって、雇用はそれほど差し迫った問題ではない。

雇用調整で若者か中高年かの二者択一を迫られたら、まず間違いなく中高年が指名される。

若者は、自分が肩叩きの対象になるなどとはほとんど想像してもいない。

倒産でもしないかぎり、職を失うことはまずないと考えている。


さらに、近い将来、退職金や年金のパンクもあり得る。

望むべき地位ポストも少ない。

彼らには、ベースアップや労働時間の短縮が切実な問題なのである。


考えてみれば、高度成長期に確たる人事政策を採らず、ただいたずらに雇用を拡大し、設備投資に走った経営者の責任はどうなるのか。

バブル期に、株と土地に走った責任は誰にあるのか。

これは決してサラリーマンに帰せられるものではないだろう。

<span class="b">「好況時には不況を思い、不況に備える」。</span>

これが経営者の一義的な使命ではなかったか。

円高になり、営業利益が対前年比マイナスになっても、金融収支のおかげで経常利益は大幅なプラスになっていた会社は多い。

とりあえず、問題を先送りした日本の経営が破綻するのは目に見えていたはずではないか。


もっとも、企業が中高年から人減らしをしていくことは、情は別として、理屈としてはわからない点がないでもない。

たとえば労働コストが高い、新しい技術や環境への適応力が低い、新しい事業に対する発想の転換が容易ではないということなどである。

単純な経営の合理性からすれば、高給のわりには生産性が低い中高年中心に減量経営を進めざるを得ない。


ただし、中高年を生かす道は本当に少なくなっているのかどうか。

中高年、団塊の世代が余っているから、その部分の余剰を見直すというのでは、いつまでたっても片肺飛行の経済大国、片肺飛行の産業界にすぎない。

生産性と合理性だけでやってきた一・五流の経済大国にすぎないのではないか。


のびやかな感性、知性、創造力はなにも若者の専売特許ではない。

若者であれば、感性に優れ、創造的であるということでは決してない。

最近の偏差値教育が日本の知性を撲滅させ、若々しい感性を削り取ったという見方もある。

まして、男女差でもない。

個人差である。


終身雇用が崩れるということと、中高年を整理の対象にするということとはまったく同一ではない。

そこのところをどう歯止めをかけていくか、それが企業の本当の底力というものであり、その努力を怠った企業は、その後ろ向きの姿勢からいつか復讐を受けるだろう。


若者も、企業が直面している状況に安閑とはしていられないはずだ。

実力主義は掬いまの二十代、三十代には直接降りかかってくる。

能力主義で振り落とされるのは、四十代、五十代とはかぎらない。

若者に期待が大きいほど、そしてその能力に将来をかける部分が大きい時代だからこそ、選別は峻烈を極める。

事実、入社後、三年から五年で、すでに将来の選別を行っている企業もある。

金融機関などがそうだろう。

入社して数年はゆっくり、などと言ってはいられない時代である。


私は、いまの二十代、三十代の人は、中高年や団塊の世代が置かれている状況にもっと注意を払うべきだと思う。

人間というものは、二十代の時には四十代の自分というものは想像しない。

あるいは想像しにくい。

四十代になって初めて、四十代の切なさ、苦しさというものがわかる。

<span class="b">実力主義時代が見えてきたいま、要求されるものはなにか、自分にはその要求されるものが備わっているかを謙虚に見つめ、自分のものにしていかなければならない。</span>

ともあれ、あと１０年もすれば、年功序列と終身雇用は完全に崩壊する。

そのあと、どういう経営スタイル、人事システム、企業文化が定着するのか、残念ながら完全な形はまだ見えていない。

いまの若者は、そのドラスチックな変遷と定着を、人生のいちばん苦しい時期に体験する第一世代となる。

日本企業の若者社会化は、ますます進展するだろう。

そのスピードは、従来の比ではない。

いまの若者もいつか中高年と呼ばれるようになる。

自分が中高年になった時に、また新しい経営スタイルの模索が緊急のテーマとなっているかもしれない。

現在の流れより、それは激しいものかもしれない。

そのときのためにも、いま自分はなにをすべきか、大いに参考にし、勉強しておいて欲しいと思うからだ。]]>
      
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   <title>４０代、５０代のサラリーマンは、自分だけのシナリオを描け</title>
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   <published>2009-09-30T21:31:44Z</published>
   <updated>2009-10-08T06:59:29Z</updated>
   
   <summary>４０代、５０代は、もう察しの文化はほどほどにすべきだろう。 もう少し、自分を見つ...</summary>
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         <category term="中高年・シニアがビジネス社会で生き残る為には" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[４０代、５０代は、もう察しの文化はほどほどにすべきだろう。

もう少し、自分を見つめる視線を強くしたい。

<blockquote>
<p>「脱皮できない蛇は滅びる。</p>
<p>意見を脱皮していくことを妨げられた精神も同じことである。</p>
<p>それは、精神であることをやめる」</p>
</blockquote>

『曙光』のなかで、ニーチェはこう語った。

<span class="underline">進歩と向上を求めない精神は、発展し得ない。</span>

<span class="underline">滅びるだけである。</span>

察しの文化に割く時間を削ることで獲得した時間は、意識的に自分よりレベルの上の人に会う努力に振り向けたい。

　
なぜ人と会う努力が大事かと言うと、人が情報を持っているからである。

サラリーマンにとって必要な情報がそこにあるからである。

それも、自分よりレベルが低い人間では意味がない。
サラリーマンにとっての役立つ情報とは、そのつどそのつどの現場の判断の体系、判断の基準のようなものでなければならない。

情報をいくらたくさん抱え込んでも、それだけでは死んだ情報でしかない。

情報が生きたものとして立ち上がってこない。


生きた情報とは、<span class="b">その人なりの判断基準や価値観を持ち、解釈を示せる人との異化作用によって姿を現す</span>ものである。

情報とはちぢめていえば、二つ以上のちがった意見である。

自分よりレベルの上の人に会い、これまでサラリーマンには無線と見られてきた社外の知識や外部体験を、もっと増やすことを考えたい。

世間の話に熱心に貸す耳を持ちたい。

それがめぐりめぐって、必ずサラリーマンとしての存在をブラッシュアップする。


こうした点から、インフォーマルな勉強会が増えてきたり、いろいろな趣味のサークルが増えてきたことはいいことだと思う。

「今日の花形、明日の斜陽」とはよく言われることだが、そのスパンはだいたい２０年か３０年であった。

しかし、いまや極端に言うと、「午前の花形、午後の斜陽」というような潮流の激しい時代である。


サバイバル競争が激しい時代には、企業は戦略の方向を大きく変えなければならない。

従来ドメイン（事業活動の領域）のリストラ、業態再構築に成功した企業だけが、生き残れる時代である。

いままでの会社の人脈と情報だけでは通用しないところへ出ていかざるを得ないわけだから、会社のなかのことしか知らない会社人間はあまり使いものにならない。

会社のなかにしか人脈がない、会社にしか情報がない人は、会社にとっても困った存在になる。

外の世界の人脈、情報を持っている人が強い。

それが会社のためにもなる。

これはサラリーマンとして役立つだけでなく、個人としての面でも役に立つ。

一流の著者の本を読むこと、自分より能力のすぐれたブレーンを持つ必要がそこにある。
それによって自分のシナリオが描けるし、人生のスケジュールも立てられるようになる。

人生８０年時代というサラリーマンの第二ラウンド、第三ラウンドを考えた場合、自分の技量をもっと磨かないといけない。

いまの会社のなかでだけ仕事ができるというのは、しょせん半人前でしかない。

いざというとき、他流試合ができるのが一人前である。


本当の人材は、どこでも通用する。

それぞれの企業文化を乗り越えられるのが本来の技量というものである。

企業文化を乗り越える力は、冷たく言えばいまの会社を乗り越えないと生まれない。

察しの文化をある程度否定して自己を鍛えないと、身にはつかない。


社内の仲間とのつき合いは、たとえば曜日を決めてやり、他の日は会社以外の仲間に会うとか、早く帰宅して趣味や勉強に当てるとか、自分のシナリオに基づいたスケジュールを立てていかないと、とてもしたたかなサラリーマンにはなれない。

シナリオの一つとして、資格取得を考えている人は、この際、なにかの資格に挑戦してみるのもいいだろう。

たとえば、厚生労働省には職種転換を支援する中高年齢労働者等受講奨励金というシステムがある。

支給対象は４０歳で、中小企業診断士、社会保険労務士などの資格を取る際、入学費と学費の半分を１０万円を上限として、講座終了時に支給されるシステムである。


こうした資格取得の機会は、探せばまだまだある。

自分に合った資格を探しておけば、なにかの時にはきっと役に立つ。

ただし、４０代、５０代の勉強はねじり鉢巻きでやることはない。

いまさら息巻いてみても、なかなか長続きはしない。

大事なことは、<span class="b blue">自分流の勉強法</span>をマスターすることである。

やはり、自分の好きなことから手を着けることが大事である。

この分野が好きだからこの分野をきわめてやろう、あるいは子供時代の夢を実現するために勉強を始めるとかといったことでいい。

あれもこれもと欲張って、結局全部投げ出してしまうより、ある程度ちゃらんぽらんでいい。

大事なことは、<span class="dotted">とにかく継続していくこと</span>である。

他人が軽蔑するようなことでもいいではないか。

とにかく、自分が大事だと思ったことはやってみることだ。


吉田兼好が著した『徒然草』のなかに、こういう一節がある。

<blockquote>
<p>「一事を必ず成さんと思はば、他の事の破るるもいなむべからず。</p>
<p>人のあざけりをも恥づべからず。</p>
<p>大事にかへずしては、一の大事成るべからず」</p>
</blockquote>

自分が大事だと思ったことには、それなりの理由がある。

自分が大事だと思った気持ちが大切なのだ。

他人がとやかく言おうと、そんなことは気にしないことだ。

繰り返しになるが、私は、一杯飲み屋にいくなとか、会社の仲間とゴルフをするなとか野暮なことを言っているのではない。

月曜日から金曜日まで、あるいは土曜や日曜まで、相も変わらずつき合う必要はないだろうと言っているのである。


４０代、５０代というのは、なにかを犠牲にしないと、まともな勉強はまずできない。

たとえば、毎日会社の仲間と行っていた帰りの一杯飲み屋への立ち寄りを半分にするとか、ゴルフを半分にするとかしないと難しいと言いたいのである。


サラリーマンがしぶとく生き抜いていくためには、自分のシナリオが書けて、自分流のスケジュールを持つことを大事にすべきである。

２０代にはなにをやる、３０代にはこれ、４０代にはこれ、５０代にはこれをやると、自分のシナリオが書けて、それに基づいてスケジュールを組み立てられないといけない。

とくに、中高年は人生の半分を経過している。

団塊の世代は半ばに差しかかっている。

管理職という座に安住して、なにからなにまで会社任せ、あなた任せというわけにはもういかない。]]>
      
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   <title>シニアライフは自己発揮のステージ</title>
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   <published>2009-06-05T10:31:25Z</published>
   <updated>2009-06-05T10:42:48Z</updated>
   
   <summary> 「自分」の時代が始まる シニアライフを要約すれば、多くの人にとっては仕事（会社...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>「自分」の時代が始まる</h3>


シニアライフを要約すれば、多くの人にとっては仕事（会社等に拘束された労働）、生計の維持、子育てなどから開放された<span class="b blue">ゆとりの時代</span>となる。

しかも、多くのシニアは健康であり、人生80年時代の長くて自由な時間をこれから持つことになっている。

そして、これからのシニアは、こうした時間を有効に活用し、自由な生活を享受する方向に向かいつつある。

例えば、「定年」にこだわらない循環型の生き方などは、日本型経営の崩壊を背景としてすでに特異な生き方ではなくなっている。

また、年齢を感じさせないエージレスのライフスタイルも多くみられるようになった。

確実に日本のシニアは、新しい時代を迎えている。

その結果、これからのシニアには、いきいきとした拡がりのあるシニアライフの展開が期待される。

生きがいを求めての仕事（ワーク）、学習・研究活動、文化・趣味活動、社会活動、あるいは、スポーツ、あそび、旅、海外ツアーなどシニアにはこうした自由で多彩な生き方が可能になる。

つまり、これからのシニアは、本当の「自分」を発揮する生き方、自分が納得できる生き方をすることが可能なのである。


<h3>これからのシニアのライフパターン</h3>


束縛から自由に解放されたシニアライフは、それぞれの人の価値感、生きざまによって多様な形をとるものと考えられる。

以下、これからのシニアライフの四つのパターンを、モデル化してみることにする。

この四つのパターンには、これからシニアに期待する生き方だけでなく、現在の中高年層に多いパターンも取りあげ対照してみることにした。


<span class="b green f11em">（１）循環型（ホロニック型）シニアライフ</span>

アメリカだけではなく、日本でもこれからのシニアの一般像となろう。

定年にこだわらず早い時期から余暇・仕事の一体化した複線型ライフパターンに入ることも考えられる。

労働・ワークからは段階的でおだやかな引退となる。

余暇上手であり、ワーク、学習、レジャー、社会活動など多彩な生活を展開することになる。


<span class="b green f11em">（２）機会開発型シニアライフ</span>

定年、あるいは会社を退職を機会に全く新しい生活に挑戦するパターンである。

自分の意志による過去（会社とその仕事）との積極的断絶である。

自分の求める仕事（ワーク）、社会活動、研究活動などにより、自分の生きがいを実現させようとする。


<span class="b green f11em">（３）天職一直線型シニアライフ</span>

学者、芸術家に多いパターンであり、早くから天職を発見し、それを貫いている。

仕事はワークであり、自分を中心とする自由な生き方で仕事も余暇も一体化している。

もちろん、ワークそのものには、挫折や断絶もあり、生涯一直線を貫ける人はすぐれた才能と強固な意志に恵まれた人ともいえる。


<span class="b green f11em">（４）定年断絶直線型シニアライフ</span>

<span class="underline">これまでの中高年サラリーマンに多いパターン</span>である。

定年になったら何をしていいかわからない、余暇下手でレジャーの楽しみ方も知らない、全てが妻だよりとなる。

会社中毒、仕事中毒から抜け切れず、何をすることもなく無為のままに「老い」を迎えることになる。

余暇生活においても自立できないパターンである。


以上のように、シニアには様々な生き方がある。

<span class="b">しかし、共通しているのは、これからのシニアライフには自由で豊富ともいえる時間が残されていることである。</span>

この時代こそ、自分がかつてやりたかったこと、今やりたいことを実現するチャンスの時でもある。

あえて、現在の中高年サラリーマンに対して申し上げたいことは、余暇生活に対して積極的に立ち向かい、自立性のあるシニアの生き方を確立していただきいたということである。]]>
      
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   <title>シニアライフの領域を拡げる自己啓発</title>
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   <published>2009-06-02T14:52:04Z</published>
   <updated>2009-06-02T15:00:28Z</updated>
   
   <summary>仕事を中心とした自己啓発、資格取得についてはすでに説明した。 ここでは、シニアの...</summary>
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         <category term="中高年・シニアのこれからのライフスタイル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[仕事を中心とした自己啓発、資格取得についてはすでに説明した。

ここでは、シニアの生きがいとしての自己啓発に絞って概括してみる。


<h3>生活領域を拡げる三つの自己啓発</h3>


昭和63年7月、文部省はそれまでの「社会教育局」を「生涯学習局」として組織を拡大した。

上から押しつける「教育」から、自らの意志を大事にする「学習」へと言葉の上では一つの進歩である。

しかし、内容的にはやはり上が決めた形式的制度という従来のパターンとは大きく変わっていない。

こうした批判はともかくとして、この生涯学習という文教政策は高齢者に対しても様々な学習機会を与えることとなった。

高齢者に　してみれば、この与えられた機会を活用して、これからの時代に必要になる能力を開発するとか、新しい生きがいを発掘すればよいのである。

こうした場を活用しながら、シニアの生きがいのための自己啓発の方向として、次の三つを取りあげることにする。


<ul class="topics box-lightyellow">

<li>（１）　学習することで、青春を取り戻し、新しい仲間をつくる<span class="b">（コミュニティ型）</span></li>

<li>（２）　若い頃からの夢であった専門的学習研究を行い、自己実現を図る<span class="b">（研究型）</span></li>

<li>（３）　シニアとしての社会貢献の技術を身につける<span class="b">（社会貢献型）</span></li>

</ul>


<h3>青春を取り戻す</h3>


文部省の生涯学習政策に沿って、各自治体には、老人大学と呼ばれる生涯学習講座が開設されている。

そこは、学習することが当然主目的だが、シニアの仲間が集まって青春を取り戻す場ともなっている。

埼玉県の老人大学、名付けて「生きがい大学」のケースでその実態をみることにする。

学習期間によって1年過程と2年過程の二つのコースがある。

1年過程の場合は学習日が月2回、午前10時から午後4時半まで。

1時間半の講義が午前と午後に一回ずつある。

午後2時45分で授業が終わり、あとは課外活動となる。

そこでは、ダンス、詩吟、書道などのクラブ活動が行われる。

学園祭や修学旅行などの自治会活動も活発で仲間づくりに役立っている。

2年過程は週に1回、午前10時から午後5時まで。

生活科、福祉科、ふるさと伝承科、美術工芸科など専門コースに分かれており、合同学習を交えながら、専門別に学習を深めている。

場所は、福祉センターやコミュニティセンターを利用し、1年過程が7会場で、2年過程は2会場で行っている。

集ってくる学生は非常に熱心であり、皆勤賞の人は毎年30〜40％に及ぶという。

こうして熱心に通い続ける動機は、人との出会い、つまり<span class="b">仲間との交流</span>である。

開校当初に力を入れるクラブ活動や自治会活動は、シニア同志の仲間づくりに大きく貢献している。

老人大学は、学習もさることながら、シルバーのためのコミュニティとしての役割が高く評価される。


<h3>専門を深める</h3>


さらに専門的に学習したいとすれば、大学の大学公開講座を受講する手もある。

文部省調査（93年度）によれば、全国の国・公・私立大学534の約85％にあたる452校で、公開講座が開かれている。

講座数も4,590あり、延54万人の人が受講している。

そして、それにあきたらず、本格的に勉強したい人は、大学への学士入学（編入試験を受けて3年からの入学）、大学院入学ということになる。

かつての大学生活は就職のためのものにすぎなかった。

自分が本当に学びたいものはほかにあったとして、定年になってから大学へ再入学する人は年々増加している。

シニアの生きがいとしての専門分野の学習である。

仕事等の束縛から開放された定年退職後の時間は、自由でゆったりとした気持ちで学習と研究を進めることができる。


<h3>社会貢献の技術を身につける</h3>


仕事のための自己啓発、資格取得については、すでに検討した。

ここでは、シニアとしての社会貢献という視点から、次の二つを<span class="b">自己啓発のテーマ</span>としてとりあげる。


第一は、<span class="b blue">社会福祉のため技術取得</span>である。

点訳、朗読、手話などで一人前のボランティアとして役立つまでには、相当期間の通信教育や講習会による訓練が必要であり、手話通訳士のように資格取得を求められるものもある。

ある広報誌で朗読ボランティアを募集したところ百数十人の応募があったが、約1年の発声や読み方の訓練の間にはほとんどが脱落、ボランティアとして残ったのはわずか2名だったという。

ホームヘルパー（老人家庭奉仕員）も同じように研修が義務づけられている。

厚生労働省は91年度から老人介護のためのホームヘルパー養成制度を導入、地方自治体や介護福祉学校などが研修を行っている。

養成過程には三つコースがあり、主として家事援助にあたる3級課程で40時間、身体的介護にあたる2級課程で90時間、基幹的なホームヘルパーになる1級課程では360時間の研修が必要になっている。

このように、簡単に社会福祉はというが、一人前になるまでには、辛抱強い訓練とやる気が必要なのである。

もう一つは、これから伸びそうな分野として、余暇時間の過ごし方など老人の人生を指南するアドバイザーの分野がある。

これに関連する主な民間資格には次のようなものがある。


<ul class="topics box-aliceblue">

<li>文部省系……日本レクリエーション協会の「余暇生活開発士」</li>

<li>厚生労働省系……健康・生きがい開発財団の「生きがいづくりアドバイザー」</li>

<li>経済企画庁系……シニアルネッサンス財団の「シニアライフアドバイザー」</li>

</ul>

資格取得のためには、所定の養成講座を受講しなければならない。

余暇生活士の場合は1年間の通信教育、健康生きがいづくりアドバイザーは11日間の研修、シニアライフアドバイザーは8日間の研修が条件である。

ただし、この資格は現在のところ、資格をとってもそれを生かす場所は少ないといわれる。

しかし、これからは日本人にとっては未知ともいうべき、高齢化社会の余暇優先時代が始まり、こうしたニーズは高まる。

現在の中高年サラリーマンは余暇下手であり、これから始まる余暇を中心とするシニアライフの長い時間をもてあましてしまう懸念がある。]]>
      
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   <title>余暇社会参加の近道、シニアのボランティア活動</title>
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   <published>2009-05-30T21:12:22Z</published>
   <updated>2009-05-30T21:13:16Z</updated>
   
   <summary>ボランティア活動は、余暇生活の一つの分野であるが、単なる個人としての遊び、趣味だ...</summary>
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         <category term="中高年・シニアのこれからのライフスタイル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[ボランティア活動は、余暇生活の一つの分野であるが、単なる個人としての遊び、趣味だけでは飽き足りない、<span class="b green">社会との連帯感を持ちたい、社会的存在感を得たい</span>というシニアにふさわしい活動分野として、注目を浴びている。


<h3>ボランティアとは自発的で無償の社会貢献</h3>


「ボランティア」という言葉は、「自由意志」という意味を表すラテン語ボランタス（Voluntas）が語源。

通常は、自らの意志で、見返りを期待しない社会貢献のことである。

つまり、他から強制されたり動員されて参加するものではなく自発的行動であることが第一条件で、あくまで主体は自分にある。

その一方、経済的な見返りを求めない無償の行為で、市民生活や社会にプラスをもたらす行動の総称ともいえる。

従来の活動分野は、高齢者や障害者を対象とする福祉型活動が中心であったが、現在は社会教育、国際協力、人権擁護、地球環境保護など活動分野は多岐にわたっている。

ボランティア活動のいろいろについては、活動　分野だけでなく、活動形態、活動場所、活動範囲も様々である。

活動形態では、<span class="b">物品、金銭、労力、技術、こころによる支援</span>がある。

活動場所でも、<span class="b">家庭、地域社会、福祉施設、職域、広域社会、国際　社会</span>とその範囲は幅広い。

こうしたボランティア活動の原則は次のような理念に集約されて　いる。

<ul class="topics">

<li>（１）　自発性（自主性・主体性）</li>

<li>（２）　無償性（非営利性）</li>

<li>（３）　公共性（公益性）</li>

<li>（４）　先駆性（社会開発性）</li>

</ul>


こうしたボランティア活動は、日本の場合、欧米との宗教的観念の違いもあり、非営利性、公益性などの面で、その発展は容易でないとみられてきた。

しかし、1995年1月の阪神大震災時にみられた若者を率先とする救援活動は、日本においても<span class="b blue">ボランティアの理念が定着しつつある</span>ことを示すものといえる。

<span class="b f11em">ボランティア活動のいろいろ</span>


<table border="1" cellspacing"0" class="f10pt"  summary="ボランティア活動のいろいろ">

<tr><th>項　　　　目 </th><th>事　　　　例  </th><th>

<tr><td>1．福祉（老人、障害者）  </td><td>介護ボランティア  </td><td>

<tr><td>2．文化・芸術、教育  </td><td>点訳ボランティア  </td><td>

<tr><td>3．スポーツ・レクリエーション  </td><td>オリンピック支援ボランティア  </td><td>

<tr><td>4．自然・環境保護  </td><td>グリーンピース運動  </td><td>

<tr><td>5．国際協力  </td><td>国際看護ボランティア  </td><td>

<tr><td>6．物品による支援  </td><td>品物、製品、車両、会場などの提供など  </td><td>

<tr><td>7．金銭による支援  </td><td>寄付、募金活動など  </td><td>

<tr><td>8．労力による支援  </td><td>介助、介護、訪問、送迎、遊び相手、清掃など  </td><td>

<tr><td>9．技術による支援  </td><td>翻訳、点訳、芸能、レクリエーション指導など  </td><td>

<tr><td>10．こころによる支援  </td><td>相談、助言活動、教育里親など  </td><td>

<tr><td>11．家庭で  </td><td>翻訳、ホームステイ、盲導犬飼育など  </td><td>

<tr><td>12．地域社会で  </td><td>清掃・資源回収、スポーツ・レクリエーション指導など  </td><td>

<tr><td>13．施設で  </td><td>福祉施設での生活援助、図書館での対面  </td><td>

<tr><td>14．広域で  </td><td>災害救援、植林・森林の下草刈り、観光通訳など  </td><td>

<tr><td>15．国際社会で  </td><td>国際ボランティア団体の活動への参加など  </td><td>

<tr><td>16．その他  </td><td>道路清掃ボランティア  </td><td>

</table>


<h3>ボランティア活動は難しく考えない</h3>


ボランティアとは、自発的で無償の社会貢献活動であると、大上段にふりかざして難しく考えないことである。

特に、シニアの場合、自分なりに少しでも社会に役にたつことが出来ればよい位に気軽に考えて参加すべきなのである。

それが、社会とのつながりになり、生きていることの満足にもなる。

ボランティア活動を、「ボランティア的」とやや幅を拡げて考えてみよう。

生活との関わり方でボランティア的活動をみると、それは三つのパターンに区分される。

<span class="b">第一は、主体的に参加するパターンである。</span>

自分がこれからする行動は、必ず社会に役立つという強い使命感と自負心を持っている。

即ち、自己実現のため、あるいは生きがいという人間の基本的欲求をボランティア活動を通じて追求するパターンである。

代表例としては、御子息のカンボジアにおける死を契機に国際ボランティアに転進した中田武仁さんのケースがあげられる。

しかし、何もこうしたドラスチックなものばかりではない。

身近にも地道な例がある。

市の公園で毎朝黙々とゴミ掃除を続けている年配者がいる。

聞けば、老人仲間のボランティア活動として始めたのだが、いつのまにか一人になってしまったというのである。

そして、自分一人でも動けなくなるまでは働くと、明るく笑顔で答える。

<span class="b blue">公園の朝の清掃はその人の社会参加であり、生きがいなのである。</span>

これもまた立派な主体性のあるボランティア活動といえる。


第二のパターンは、<span class="b">気軽に市民生活の一部として、ボランティアグループの一員に加わる</span>ことである。

グループ、公共団体等の呼び　かけに応じて参加することが多く、やや消極的活動ともいえる。

しかし、日常生活の中で、ボランティアという社会貢献の時間を持つことは、社会との連帯感、市民としての満足感にもつながる。

日本人の場合、まずこうした自分のできる分野と範囲での活動から始めることが大事と考えられる。


第三は、<span class="b">相互扶助</span>というパターンである。

核家族化した高齢化社会では、高齢者が高齢者の面倒をみるというケースが多い。

今日、介護しているものが、明日介護されることになる社会である。

自分が活動出来る時にワーカーとなり、自分が必要になる時には依頼するといったシステムも必要である。

現在、「時間貯蓄制度」、「ボランティア切符制度」などボランティア精神を体現した、ボランティアネットワークづくりが検討されている。

以上、生活との関わり方から、広い意味でのボランティア活動の三つのパターンをあげてみた。

要は、<span class="b blue">気軽にボランティア活動に参加する</span>ことであり、そこからシニアとなってからの新しい人間関係のネットワークが生まれるはずである。


<h3>シニアボランティアの活動分野</h3>


ボランティア活動の範囲は、海外への技術指導ボランティアから始まって老人のためのホームヘルパーに至るまで、その幅は極めて広い。

その中から、シニア世代の活躍が期待される活動のいくつかを例題として、ランダムにあげてみることにする。


<span class="b green f11em">（１）老人のための支援活動</span>

掃除・洗濯・買物等の家事支援、在宅寝たきり老人の介護、入浴サービス、老人ホームへの慰問など。


<span class="b green f11em">（２）その他の社会福祉活動</span>

点訳ボランティア、朗読ボランティア、手話ボランティア、障害児ヘルパーなど。


<span class="b green f11em">（３）地域社会への貢献活動</span>

道路清掃ボランティア、公園愛護ボランティアなど。


<span class="b green f11em">（４）自然保護活動</span>

植樹ボランティア、花いっぱいボランティア、鈴虫の保存ボランティアなど。


<span class="b green f11em">（５）次の世代との共生、伝承活動</span>

レクリエーション指導、ボーイスカウト指導、伝統工芸・ふるさとの味などの伝承活動、戦争体験の悲惨さの記録づくり、おもちゃの病院ボランティアなど。


<span class="b green f11em">（５）国際協力活動</span>

日本語ガイドボランティア（海外からの観光客対象）、日本語ボランティア（国内在住外国人対象）、海外ボランティアなど。

なお、海外ボランティアの代表なものは、<span class="b">「日本シルバー・ボランティアズ」</span>が派遣する高齢者対象の技術協力チーム。

日本の優秀な技術を求める発展途上国の要請と自分の技術を生かして社会に貢献したいという高齢者の希望が合致した結果である。]]>
      
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   <title>「余暇」で拡げるシニアの生きがい</title>
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   <published>2009-05-28T19:44:35Z</published>
   <updated>2009-10-08T06:58:51Z</updated>
   
   <summary>余暇下手シニアから余暇上手へ すでに述べた通り、人生80年代のシニアライフは、仕...</summary>
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      <![CDATA[<h3>余暇下手シニアから余暇上手へ</h3>


すでに述べた通り、人生80年代のシニアライフは、仕事（ワーク）と余暇（レジャー）が一体化したものであり、年が加わると共に、余暇時間のウエイトが増す。

ところが、仕事一筋に生きてきた現在の定年後サラリーマンは、余暇を積極的に活用し楽しもうとする意欲も低く、また、「無芸退職」と云われるようにその過ごし方が下手である。

以下、「レジャー自書」（余暇開発センター）により、60歳以上の現在の高齢者と40代、50代の次期高齢者の余暇志向を対比しながら、その特性を要約してみる。


<h3>積極性を欠く余暇意識　−　現在の高齢者</h3>


「余暇時間」については、男性は妻への依存志向が強く、妻のほかにはあまり余暇を過ごす相手がいないという「ぬれ落葉」現象が裏付けられる。

これに対し、女性の場合は、友人・知人を志向したり、あるいは一人になりたいと思っており、高齢者男女間の意識のずれは大きい。

次に自由時間活動の潜在ニーズ（今後の希望と現在の差）であるが、若い世代に比べて非常に小さく、例外は「家庭菜園、趣味としての農業」程度。

それ以外の活動、特に鑑賞・創作、スポーツ・健康づくり、日曜大工などの創作活動、アウトドア活動といった「行動型」、「創造型」の余暇活動についての希望は他の世代に比べてかなり低くなっている。

このように余暇を積極的に楽しもうという意　欲の欠如は、現在の高齢者に共通する問題点であり、特に、60歳以上の男性にこの傾向が強い。

この点で、アメリカ人のパピーリタイアメントとの格差は大きい。

したがって、現在の高齢者層には、高齢者自身の余暇活動への開発努力と同時に、自治体等による地域社会レベルでの余暇機会サービスの提供も必要だとしている。


<h3>余暇意識に目覚める次期高齢者群</h3>


現在40代、50代の次期高齢者層は60代になった時の生活パターンを次のように想定している。

全体としては余暇重視の傾向となる。

まず、男性についてみると、若い年代ほど高齢期も仕事中心と考える人は少くなる。

それと対照的に50代、40代と若くなるほど、余暇の方向に重心が移動し、「趣味、スポーツ、アウトドア活動など、好きなことをして暮らす生活」の予想が多くなっている。

また女性についてみても、男性同様に余暇志向は強まる。

ただし、現在の高齢女性に比較すればかなり低くはなるが、男性に比べれば「家事や家族中心の生活」の比率が依然高く、やはり家事や家族の束縛はなお大きいと予想している。

次に、余暇時間に対する潜在的ニーズをみると、休養、気晴らしの時間が減り、自然と親しむ・スポーツ・芸術・音楽などの「楽しむ志向」に加えて、「能力開発」や「健康づくり」が上位に出てくる。

さらに50代男女になると、「ボランティア」や「地域志向」が強く出てくる。

50代ともなるとリタイア後の地域での生活を意識し始めているともいえる。


40代・50代の次期高齢者層の場合は、現在の高齢者と異なり<span class="b blue">「自由時間を活かす」という積極的な問題意識</span>を持っている。

また、この間題意識の延長線上には、高齢者自身が自ら立ち、自らを助け、共に生きるという、いわば「自立と共生」への傾向が読みとれる。


次期高齢者層の自由時間ニーズは次の四つが特徴的である。

<ul class="topics box-lightyellow">

<li>（１）　余暇そのものを楽しむ「楽しみ型」</li>

<li>（２）　自分自身を高める「能力開発型」</li>

<li>（３）　健康づくりや健康増進のための活動</li>

<li>（４）　ボランティアや地域活動</li>

</ul>


現在の40代・50代の中心は団塊の世代であり、現在の高齢者に比較すれば、かなりの余暇上手になっている姿が想像される。

余暇能力、余暇知識などの余暇資源の蓄積も進んでいる。

そして、こうした次期高齢者の余暇上手の背景には、余暇生活における新しい人間関係の形成とそれに基く余暇生活に拡がりがあるようである。


以下、余暇生活についての具体論に入るが、ここでは、<span class="underline">人間関係づくりを中心に余暇社会への入り方、ボランティア活動を軸とする余暇社会への参加の仕方</span>を最重点として述べることとする。

当サイトは、健康でありこれからを前向きに生きようとするシニアライフについての提案を目的としている。


<h3>余暇生活に向けて、新しい人間関係をどう切り拓くか</h3>


<span class="b f11em">定年が縁の切れ目の「仕事縁」</span>

定年後も仕事をしばらく続けるとしても、次第に仕事よりも余暇の時間が多くなり、やがては余暇中心の時代が来る。

会社縁、仕事緑の人間関係は薄れて行くのである。

次に、定年退職した男性の友人ネットワークの変化については、<span class="underline">定年前からの仕事関係の友人との関係がいぜん変わらないで続いているとしている人が最も多い。</span>

しかし、この関係は、<span class="b red">さらに何年かたてば次第に薄れて行く性質</span>のものだ。

代って、近所や地域の友人、サークルの友人との付きあいは深まってはいるものの、飛び抜けて高い比率でもない。

やはり、仕事縁による人間関係が中心で、これから始まる本格的余暇生活についての人間関係づくり、ネットワークづくりが遅れているのだ。


<h3>地域にも必ず仲間がいる</h3>


<span class="b green f11em">地域コミュニティを敬遠するな</span>

人間関係づくりの第一歩は、地域との関わりだが、定年サラリーマンの場合はこれがきわめて<span class="b red">希薄</span>である。

地域生活において、近隣との日常的接触はほとんどなく、町内会加入も含めて近所づきあいは全く妻まかせという人が多い。

定年となり、余暇時間が増える。

今さら顔を出すのは億劫とはい　わずにまず町内のイベント、祭り等に気軽に出てみることが大切だ。

市町村が主宰している生きがい教室、文化教室にも参加してみる。

老人クラブなども覗いてみる。

こうした団体は地域老人の親睦団体だとか、官主導の押し着せ型の教室であるとかいって参加することに抵抗感のある人もいる。

<span class="b">しかし、こうした人は自分だけでなく同じように感じている仲間が必ずいるはずで、その仲間が集って新しいサークルをつくればよい位の気持ちが肝要だ。</span>

遊ぶだけではいやだという人には、各市区町村には、<span class="b blue">シルバー人材センター</span>もあれば、ボランティアセンターもある。

そこから紹介されるシニアとしてのワーク、ボランティア活動を通じて、様々な人と出会える、新しい仲間も出来る。

特に、地域ボランティア活動は、新しい人間関係づくりという観点でも注目される。


<h3>地域を超えてネットワークは拡げられる</h3>


これからは、インターネットという言葉で代表される<span class="b">高度情報化社会</span>となる。

中高年者を対象とする、地域をこえた新たな人間関係　ネットワークも形成されつつある。

例えば、高齢者を中心に活動している「メロウネット」。

通産省が90年に打ち出した「メロウ・ソサイエティ構想」をもとに、NIFT-ServeとPC-VANの二つのパソコン通信内に開設されている。

「定年と新しい生きがい」など定年後の生活問題をパソコンを通じて語りあっている。

現在、4,000人近い人が加入、その<span class="b">7割が50代以上</span>となっている。

その効果については、昨日までの会社人間にいきなり地域に飛び込めといっても難しい、パソコンのオンラインで知りあい、直接会うことで交流が深められるという、サラリーマンＯＢにとっては最適の仲間づくりになるとしている。

また、サラリーマンＯＢのために新しい仲間作りの場を提供している組織に日本セカンドライフ協会（ＪＡＳＳ）があり、その<span class="b">季刊情報誌「ＪＡＳＳネット」</span>は、若者向けイベント情報誌「ぴあ」をもじって「シルバー版ぴあ」とも呼ばれている。

同誌には、料理教室、美術展鑑賞、ボランティアマネジメント講座など約300のイベントが紹介されており、年間1,200ものイベントが企画提供されることになる。

メロウネット同様、ＪＡＳＳネットにも次のような効果があるとしている。

会社生活しか知らなかったサラリーマンにはやはり地域社会の敷居は高い、といって会社のＯＢ会もタテ社会の関係をそまのまま引きずってしまうようで居心地はよくない、自由にセカンドライフを楽しみたい仲間を求める人たちの受け皿になっているというのである。

このように、探してみれば、地域をこえたネットワークづくりも出来るのだ。]]>
      
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   <title>仕事に生きるシニア世代はたくさんいる</title>
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   <published>2009-05-28T04:50:53Z</published>
   <updated>2009-05-28T05:08:24Z</updated>
   
   <summary> いきいきと仕事に生きるグループ 何となく仕事を続けたいという消極グループとは対...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>いきいきと仕事に生きるグループ</h3>


何となく仕事を続けたいという消極グループとは対照的に、自ら仕事を求め、仕事を通じていきいきと生きている積極グループがある。


それには、次のようなものがある。

第一は、卒サラ人種を含めた自営業者、ベンチャー企業経営者、サラリーマン時代のキャリアを生かして独立した専門家などである。

これらについては第一部で詳しく述べているので、ここではあまり触れない。

ただ、専門家グループの今後については、「ゴールドカラー」としての仕事への対応が求められる。

アメリカでは1950年代の経済黄金時代のあと、所得格差が拡がり、ブルーカラーやグレーカラーの地位が低下した。

そして、それのみならず、ホワイトカラーも二極分解し、単なる事務職はブルー、グレーなみになり、一部のエリートホワイトカラーのみが高所得層を形成するようになったといわれる。

このエリート層がゴールドカラーである。

具体的には、研究科学者、設計技術者、エンジニア、投資顧問、弁護士、コンサルタント、会計士など、また新しい職種としてヘッドハンター、システム・アナリスト、またアメリカ的職業としてＴＶ・映画プロデューサー、ジャーナリスト、アートディレクターなどがあげられている。

しかし、これらの職種全体がゴールドカラーとなる訳でなく、ゴールドカラーとして認められるためには、それに対応する能力も当然求められる。

米国ゴールドカラーの特徴としては、学歴が高いこと、情報テクノロジーを駆使できること、国際的視野を持つことなどがあげられている。

また、環境が変わってもそれに対応する付加価値を生みだすことができる、つまり、柔軟で創造的な能力を持ち、しかもそれが国際的にも通用するような人材がゴールドカラーであるとしている。


日本の中高年ホワイトカラーが、専門家として独立しても、このような素質と能力がなければ、やがては時代に取り残されることになる。

専門家としての独立は必ずしも甘くはない。

以上の第一のグループは、かつてのキャリアを生かし、過去の仕事の延長線上で、シニアとしてのビジネスライフを享受しているグループである。

これに対し、以下にかかげるグループは、仕事が先にあるのではなく、自らの生きがい、あるいはこれからの市民生活において自ら果たすべき役割の追求の結果としての仕事を発見したグループである。

やや古くなるが、増田米二氏は1987年の著書「超高齢化社会」（講談社）で、<span class="b">「機会開発者」としての生き方</span>を提言している。


<h3>機会開発で人生を新しく生きる</h3>


私達は、経済の高度成長を背景に、ひたすら物的な豊かさを追い続けてきた。

しかし、高齢化社会が急速に進行する中で、生きがいとして心の充足を求める新しい型の生活者が誕生するようになった。

増田氏によれば、この生きがいを追求する新しい型の生活者を、「機会開発者」と呼んでいる。

機会開発者（Opportunity developer）とは「未来の新しい機会を創造的に開発していく人」であり、いろいろな問題を解決し、新しい将来の可能性を開拓する人であるとしている。

未来における新しい可能性の開拓といえば、かつてのアメリカ西部劇における荒くれだった辺境開拓のパイオニア達のイメージが浮かぶ。

現代においても、宇宙開発、マルチメディア社会構築など先端的開拓分野がある。


しかし、経済も成熟時代に入った高齢化社会では、パイオニアという言葉からすれば、地道ともいえる開拓分野も重要になってくる。

例えば、経済至上主義の産業社会に汚染され　破壊された地球環境の修復、加速度的に増え続ける高齢者のための生活環境の整備と創造など。

これらのテーマは地味であると同時に、現段階では経済的メリットも少ない分野でもある。

だが、これらの分野は、われわれの生活に密着し、われわれの生命にも関わる重要分野である。

高齢化社会の生活者、機会開発者達には、こうしたテーマとの対決が、特に望まれるといえよう。

増田氏も当サイトと同様、こうした機会開発のパイオニアの役割を、中高年層に期待している。

例えば、定年を60歳とすればそれから平均20年の豊富な未来時間を持っている。

その上、これらの人々は人生の数々のキャリア、専門知識や能力を持っている。

しかも、多くの人は自分の家を持ち経済的にも不自由ではなく、そして健康でもある。


このように人生80年時代のシニアには、未来時間、能力、経済力、健康という機会開発をするための四つの条件を完備しているというのである。

つけ加えれば、この世代にはこれまで自分を育て生活させてもらった社会、大げさにいえば地球環境の恩恵に感謝し、恩返しをしなければならない年代でもあるのだ。

機会開発者の地味な事例を一つ、日本経済新聞の記事から紹介する。


横浜に住むＮ氏、68歳となってフリーのホームヘルパーとして独立した。

Ｎ氏は大手電機メーカーの関連会社の役員を63歳で定年退職している。

その直後、義母ががんで倒れた。

その介護をするうちにヘルパーとしての適性に目覚め、介護研修を受け登録ヘルパーとなった。

始めてみるとこれが楽しい。

神奈川県内で働く男性ヘルパー達と「男性ヘルパーの会」を作り、技術に磨きをかけた。
しかし、登録ヘルパーは68歳が定年。

そこで第三の職業として編みだしたのが、「フリー・ヘルパー」である。

登録ヘルパー時代のお年寄りから<span class="b green">「定年後も続けて」</span>と頼まれることも多い。

そして、その一方では地元福祉団体の介護ボランティアとしても活躍している。

このようにＮ氏が第三の人生を楽しく生きられるのも、ヘルパーとしての技術を身につけ、高齢化社会が求める新しいタイプの職人として自立する道を発見したからである。

しかも、その原点には<span class="underline">損得抜きで「自分を待っている人がいる」という喜び（生きがい）がある。</span>

こうした介護などの福祉関連ビジネス、リサイクルも含めた環境保全ビジネスは、現在、最も注目されている機会開発型事業領域といえよう。

将算性はともかく、社会的意義も高く、参入する企業、ベンチャー、個人が多くなっている。

こうした、機会開発者は80代の高齢者から20代の若者まで広い拡がりを見せている。

この機会開発者達の基本的特徴は、次の四つである。


第一は、新しいライフスタイルのクリエーターであること。

それぞれが自分の新しい生きがいを求めて歩きだしている。


第二は、夢を措いているばかりいるロマン派ではなく、目標実現に向けて実際に行動している行動派であること。


第三は、自らの意志で自分の生きる道を選択した自立型個性派であること。


第四は、経済的な利益を第一の目的としていないこと。

生きがいとしての目標実現が究極の目的であり、その仕事による収入は、生計や事業を維持するためのものであり、金儲けを目的としていない。

機会開発は、これからのシニアに最も望まれる生き方である。


<h3>整備されつつあるシニアパワー発揮の場</h3>


定年退職後も仕事を続けることを望み、再就職斡旋機関の門をたたく人、自ら生きがいとしての仕事を自分で開拓する人、シニアの仕事の見つけ方は様々である。

シニアの再就職は厳しいといわれるが、その一方では、シニアパ　ワーの発揮の場は、着々と整備されつつある。

その一つは企業サイドからの働く場の提供。

例えば、リース会社のオリックス。

長いキャリアの間に培った能力こそ貴重として、50代から60代の契約社員の大量募集を行っている。

その背景は急成長オリックスの社員年齢の若さ。

若さだけではどんなに優秀なセールスマンでも相手企業のトップに信頼を得るには時間がかかる。

顔が利くのは中高年の営業マンであると考えたからである。

同社の場合当初は50代の契約社員募集から始めている。

そして、半年後、首都圏など大都市圏を中心に、特定業界に強い中高年営業マン200名、年齢枠を68歳までに拡大しての採用に踏みきっている。


二つ目は、公的機関によるシニアパワー発揮の場である。

例えば、国際協力事業団。

熟年人材を活用するために、91年からシニア協力専門家を公募している。

年齢は男女とも40歳から69歳まで。

特に、60歳前後のシニアの応募が目立っているという。

民間企業でも、中高年社員のパワー活用による海外支援活動例は多い。


三つ目は、シニアの結集によるパワー発揮の場づくりである。

例えば、東京には「ローレイ」という平均年齢66歳の会社がある。

社会的存在である人間には、積極的に社会とかかわることなしに真の生きがいはありえない、シニアライフの充実にもそれが必要だとしてローレイを設立した。

「ローレイ」という社名は<span class="b green">「栄光を物語るレイを首にかけ（ＬＥＩ）、残りの人生をさらに実りあるものにするため、みんなで力を合わせて漕いで行こう（ＲＯＷ）」</span>という意味である。

業務内容は、経営コンサルティング、従業員教育、保険　代理業務、健康機器の斡旋販売など多岐にわたっている。


また、シニアだけ集まった企業として、マスコミ等でよく取り上げられるのは、東京・新宿のビジネスホテル「高さわ」。

平均年齢　65歳。

全員がホテル未経験、職業安定所を通じて募集している。

行動は機敏とはいえないが、律儀な対応ときめ細かい気づかいが評判を呼んで、ホテル経営は軌道に乗った。

シニアの再就職は、当今、厳しさを増しているといわれるが、このように丹念に見て行けば、様々な就業機会が潜んでいる。


<h3>シニアが注目すべき仕事の領域、第五次産業分野</h3>


シニアが、生き生きと仕事が続けられるビジネス領域はどこにあるか。

それを検討する前に、産業構造のマクロ的変化方向を頭にいれておく必要がある。


オーストラリアの歴史学者Ｂ・ジョーンズによれば、一次・二次・三次産業は歴史的に順次縮小して行く方向にある。

今後、成長と雇用の拡大が期待されるのは、第三次産業から独立し第四次産業となる情報関連部門とこれから説明する第五次産業部門であるとしている。

Ｂ・ジョーンズは「ポスト・サービス社会」を見すえて、第5次産業を次のように規定している。

即ち、これまで家庭でやっていたことを市場経済化したような部門であり、その内容は市場経済的部分だけでなく公的扶助やボランタリーな部分からなっている。

具体的には、家事サービス、自営業・自家生産活動、ボランティア活動、さらには介護、ベビーシッテイング、文化活動などもこの部門に含まれるとしている。

つまり、この部門は家庭などで行われてきた「インフォーマルな仕事（ワーク）」の分野なのである。

このインフォーマルなワークの性格は、大量生産に相対立する労働集約的なものであり、時には、趣味的、文化的、社会奉仕的、環境保護的な色彩も強い。

従って、従来の産業に対する観念からすれ　ば、経済的メリットの追求よりも、「人のこころ」、「人のぬくもり」、「手づくり」といった志向を優先しており、経済効率は決していい　とはいえない分野でもある。

その一方、この分野は、経済最優先としてきたこれまでの産業社会には欠けていた部分であり、経済も成熟化し高齢化社会ともなったこれからの日本社会には急速に重要となり、雇用拡大を期待できる分野でもある。


また、経済面からの効率性が当面（あるいは将来も）高いとはいえない事業分野として、経済最優先のライフステージを終えた中高年のシニアが積極的に参加し、自分達のためにも育てあげるべき産業分野の一つともいえる。]]>
      
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   <title>シニアの仕事（ワーク）はどこにあるか、どう取り組むか</title>
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   <published>2009-05-23T23:38:24Z</published>
   <updated>2009-08-08T09:58:46Z</updated>
   
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      <![CDATA[当サイトは、主に中高年サラリーマンを主対象としている。

すでに述べた通り、かつての会社人間にとって、定年後も自分を生々と発揮でき、生きがいを発見しやすい場所は、仕事という場である。

そして、シニアの仕事には、生きがいとしての仕事、自分を生々とさせてくれる場としての仕事、そして生活（再生産）のための仕事という三つのパターンがあることを示した。

この三つのパターンは、必ずしも仕事との取り組み方のレベルを示すものではない。

生活のために始めた仕事がいつのまにか生きがいになったり、とりあえず自分を発揮できる場として選んだ仕事は実は自分にとっての天職であり生きがいになったりする。

つまり、仕事とは発展的な性格のものでもある。

そこで、定年になったが、生活のため、あるいは何もすることがなくとりあえず仕事でも続けようかとするシニアのための仕事の見つけ方から検討を始める。


<span class="b f11em">仕事はある、社会とのつながりに意義がある</span>

雇用情勢はいぜん厳しいが、健康であり、賃金などの勤務条件、再就職先の「格」などにこだわらなければ、仕事は見つけられる。


<h3>シニアの継続雇用は期待薄</h3>


中・長期的にみれば、若年労働力は不足であり、高齢者の雇用促進は必須の課題である。
しかも厚生年金受給開始が将来65歳に引き上げられることもあり、そのための労働環境の整備が急務となっている。

厚生労働省は、96年度から5ヶ年計画で「総合的雇用環境整備推進事業（ネクスト65推進事業）」を進めている。

これは、職住接近型オフィスや在宅勤務など高齢者が働きやすい勤務形態、導入する場合に必要な施設の整備、雇用管理上のノウハウなどの研究を目的とする労働省の事業である。

一方、企業側にも60歳以降の就業機会延長をにらんだ動きが、大企業を中心に拡がっている。

しかし、その多くは関連会社での再雇用がほとんどである。

例えば、松下電器産業では、通常は60歳定年だが、55歳でいったん退職し関連会社で65歳まで働けるコースを導入している。

また、日本ＩＢＭの場合は、本体は60歳定年、関連会社に転籍すれば65〜62歳定年となるといった状況である。

こうした中で、ＴＥＣ（東洋エンジニアリング）は、97年度から65歳まで契約社員として雇用する制度を導入する。

だが、その内容は50〜54歳の幹部社員が希望し会社も了承した場合であり、60歳以降は1年毎の契約、年金分も含めた年収は契約社員となる前に比べて最大4割は下がるという条件である。

つまり、企業リストラと人件費抑制をも狙った高齢者雇用対策が主眼ともいえる。


このように、<span class="underline">大手企業の場合でも、定年退職者の再雇用の条件は厳しい。</span>

ましてや、一般企業における定年退職者の場合は、長年勤めあげた会社からの再雇用、転職先あっせんもあまり期待できず、仕事を継続したければ自分で探すことになる。


<h3>適職探しは困難だが、仕事探しはできる</h3>


再就職先探しについては、第一部でも触れたが、ここでは、定年退職のシニアの立場から、もう一度その概要を整理することとする。

　有力なコネがなければ、職業安定所（ハローワーク）、シルバー人材センター、人材銀行（民間）などの斡旋機関を利用することになる。


<span class="b">（１）　公共職業安定所</span>・・・「ハローワーク」という愛称によりイメージ転換を図り、総合雇用情報センターへの脱皮を目指している。

しかし、斡旋内容的には旧態依然としており、求人先の職種は単純労働が多く、求職者の職能にかかわらず、賃金条件の低いものが圧倒的である。

こうした中にも、高齢者雇用への柔軟な働きもあり、注目される。

例えば、ハローワーク奈良。

92年度から55才から64才前後の中高年齢者2人が一組のペアとなって半日交替や一日交替で一人分の仕事をする制度をスタートさせている。

このシステムだと常時雇用関係とならないため、年金の減額はなく高齢者にとってのメリットは大きい。


<span class="b">（２）　シルバー人材センター</span>・・・地方自治体の事業団体。

収入もさることながら、健康や生きがいのため、地域社会における補助的かつ短期的仕事を請け負い、高齢者に紹介する。

会員は原則として60歳以上の健康な高齢者。

職種は建物、駐車場の管理、植木の手入れ、宛名書き、木工作業、伝票整理などが多く、報酬は比較的低い。

また、現役時代の経験、知識を活かせる職種が少なく、ホワイトカラー分野への事業拡大が課題となっている。


<span class="b">（３）　人材銀行（民間）</span>・・・技能者、資格取得者を優遇する傾向があり、特技のない事務系ホワイトカラーの斡旋数は少ない。

また、あったとしても求職者が求人を大きく上回り、60歳以上の高齢者は敬遠される。

以上のように、会社を離れたホワイトカラーには、過去のキャリアをそのまま生かせる適職探しは、なかなか容易ではない。


<h3>どんな仕事でも、仕事をすることに意義がある</h3>


しかし、会社人間が、定年後の疎外感を克服し、自分を回復する手段の中で、最も速効性のある手段は<span class="b blue">「仕事の再開」</span>であることはすでに述べた通りである。

しかし、その仕事はこれまでのキャリアからみると適職とはいえず、働く条件も大きく低下するケースがほとんどである。

その仕事をするからには、その仕事をするにあたっての新しい意義をはっきりさせる必要がある。

その意義とは、それまでの家族の生活のため、会社における出世を願ったサラリーマン現役の頃とは異なった意義、つまり、今60歳であればこれから20年以上も生きるであろうシニアライフに対する意義である。

意義といっても、さしあたっての生計費稼ぎから始まって、健康維持とボケ防止、後進教育などによる社会貢献、自己実現など千差万別である。

要は、与えられた仕事の場をその意義に向かって行動することにより、自分にとっていきいきと生きる空間とすることであり、出来ればその仕事の中にシニアとしての生きがいを見出すことである。

こうした意義による動機づけがなければ、せっかく得た職業も意にそぐわない仕事として長続きはしない。

この場合は、会社だけではなく仕事とも断絶するという以前よりもさらに深刻な挫折感に落ち入ることになる。

前向きに考え、前向きに行動することが大切である。

つけ加えると、シニアとなって得た職場で長く働くためには、新しい職場の仲間との共生の姿勢をとることが大事である。

多くの場合は、社長、幹部より年上であり、使いにくいとして敬遠される。

また、後進の指導もいいが、時には昔のやり方の押しつけになることもあり、老害といわれることにもなる。

新しい仲間と協調しあいながら、自分能力を活かしその職場に貢献することである。


以上は、何となく仕事は続けたいとする、どちらかといえば消極的な立場からの仕事探しと、その取り組み方についての検討である。]]>
      
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   <title>シニアライフの新しい生活スタイル</title>
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   <published>2009-05-23T14:40:29Z</published>
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   <summary>他律から自律に生活時間を変える。 そして、自律性と拡がりのあるホロニックな生き方...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[他律から自律に生活時間を変える。

そして、自律性と拡がりのあるホロニックな生き方を選択する。

この観点から、人生80年時代のシニアの生活領域を整理してみよう。


<h3>仕事も余暇も一体化する生活</h3>


シニアの生活は、従来の仕事、余暇、休養が融合し一体化するライフステージである。

表面的にみれば、余暇時間が増え、仕事の時間が減少する程度で、サラリーマン時代とはあまり変化がないようなケースも多い。

しかし、シニアライフの基本的違いは、仕事も余暇も一体化した中で、自分の意志で自分が求めている生活領域を自分で選べ、かつ、様々な生活領域の組合せも出来ることである。

つまり、延長されたシニアの長い時間を利用して、生きがい一直線の生き方、あるいは複線型、多段階型、循環型など様々な生き方を試みることが出来るということである。


シニアの生活領域を機能別に類型化すれば、次の四つの領域に区分される。


<span class="b f11em green">（１）経済領域</span>…仕事である。　シニアの段階でも現実的には全てが自律的とはならない。

自律度にしたがって、シニアの仕事は次のように区分される。

ａ　生きがい型・・・天職、あるいはライフワークとしての仕事。

ｂ　いきいき型・・・仕事人間の延長線として、とりあえず自分を発揮できる場としての仕事。　最終的に生きがいとなることもある。

Ｃ　再生産型・・・生活のための仕事。　出来ることならば、自分を発揮できる場、さらには生きがいとしての仕事へと発展させたいものである。


<span class="b f11em green">（２）レジャー領域</span>

ａ　能動型・・・スポーツをする、野外活動をする、海外旅行をするなど。

ｂ　受動型・・・映画、演劇、音楽会、美術館、スポーツ見物など。

Ｃ　発散型・・・友人と酒を飲む、おしゃべりをする、ショッピングをする、ギャンブルをするなど、永続性はないが感情を発散させるレジャー。

ｄ　休養型・・・テレビを見ながらゴロ寝で過ごす、一人で酒を飲むなど、のんびりと温泉で休養するなど。


<span class="b f11em green">（３）自己啓発領域</span>

ａ　教養（学習）型・・・大学に再入学する、文化教室で学ぶなど。

ｂ　趣味型・・・絵画、陶芸などの趣味、踊り・謡曲などの諸芸、園芸など。

Ｃ　研究型・・・サラリーマン時代には出来なかった長年の夢の研究に専念する。


<span class="b f11em green">（４）社会領域</span>

ａ　地域型・・・地域におけるサークル活動、地域奉仕など。

ｂ　グローバル型・・・国際ボランティア活動、自然保護活動など。


<h3>自らが拡げるシニアの生活空間</h3>


このようにシニアライフはきわめて多彩であり、多様な広がりを秘めている。

しかし、会社一筋に「会社の仕事」中心に生きてきた定年サラリーマンにとっては、そのほとんどが未知の生活領域との出会いとなり、すぐには入って行けない。

また、会社縁に頼っていた人間関係も長くは続かない。

その結果、退屈、ひとりばっち、何をしたらいいかわからないという<span class="b red">「無気力老人コース」</span>に落ち入ることも多い。

こうした危機を克服するためには、どうしたらいいか。


第一は、<span class="b">自分が置かれている状況を正しく自覚すること</span>である。

つまり、サラリーマンにとって「定年」とはこれまでの会社を中心とした生活空間　−　「社緑」の世界が終焉する時であり、それと同時にシニアライフに向けての新しい生活空間の構築が始まる時でもある。

そして、このシニアの生活空間とは、会社空間とは異なり、自分を核として自らが主体となって拡げて行く空間でもあることを知らねばならない。

環境が根本的に変わったのだ。


第二は、<span class="b">過去へのこだわりを捨てて、1人の人間として自分を見つめ直すことである。</span>

自分の特性と能力について、何をやりたいか、何が出来るかなど。

人間としての自分についての客観的な棚おろしである。


第三は、<span class="b">これから始まるシニアライフでの可能性の追求である。</span>

多くのシニアについては長くて健康な時間があり、展開可能な生活領域も広範である。

その中で、自分が本当にやりたいものは何か。

自分の持っている能力、健康、時間、経済力でどこまで出来るか。

つまり、「生きがい」という目標の発見であり、それをどう実現するかという具体プランづくりでもある。


第四は、<span class="b">その目標に向けての自分自身の変革である。</span>

具体的には、まず自分の態度・行動を変えることから、それは始まる。

しかし、定年サラリーマンにとって、長年の習慣となった会社人間としての態度・行動を変えることは容易でない。

商社マンから国際ボランティアへと大転身をとげた中田武仁さんのような事例はきわめて稀なケースである。

一般のサラリーマンの場合は、小さなこと、身近なことから変えて行くのが定石である。

例えば、

日常生活のパターンを変え妻との会話の時間を増やす、

一日一時間遊ぶ時間をつくるなどから始まって、1週間に1日は目標のための時間とするなど、行動の範囲を拡げて行く。

要は、消極的自己否定的な自分を、シニアライフで得られるはずの新しい生きがい実現に向けて、積極的で自己肯定的な自分に変えて行くことである。

つまり、<span class="b blue">自律性のある生き方に自分を変えて行くことでもある。</span>


<h3>物理的にも精神的にも拡がる生活空間</h3>


シニアライフは、まず、自己の確立が始まりである。

そして、自分自身を核として、生活空間の輪は拡げられる。

その媒体となるのは、「行動」と「こころ」である。

行動という視点でとらえれば、次のようにシニアの生活空間は拡がって行く。


自分　→　妻、そして家族
　　　→　地域社会
　　　→　日本社会
　　　→　国際社会
　　　→　地域環境


一方、物理的行動空間だけでなく、人間同志の心のつながりによる精神的に空間を拡げて行くこともできる。


自分　→　心の通いあう仲間
　　　→　小さい仲間のサークル
　　　→　大きい仲間のサークル
　　　→　仲間同志のネットワーク（国内）
　　　→　国際ネットワーク


<h3>老害を排除しつつ共生を目指せ</h3>


<span class="b">「共生」</span>が21世紀社会に求められる基本テーマである。

特に、21世紀は高齢者が当り前となる高齢化社会であり、若者・一般成人・高齢者それぞれに調和のとれた共生の社会システムの構築と社会風土の醸成が重要課題となっている。
ところで、共生のための社会風土醸成という視点で、現在の高齢者達の生き方をみれば、二つのグループに区分される。


第一のグループは、過去にこだわり、そこから抜けだせないグループである。

関心は主として過去のことであり、これから新しく何かをやろうとする気持はなく、過去のしがらみから抜け出せない。

このグループはさらに二つのタイプに分かれる。

第一のタイプは、「老残」組である。

過去の思い出にひたり、世間から無視されている自分の不遇をぶつぶつ嘆いているばかりという、これまでの老人に多くみられるタイプである。

第二のタイプは、「老害」組。

過去において獲得した権益にしがみつき、死んでもそれを離そうとしない。

そればかりか、すでに過去の遺物化しつつある権力を背景に威張る、自分の意見を押しつける。

常に「今どきの若い者は駄目だ」といい、若者をいびることに生きがいを感ずるようなタイプであり、生きがいの履き違えもはなはだしい。

政治家、一部の高齢経営者によく見受けられる。

このままでは、このグループは21世紀共生社会において疎外あるいは排除され、やがては「老醜」をさらすことになる。

これからの生き方を根本的に考え直す必要があろう。

もう一つのグループは、すでに述べた通り過去へのこだわりを捨てて、新たなシニアライフへのスタートを切っているグループである。

いきいきと生きられる場を発見し、充実した生活を送りながら、自分なりの生きがいを成就させることになろう。


<h3>生きがいとして、21世紀共生社会への貢献</h3>


私見であるが、これからのシニアにもっともふさわしい生きがいとは、21世紀共生社会への貢献ではないかと考えている。

現在のシニアは、戦争のない平和の時代、成長する経済、無制限に近かった地球資源の消費など、恵まれすぎたといえる環境で何十年も過ごしてきた。

しかし、これから始まる21世紀社会には、環境破壊、食品公害、急激なスピードで進展する高齢化社会のヒズミなど、あまりにも深刻な課題が多い。

今、シニアに求められるのは、恵まれた時代を過ごさせてもらった社会、地球への恩返し、あるいは環境破壊等への償いではあるまいか。

環境保護・医療等の国際ボランティア活動、介護等の社会福祉活動など、経済面、時間面での束縛から開放されたシニアライフでは、それが可能になる。


以下、シニアライフをどう展開するかの具体論に入る。

当サイトは、社会とのつながりがシニアの生きがいであると考え、仕事（ワーク）という生活領域、多彩な余暇活動の中からは、ボランティア分野、それに自己啓発分野を重点として取りあげることとする。]]>
      
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   <title>シニアライフは自己実現のステージ</title>
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   <published>2009-05-19T07:16:34Z</published>
   <updated>2009-05-19T07:29:46Z</updated>
   
   <summary>定年退職者を含めた高齢者のことを、当サイトでは「シニア」と呼ぶことにする。 従来...</summary>
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      <![CDATA[定年退職者を含めた高齢者のことを、当サイトでは<span class="b">「シニア」</span>と呼ぶことにする。

従来の日本語の観念では<span class="b red">「高齢者 ＝ 老人 ＝ 病弱者」</span>という暗いイメージがあまりにも強い。

これからの高齢者、即ち、シニアの大多数は、健康であり、経済的にも困らない。

しかも、人生80年時代の長くて自由な時間を持ち、多彩な余暇生活の展望が開けてくる。

一方、これまでの高齢者、特に定年サラリーマンの場合は、いぜん会社や仕事に精神的には呪縛された状態にあり、なかなか余暇生活に溶け込んで行けない。

また、余暇の過ごし方も未熟であり、何もすることもなく無為のうちに「老い」を迎えるケースが多いようである。

これからのシニアライフには、自由で豊富な時間がある。

この時代こそ、自分が今やりたいこと、自分がかつてやりたかったことを実現する時代でもある。

中高年サラリーマンに求められるのは、余暇に対して積極的に立ち向うことである。

つまり、長い会社生活の中で身にしみついた会社中毒、仕事中毒の呪縛から自らを解放し、余暇を中心とするシニアライフにおける自立した生き方の確立である。


<h3>束縛から解放され自分のための時間が広がる</h3>


<span class="b green f11em">（１）仕事のあいまではなくなった「余暇」</span>

これから始まるシニアの時代とは、労働や家計を維持しなければならないという束縛から解放され、<span class="b blue">「余暇」が中心となる時代</span>である。

ところが、経済優先、仕事中心の猛烈社員時代を長く過ごしてきた日本の中高年サラリーマンにとって、この<span class="b red">余暇中心の時代が大の苦手</span>なのである。

この「余暇」という言葉は、よくみると「余ったひまな時間」ということになる。

事実、日本語の辞書をひいてみると、

<span class="italic">「仕事などのあいたひまな時間」</span>（日本語大辞典：講談社）、

<span class="italic">「自分の自由に使えるあまった時間。ひま、いとま、レジャー」</span>（広辞苑：岩波書店）となる。

つまり、これまでの日本語の観念では、余暇とは仕事があっての余暇であり、たまたま仕事の合間にポッカリと空いた時間であり、自分にとって自由が許されるごくわずかの時間ということになる。

そこで、仕事一筋に生きてきたかつての猛烈社員にとって、仕事がなくなり余暇だらけになる定年後の時間をどう過ごせばいいかわからないといった事態がおこる。

似たような日本語に「余生」という言葉もある。

人生50年時代の観念であり、労働に人生のエネルギーを使いはたし、残されたわずかな時間を、ひっそりと静かに「隠居」として過ごすというものである。

このいずれも、人生80年のこれからの時代にはなじまない古い観念である。

しかし、かつての仕事中心人間の多くは、依然この観念に呪縛されたままである。

これから始まる長いシニアの時間を充実したものとするためには、<span class="underline">自分を仕事の呪縛から解放し、自分の視野と行動を余暇生活に向けて拡げて行く</span>ことが大切といえる。


<h3>シニアライフは自由時間と自律の時代</h3>


こうした呪縛から解放されれば、シニアの時代は、時間は自分のためにある時代、「自由裁量時間」の時代となる。

自由裁量時間とは、時間をどう使うかを自分で決め、自分の価値感にしたがって生々と生きて行く時間のことである。

この時間が増えるこれからのシニアには、従来の余生とか余暇の観念ではとらえきれない新しい拡がりのある人生が期待できる。

しかも、多くのシニアには、健康であり、そして長い時間が残されている。

こうして、以前に提言した「ホロニック型」の生き方は、これからのシニアの時代には、多くの人にとって可能となる。

レジャー、スポーツ、学習、研究、趣味活動、ボランティア活動、そして「仕事」（労働ではない）など、自分なりに選択し行動して行ける時代である。

なお、ここで「仕事」と「労働」とあえて区分したことについては、次のような意味がある。

労働とは「レーバー」（labor）であり、肉体労働であれ精神労働であれ、経済生活維持のため会社等に束縛された自律性のない仕事のことをいっている。

これに対して、ここでいう仕事とは「ワーク」（work）であり、自分のために自分の意志で選択する、生きがいにもつながる仕事、つまり自律性のある仕事を意味している。

これからのシニアには、余暇も仕事（ワーク）が融合した、自律度の高い拡がりのある人生の選択が可能である。

もちろん、労働の束縛からの解放度、生活の自律度には個人差がある。

定年後も生活維持のため働きつづけるシニアもいる。

しかし、年を加えるにつれて生活時間の自由度は増すはずである。

また、ゆとりのあるシニア生活のためには自律度を高める努力も同時に必要である。

現役サラリーマンとホロニックな人生を選択するシニアとの基本的な違いは、<span class="b">生活時間の他律性と自律性</span>にある。]]>
      
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   <title>生きがいをどう見つけるか</title>
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   <published>2009-05-19T00:31:40Z</published>
   <updated>2009-05-19T00:43:18Z</updated>
   
   <summary>会社勤めから解放され、自由にあるいは悠々自適の生活を送るはずだったが、いざ解放さ...</summary>
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      <![CDATA[会社勤めから解放され、自由にあるいは悠々自適の生活を送るはずだったが、いざ解放されてみると何をしたらいいかわからない、これからの生き甲斐がわからないなど、<span class="b red">充たされぬ思いを抱いている</span>のが、かつての会社人間の大半ではなかろうか。

価値感が180度転換した第二次大戦後の復員軍人のようなものである。

経済面ではとりあえず心配がない最近の定年退職者の、典型的行動パターンは次のようなことになる。

まず、無事会社を勤め終えた記念と長年の協力への慰労にと夫婦で温泉めぐりや海外ツアーなどの旅に出る。

次は図書館通いである。

他に行くところがないからである。

毎日通うのも気づまりであり、地域のサークル活動に入ってみる。

生涯教育とか住民サービスということで、役所により高齢者のために様々なカリキュラムは用意されている。

しかし、民謡、踊り、詩吟、書道、俳句など、お年寄りはかくあるべきだという古い発想に基づくお役人のお仕着せメニューであり、魅力はほとんど感じられない。

入ってみても、老人達の仲良しクラブであり、講師と常連が幅をきかせており、新参者はなかなか入って行けない。

老人クラブ主催の芸能大会、ゲートボール大会も同じパターンであり、そのためのサークルも同じ雰囲気である。

といって、自ら魅力ある活躍の場を探すのもおっくうだ。

かくして、ヌレオチバ、粗大ゴミといわれ、家庭にあっても居心地の悪い存在になりかねない。

こうしたかつての会社人間の現状をわかりやすくいえば、<span class="b">「会社人間　−　会社＝0」</span>ということである。

会社中心主義の結果であり、自分自身は会社の中に埋没、1人の人間としての自分の場づくりを怠った悲劇でもある。

だが、何も悲観するに当たらない。

人生80年時代、ホロニック型の生き方がこれからは可能だからである。

もう一度「会社人間」を考えなおしてみよう。

実は<span class="b">「会社人間＝（会社　＋　仕事）人間」</span>であったはずである。

会社が消えても「仕事人間」は残っているのだ。

現に、60代のメンバーの集まる同窓会では、元気溌刺の中小企業社長、経営コンサルタント、税理士、学者などの現役組と、生彩さを欠いた定年退職の余生組とに分かれるという。

<span class="underline">つまり、仕事が生きがいであった人が多いのだ。</span>

そこで、定年後の目的を失った、あるいは自分が生々と過ごせる場を失った、かつての会社人間は、<span class="b blue">仕事探しから自分の生きがいづくりを始めてはどうかと提案したい。</span>

少なくとも、つい昨日までの仕事人間が再び生きかえる場はそこにある。

当然、かつての「社命」「ノルマ達成」「昇進・昇格」「野心」などのギラギラしたものは仕事の目的ではない。

自分のシニアライフを少しでも意義あるものにするためであり、動機もいろいろあろう。

「小遣い稼ぎ」「健康維持」「ボケ防止」から始まって「後進教育」「社会貢献」「自己実現」に至るまで幅は広い。

その中で、自分の天職でありこれからの人生の生きがいとなる仕事を発掘する場合もあろうが、多くはかつてに比べると、報酬や地位も低く従来の観念に従えば「つまらない仕事」かもしれない。

しかし、新しい仕事をすることを通じて新しい仲間づくりも出来るし、新しい生きがいが見つかることもある。

少なくとも行き場を失っているかつての会社人間にとっては、自分本来の生きる場所をみつけるまでの緩衝地帯とはなる。

とりあえず自分の居場所を確保しつつ、その間に仕事中心からの脱皮と新しい生きがいの発見に努めることである。

こうした<span class="b">シニアの生きがいづくり、シニアの仕事探し</span>については、別のところで具体的に検討する。]]>
      
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   <title>会社における「自立」も一つの選択肢</title>
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   <published>2009-05-17T14:03:05Z</published>
   <updated>2009-05-17T14:06:34Z</updated>
   
   <summary>サラリーマンに共通するストロングポイントは、「組織の中で生きる技術」と「わが社に...</summary>
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         <category term="中高年・シニアがビジネス社会で生き残る為には" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[サラリーマンに共通するストロングポイントは、<span class="b">「組織の中で生きる技術」</span>と<span class="b">「わが社においてこれまで蓄積してきたキャリア」</span>である。

転職、独立もよいが、その前にまずわが社の中でこの強味をもう一度活かすことを検討する必要がある。


<h3>サラリーマンの「独立」は困難への挑戦</h3>


マスコミでは、厳しくなったサラリーマン生活に別れを告げて自営業への転身、あるいはベンチャー企業創業などの成功例がはなやかにクローズアップされている。

しかし、中高年サラリーマンは、「自立」を求めてのビジネスコース選択の前に、ビジネス人としての自分の評価をもう一度客観的に見きわめておく必要がある。

サラリーマンの特性を会社への帰属意識により、次の4つのタイプに区分した。

<ul class="topics">

<li>（１）会社中心型</li>

<li>（２）寄らば大樹型</li>

<li>（３）自己矛盾型</li>

<li>（４）自己中心型</li>

</ul>


この4タイプいずれにも共通するのは<span class="b blue">「会社への依存意識の高さ」</span>である。

この意識を打破してサラリーマンが自立するには、相当の覚悟と努力が必要といえよう。

これまでは、サラリーマンとして分をわきまえた行動で、会社にぶら下がっておれば何とか給料はもらえた。

独立して自ら事業を起こすとなると事情は全く違ってくる。

サラリーマンのほとんどは常識型であり冒険を好まない。

独立して事業を興すなどは、困難への挑戦ともいえる。

もちろん、成功例も多い。

後程、独立の進め方とその課題を具体的に示すものとする。


<h3>「残留」もサラリーマンとしては有力選択肢</h3>


そこでわが社に残留し、サラリーマンとしての「自立」に挑戦するのも一つの選択肢である。

いくつかのコースを検討したが、結局はこのコースに落ちつくケースが多いと考えられる。

中高年サラリーマンの多くは、「会社人間」として何十年も過ごしてきた常識型人種である。

この層がもし現在の会社を離れて、転職あるいは独立するとすればそれ相当のハンディキャップがあることを自覚しなければならない。

転職を有利にするだけの能力が自分にあるか。

独立するための有形、無形の開発資産ともいうべきものが自分にはあるか。

それが、目指す方向と合致するものであるかどうか。

あまりにもリスクは多い。

それに比べれば、居心地が悪くなったとはいえ、今の会社にとどまった方が無難だということになる。

ひるがえって、サラリーマンの強味は何であるかを考えてみよう。


第一は<span class="b">「組織の中で生きてきたというキャリア」</span>である。

組織をはなれて独立するということはサッカーの選手が相撲のプロに志願するようなものである。

独立すれば自分だけでの一本勝負、失敗は許されない。

それに対し、組織プレーのサッカーでは多少の欠点はチーム全体でカバー、長所を生かしてくれる。

イエローカードは2枚までＯＫで、多少の失敗は許される。

さらに組織の中におれば、レッドカード、あるいはイエローカード3枚で退場するまでに、自分の能力再開発など様々なことが出来る。

つまり、その期間を利用して自己革新を行い社内における存在価値を高める、あるいは転職・独立に向けての勉強も出来る。

即ち、組織の中におればやり直しもきくし、転進の準備を整えてタイミングを待つことも出来るということだ。


サラリーマンの強味の第二は<span class="b">「現在の会社で蓄積したキャリア」</span>である。

過去の栄光は捨てなければならないが、蓄積したキャリアは財産であり活かすことが出来る。

しかし、このキャリアは多少古くなり、現在では通用しなくなっているものもある。

あるいは、貰っている給与に見合わなくなっているキャリアも多い。

かくして、ベテラン社員のキャリアは貴重だが、会社としてはリストラの主対象とせざるをえないということになる。

この貴重な中高年社員のキャリアを活かすにはどうしたらいいか。

前章において、人間の脳は限りなく柔軟であり、鍛え方では老齢になってもその「脳力」はさらに伸びることを示した。

最近の学説によれば、現状に甘んずる中高年者と能力を伸ばしつづける人との違いは、脳における思考回路への対応の仕方だとしている。

いわゆる頑固老人は古い回路を捨てることが出来ず、それにこだわり続けるタイプである。

これに対したえず新しい発想を行い脳力を伸ばしつづける人は、思考回路が古くなればそれを捨て、新しい回路を作り出す頭脳のリフレッシュ機能がある人だという。


この事実を、リストラに迫られている中高年サラリーマンの立場にたって考えてみよう。
転職する、あるいは独立するということは、「現在の会社に蓄積したキャリア」を一応捨てて、一から出直すことである。

いい変えると、<span class="underline">新しい環境にあわせて、「強制的」に自分のキャリアというコース（回路）を作り直すこと</span>である。

これを現在の会社でやってみたらどうだろう。

自分の持つキャリア、経験、技術、技能、情報などを総点検し、古くなり役に立たなくなったものは思い切って捨てる。

そして、現在とこれからの社内環境、さらには自分の今後の方向性に合わせて自分のキャリアコース（回路）を作り直す。

ここから、自己革新と社内における「自立」に向けてのチャレンジを始めることが出来る。


以上から、<span class="b">現在の会社にとどまりたいという常識型サラリーマンに対しては「まず、組織（会社）の中での自己革新と自立性の確立への努力が最優先する」</span>という結論となる。

ただし、この結論には大きな落とし穴がある。

多くの中高年サラリーマンは回路が古くなった保守型人間である。

リストラの危機に際しては自己革新を思いたつが、その危機が去り会社への残留と決まればまた元の<span class="b red">「会社ぶら下がり型社員」</span>に戻る可能性が懸念される。

そして、もう一度危機が訪れると、今度はレッドカードであり会社からは見捨てられる。

これからのサラリーマンは、刻々と変化する社内・社外の環境にあわせて自己革新を継続して行くことが宿命となっている。

これを、「サラリーマン稼業はつらくなった」ととらえないで、「生き生きとビジネスライフを生きて行くための試練」と前向きに考えて行きたいものである。

なお、会社内における能力再開発と自己革新については、以前に述べているので具体的事項については参照していただきたい。]]>
      
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   <title>中高年会社人間二つの悲劇</title>
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   <published>2009-05-15T19:37:34Z</published>
   <updated>2009-05-15T20:24:26Z</updated>
   
   <summary>中高年サラリーマンに悲劇が訪れたとすれば、それには二つの要素がある。 一つは定年...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[中高年サラリーマンに悲劇が訪れたとすれば、それには二つの要素がある。

一つは定年による会社生活から余生への移行における断絶、もう一つは日本型経営の終焉による幸福への人生方程式の崩壊である。


<h3>定年による断絶の悲劇</h3>


会社人間として直線型人生コースを歩んで来たサラリーマンが、会社を離れることによりもたらされる課題である。


<span class="b f11em">（１）断絶の二つのパターン</span>

定年退職後、人生の新しい展開が出来ない断絶派サラリーマンに二つのパターンがある。

第一は<span class="b red">「燃えつき症候群」</span>である。

会社を離れることにより、生　きる目的と行き場を失い、毎日を無為と退屈のうちに過ごす人、例えば弁当を持ってデパートに通う人などである。

やがては、「粗大ゴミ」、「ヌレ落ち葉」などといわれるようになり、「定年後離婚」も噂されるようになる。

第二は<span class="b red">「会社にしがみついていたい」</span>グループ。

高年齢者雇用開発協会の調査によると、中高年ホワイトカラーの7割弱が定年後も引き続き仕事を続けたい、それも4割の人は現在の会社で働きたいとしている。

勤務形態では6割が正規社員、5割がフルタイム希望である。

定年後もいぜんとして、会社にしがみついていたいという意識はきわめて強い。

しかし、中高年ホワイトカラーの再就職事情はきわめて厳しい。

このグループは仕事がなくても背広とネクタイを着用して最初は図書館などに通っているような種族であり、やがては「燃えつき症候群」に仲間入りする。


<span class="b f11em">（２）会社を離れての生き方を知らない</span>

どうしてこうまで会社を離れずに仕事を続けたいのか。

一つは、会社を離れることへの恐怖感であり、会社以外の世界は知らないという未知の生活に対する不安感でもある。

30年以上も勤めあげた会社では、会社のルールに従って仕事に没頭してさえおれば、適度の収入と地位も得られ、今日は何をしようかと迷うようなこともなかった。

ところで、いざ、定年となり1人になってみると次に何をすればいいかがわからない。

永年の疲れもどっと出て何をする気力も失ってしまう。

つまり、自分1人で考え自分1人で行動しなければならなくなることへの恐怖感と云いかえることもできる。

二つ目は、遊び方を知らないことだ。

「遊ぶ」ことがあっても、それは次の日の仕事のためであった。

せわしく動き働らく習慣が骨の髄まで染みついており、遊ぶことには罪悪感が伴う。

これから始まる仕事がない長い時間をどう過ごしたらいいかがわからないという恐怖感でもある。

三つ目は、稼がねばならない義務感から解放されないことだ。

日本は世界でも有数の給料大国だが、物価水準、特に住居費の高さを考えると家計水準は高いとはいえない。

老後の生活をどう維持するか、寝たきりになった場合にどう備えるか、出来るならば子供にもしかじかの財産は残してやりたい。

また、もう一方には<span class="b green">「ボーとしている」</span>ことは罪悪であり、たえず稼いでいなければないとする働きバチ・日本人の心理的側面もある。


<span class="b f11em">（３）会社人間のぜい沢な悩みであった断絶の悲劇</span>

こうした会社人間サラリーマンの定年後の生活への不安は、少くともこれまでのところ杷憂であったようだ。

ここに定年前・定年後のサラリーマンの生活と意識についての興味ある調査がある。

東京都老人総合研究所が、同一サラリーマンに対して行った15年（1975年、85年、90年）にわたる追跡調査である。

職業生活面では、正規社員、フルタイムという希望はあまり満たされておらず、嘱託やパートなどの非正規社員、パート、30時間未満（1週間に）の短時間就業者が増加している。

しかし、余暇時間のすごし方では、50才代では余暇の第1位であった<span class="b red">「ごろ寝・休養・テレビ」</span>が激減している。

それに代って、趣味・スポーツ、学習・勉強・読書で過ごす時間が増加している。

つまり、余暇時間が多くなった定年後の生活に適応した有意義な生活を享受しており、定年による断絶の悲劇は感じられない。

そして、定年前の心配と定年後の困難についての意識は大きく変っている。

定年前には78％の人が定年後についてなんらかの不安をいだいていた。

特に心配だったのは、生活費と健康についての不安であり、この二つで全体の3分の2と占めていた。

ところが、定年後に実際に困難を経験した人は48％にすぎない。

生活費と健康についての不安はさほどなく、多くの人は困難を経験せずにすんでいる。

代って、意外に困難であったのは再就職である。


このように、定年前の懸念は実際には杷憂に終ったケースはこれまでには多い。

ただし、これは会社が定年後までの社員の生活を保証できるかにみえた日本型経営最盛期頃に定年を迎えたサラリーマンのケースである。

どうも、定年による断絶という不安は、サラリーマン天国の安穏で良き時代の頃にはそれだけを心配しておればよいというぜい沢な悩みにすぎなかったようである。]]>
      
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   <title>退職優遇制度で転籍・転職が促進される</title>
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   <published>2009-05-13T12:57:50Z</published>
   <updated>2009-05-13T13:19:03Z</updated>
   
   <summary>年俸制、役職定年制導入などで中高年社員に今後の針路を考えさせたところに、今度は「...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[年俸制、役職定年制導入などで中高年社員に今後の針路を考えさせたところに、今度は「早期退職者優遇制度」の導入である。

会社はの鞭の次は飴で中高年社員で退職を迫ることになる。

早期退職者優遇制度の趣旨は、一定年齢以上の社員が定年前に退した場合は、退職金の上積み等の優遇を行うというものである。

早期退職に応ずる社員にとっては退職金の増額、転職・独立など第二の人生への早期取り組みが可能になるというメリットがある。

一方、会社としても一時的な退職金負担は必要だが、長期的には人件費など固定費は軽減する、人事の停滞は回避され組織は活性化するなどのメリットがある。

表面には、企業側、中高年社員側、それぞれメリットが多いように見えるのだが…、

ここで、比較的うまくいったといわれるケースとして日本ＩＢＭの事例をとりあげてみる。

日本ＩＢＭは93年3月期は初めての赤字決算。

これを受けてリストラに着手。

50歳以上社員が対象の早期退職者優遇制度による退職者の募集、関連会社への転籍などにより、3年間で従業員数を2万5千人から2万人へと大幅に縮小させた。

すでに94年3月期決算は黒字に転換するなどリストラ効果はあがっているものの、しばらくはこの政策を継続し経営体質強化に努める方針といわれている。

同社に限らずこの制度は「あくまでも中高年の福利厚生策、第二の人生設計を早いうちに進めてよりよい第二の人生を送ってもらうためのバックアップ制度」というのが導入企業に共通する表面的理由である。

日本ＩＢＭの場合も「セカンド・キャリア支援プログラム」と称した。

同社のプログラムの概要についてみると、50〜51歳でグループ会社に転籍すれば規定の退職金プラス月額給与15ヶ月分、グループ以外企業への転職の場合は退職金プラス21ヶ月分の支給となる。

月額給与は転籍の場合、親会社在籍時の55％程度といわれるが、割増退職金を年金化してプラスするとはゞ同レベルになるという仕組みになっている。


また、転籍先の関連会社の株を退職金で購入すれば役員としての道も開ける。

この制度に応じて退職した社員1632人の行き先は次のようになっている。


・共同出資会社への転籍　　　845名

・他企業への再就職　　　　　380名

・日本ＩＢＭの嘱託（パート）23名

・独立その他　　　　　　　　384名


この中で、特に注目されるのは共同出資会社である。

退職者と日本ＩＢＭの共同出資会社で、コンピュータ保守、営業事務代行、購買委託業務、人事・福利厚生・研修の業務代行、広報宣伝・セールスプロモーション、技術資料の翻訳など多岐にわたる関連会社群を形成している。

これらはそれぞれ資本金1,000万〜3,000万円の中小企業でスタートしている。

中には、コンピュータ周辺機器の開発・製造で日本ＩＢＭ以外にも納入先を拡げ、すでに年商130億円を突破した企業もある。

このように日本ＩＢＭの「セカンド・キャリアプログラム」は一応の成功をおさめたわけだが、その背後には特殊でラッキーな要因があったことを認識しなければならない。


・退職志望者に時代性のあるコンピュータ関連の専門技術者が多かったこと

・それがタイミングとしてパソコンブームと重なり、再就職先に恵まれたこと

・日本ＩＢＭは同分野の日本企業に比べて歴史が浅く、関連会社の形成が遅れていたため、系列会社設立のニーズがあったこと

・経営の合理化策の一つとしてアウソーシング（業務の外部委託）を進める必要があったこと

・したがって、業務を知悉している退職者を主体とする各種サービス会社（退職者には受け皿会社）設立の必然的ニーズがあったこと


このような二重、三重の幸運に恵まれたケースは滅多にない。

<span class="b">一般的には、中高年退職者の行く手はなかなか順調とはならない。</span>

ここに日本の代表的商社Ａ社の優遇制度による退職者のその後についての分析資料があるが、成功例はあまり多くない。

成功組とは商社時代の取引先へ好条件で転職した者、専門性を生かしてのコンサルティング会社を設立した者、大学に迎えられた者などがある。

失敗組（現在模索中も含めて）は、割増退職金を元手に独立開業したものの武家の商法で失敗した、以前の会社、人材銀行などの斡旋を受けているがいまだ求職中（失業中）の者、泣く泣く年収4割ダウンの会社に再就職した者など様々である。


こうした早期退職者優遇制度の導入状況であるが、上場企業で51.6％、2年前に比べて12.0％もアップ、導入企業は増加傾向にある。

これに導入検討企業9.0％を加えると6割以上の企業で実施されることになる。

また、規模別にみると従業員1,000人以上の大企業は71.4％が導入済みで、現在導入を進めているのは1,000人未満の中堅企業、中小企業が主流となっている。

年俸制、役職定年制で示したように、今は、会社に残るのも大変な時代である。

そして退職者優遇制度の結末にみるように「去る」もまた大変な時代である。

日本ＩＢＭの事例はきわめて特異なケースである。


再就職にあたっては50代の求人倍率は0.1倍、10人に1人しか仕事につけない、運よく見つかったとしても、中高年の場合は以前の年収の30％ダウンが普通で、半減することも珍しくない時代である。

しかし、こうした賃金評価は不当に低いのではない。

これまでぬくぬくと年功制度に守られて高賃金を得ていた「会社人間」が会社の外に出て再スタートするにあたっての市場価格と知るべきである。

裸の自分に対する現在の評価を受け止め、底辺から再出発する覚悟があればいろいろの可能性も見えてくる。

着眼したい分野としては、例えば人材不足に悩む中堅・中小企業、地方企業。

雇用創出力のある流通、サービス、福祉などの事業領域等々様々である。

手をこまねいているだけでは何ともならない。

経理・財務等の管理職、マーケテイングの専門職を求めているある中堅企業の経営者は次のように述懐されている。


<span class="italic">「面接しても裏切られることが多い。</span>

<span class="italic">最も役にたたない人種は、一流大学あるいは有名企業出身でプライドが高く、かつての肩書きに固執するホワイトカラーだ」。</span>

かつての栄光を捨て裸の自分からスタートしようとすれば道は開ける。

年収が30％落ちようと、50％落ちようと、あとは入った会社で実力で取り戻すことだ。

ここでも「一歩後退、二歩前進」の前向きの姿勢が大切である。


<h3>退職金が減る</h3>


「このままでは退職金倒産が起こる」と早くから日本型雇用システムの課題として退職金制度は問題視されてきた。

ただ、定年者が増大する、不況だからという理由だけでいきなり改訂もできず、厳密で納得性のある基準の設定が必要であり、企業の多くは現在試行錯誤の段階にあるといえる。

改訂の狙いは二つあり、第一は退職金支給基準の抜本的見直しであり、第二は年金化である。

いずれにしても、退職金負担を減らしたいというのが企業の本値である。

基準改訂の基本的方向は退職金の上昇カーブ抑制。

そのために、ベアを退職金算定基準から外す、50歳以上を一律定年扱いとするなど一定年齢で支給金額を頭打ちにする、年功による一律査定ではなく貢献度も加えた2本立ての算定基準の設定などが検討課題となっている。

年金化は、厚生省の公的年金支給年齢の改訂がその背景にあり、公的年金支給開始の空自期間の穴埋めという狙いもある。

企業サイドにも原資の確保と資金圧迫を回避するメリットがある。

方法としては、退職金を100％年金化、「一時金」・「年金」の複数パターンを設定し選択させる、年金選択の場合は特別加算金を上積みするなどが検討されている。


以上、退職金についていえる確かなことは、制度が大きく変わり、

たいした貢献もなく年功だけを重ねている人の退職金は増えない、

増えないどころか現在想定している退職金よりも<span class="b red">相当低い退職金しかもらえない、</span>

そんな時代が近い将来やって来るということである。]]>
      
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   <title>これからをどう生きるか、中高年サラリーマン</title>
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   <published>2009-05-12T13:46:04Z</published>
   <updated>2009-05-12T14:02:28Z</updated>
   
   <summary>活力あるシニア時代が始るというが、中高年サラリーマンにとって現在の状況は悲劇的に...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[活力あるシニア時代が始るというが、中高年サラリーマンにとって現在の状況は悲劇的にも見える。

日本型経営は崩壊し、リストラの嵐の中で自分はこれからどうなるか、退職金や年金も予定通りもらえるか、自分の老後については不安だらけである。


<span class="b">だが、本当に大変なのは次の世代である。</span>

今、50歳以上のサラリーマンの場合は悲劇的といっても、定年まで、そして定年後も安穏と生きられるはずであった直線型ともいえる人生の方程式に狂いが生じたこと、それに対する戸惑いと不安といったレベルの悲劇といっても過言ではない。

狂いが生じたといっても既得の権利の多くは守られ、少くとも最低限以上の生活は保証されている世代である。

確かなことは、大多数の中高年者は人生80年時代の長い時間をこれからも持つということである。

しかも、健康にも恵れる。

この健康で、かつ長い時間はこれからの人生に様々な可能性をもたらしてくれるはずである。

チマチマと既得の権利に寄りすがって余生として過ごすだけが人生でない。

そして、時代は変った。

会社 → 定年 → 余生という直線型の人生に代って、循環型あるいは多段階・複線型の生き方も求められるようになった。

これからの人生を自ら本来求めているものの実現につとめる。

生産活動、ボランティア活動を通じて会社や次世代への貢献を続けて行く。

こうした活力あるシニアの活動が、バランスのある社会システムの構築と21世紀の超高齢化社会へのソフトランディングの基盤となるといえよう。]]>
      
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   <title>シニアのゆとりのある経済生活</title>
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   <published>2009-05-11T21:33:31Z</published>
   <updated>2009-05-11T22:00:50Z</updated>
   
   <summary>平均像として　現在の高齢者は全体としてみれば、経済的には不十分だとはいえない。 ...</summary>
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      <![CDATA[平均像として　現在の高齢者は全体としてみれば、経済的には不十分だとはいえない。

もちろん、平均像としてであり、低所得老人、要介護老人とその家族の経済問題、介護問題はやはり深刻だ。


<h3>低くはない高齢者の所得レベル</h3>


60歳代の高齢者世帯の平均所得は615万円で、これは50代、40代に次ぐ所得水準にある。

また、世帯人員1人当りでみれば214万円と全体平均211万円を上回り、50代に次ぐ高水準にある。

65歳以上世帯でみても、1人当り187万円で、子育ての負担の大きい30代の181万円よりも高い水準にある。

以上の結果は、「平成6年国民生活基礎調査」（厚生省）によるものである。


また、平成5年の同調査によれば、母子家庭の1人当り所得は99万円にすぎない。

こうした母子家庭、30代世帯、40代世帯は食べざかりで教育費負担も大きい子供を抱えており、それに比べると高齢者世帯はかなりの経済水準にあり、健康であり、欲さえ出さなければ安定した生活は保証されているといえる。

ただし、これは「平均像」としてである。


<h3>低所得層も多い高齢者世帯</h3>


しかし、問題は高齢者世帯の所得にはバラツキがあり、しかも低所得層の比重が高く150万円未満の層が30％近くもいる。

厚生省の上記調査によれば、高年者世帯の低所得層の累積百分率は次のようになっている。 （注）（）内は全世帯平均


50万円未満　3.6％（0.9％）

100万円未満　15.7％（4.0％）

150万円未満　28.9％（8.1％）


これらは、公的年金等の恩恵を十分に受けることの出来ない不遇ともいえる高齢者世帯であり、その中には無職世帯、要介護世帯が多いはずだ。

これらの層が社会福祉の重点的対象になるべきである。]]>
      
   </content>
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   <title>会社の能力再開発支援を活用せよ</title>
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   <published>2009-05-10T23:02:13Z</published>
   <updated>2009-05-10T23:24:10Z</updated>
   
   <summary> 会社はまず能力再開発を求める 大競争時代、会社が中高年サラリーマンに対してとる...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[

<h3>会社はまず能力再開発を求める</h3>


大競争時代、会社が中高年サラリーマンに対してとる道は二つしかない。

<span class="b">第一は「積極的活用」であり、第二は「排除」である。</span>

自分のこれまでのキャリア特性を中高年者に分析してもらうと

「つぶしの効かないサラリーマンタイプ」

「会社からの評価が不当に低いスペシャリストタイプ」

「適当にやっていれば何とかなるさの自由人タイプ」

という層が本音部分では最も多い。

そして、この層は<span class="b green">「今更キャリアビジョン再構築といわれても困る。</span>

<span class="b green">先が見えない、能力開発といっても限界がある」</span>と考える傾向にある。

こうしたキャリアビジョンを持たない中高年層が会社としては最も対応に困る社員層である。

そこで、会社はキャリアセミナーなどを行い、キャリア目標の再構築とそれに向けての能力再開発をうながすことになる。

会社は「会社」という立場で、脱落する社員を少しでも救済しようというわけである。

<span class="underline">会社の中高年社員に対する能力開発の狙い</span>は次のように区分される。


<span class="b green">（１）　同一職種内の業務の能力開発</span>

業務の高度化・複雑化と技術革新などの変化に対応する能力再開発である。

全社員にも必要だが、中高年者の場合は対応が遅いし、時には拒絶反応もある。

また、中高年者の場合は能力の陳腐化を防止する意味もある。


<span class="b green">（２）　類似性の低い職場への能力</span>

開発リストラ、リエンジニアリングに伴い、部門間・職種間の配置転換がある。

出向・転籍でも職種転換のケースがある。

それに対応する転換教育と能力開発である。


<span class="b green">（３）　職場環境変化への適応能力開発</span>

出向・転籍・転職などにより、職場環境が大きく変わる場合である。

多くの場合、規模の大きい会社から小さい会社に移る場合が多く、意識改革を図る必要がある。


<h3>中高年者の能力開発ポイント</h3>


同一職種内の能力開発は、従来はほとんどの部分を企業主導のＯＪＴ（仕事を通じての企業内教育訓練）によって行われてきた。

しかし、最近は業務の高度化と内容の変化、技術革新とそのスピードの早さに適応するためにはOJTだけでは不十分で、Off・JT（企業外の教育訓練）を増やす企業が増えている。
情報化一つとってみてもOff・JTに一般企業の場合は頼らざるをえないことが多い。

中高年者についてみれば、中高年対象の独自のコースを設定し受講しやすくする必要がある。


また、既得の知識・技能・学習能力については個人差が大きく、レベルに応じたコースの細分化も大事とされている。

次に、職種転換のための能力再開発についてみると、40代の者は20代の者の2倍の教育訓練期間がかかるといわれ、中高年者の転換に対しては厳しい見方が多い。

しかし、転換する職種によって一概には云えないが、少なくとも教育訓練のやり方によっては、かなりの年齢までは転換は可能とされている。


さて、こうした中高年社員の場合、情報機器教育など新しい内容で、記憶量が多く微密な作業を含む教育についての学習速度は特に遅い。

しかし、中高年者の特性を十分に把握した上で、それに対する学習を実施することで、一定のレベルまでの能力開発は可能である。


<span class="b">中高年社員の意識面における主な特性</span>は次の通りである。

（１）　自己概念が、自分中心・自己主導型人間へと移行している

（２）　経験の蓄積が増大し、それが学習への資源であると同時に、学習の抑制要因ともなっている

（３）　学習目的として、会社における役割をはたすためという意識が強い

（４）　学習結果を将来応用するよりも即時活用することに関心があり、問題解決指向的である。


こうした特性に対応する学習のやり方は「マイペース」重視である。

つまり、「教え込む」というやり方ではなく、「自己点検・自己学習」「マイペースの発見的学習」「実際的な課題と教材」などによる学習である。

これにより例えば情報機器教育においては中高年者の「パソコンアレルギー」を克服し、学習への定着率・習得速度を高めるなどの効果をもたらしている。


<h3>職場環境変化への対応ポイント</h3>


出向・転籍・転職が決まってからの能力再開発では遅い。

こうした事態を想定したキャリアプランをつくり、もっと早い時期から準備学習をするのが基本だという意見がある。

これは正論であるかもしれない。

しかし、終身雇用を前提に入社し何十年もサラリーマンとして過ごしてきた中高年層にはこの考えがなじまない。

しかも、リストラという嵐に巻き込まれ、ある日突然にこうした事態に遭遇したというケースが最近目立って多くなっている。

定年退職者は別として心構えも、準備もない。

こうしたリストラの対象となった中高年社員に今言えることは、

第一には<span class="b">「企業エリート意識を捨てるなどの意識改革」、</span>

第二には<span class="b">「これを機会に自己啓発と能力に努めること」。</span>

つまり、「一歩後退、二歩前進」前向きに行動を起こして下さいということである。

中高年者の出向・転籍・転職の多くの場合は、親会社から子会社・関連会社へ、大企業から中小企業への移動である。

こうした場合の基本的心がまえとして次のようなことがあげられる。

<span class="b green">・エリート意識を捨てる</span>……親会社などかつての会社の方向を向かず、自分が上だという姿勢はとらない。

また、常に柔軟な思考を持ち、状況に自分をあわせていく。

<span class="b green">・新会社の特性の理解</span>……事業内容、経営特性、長所・短所などを客観的に把握すると同時に、まず相手会社とその社員を理解することから始める。

<span class="b green">・相手会社に溶け込む……</span>1人何役、中小企業には大企業と違った企　業風土がある。

組織体制、仕事の分担、責任権限、人間関係などの　違いをつかみ、ひとまずそこに溶け込んでみることだ。

本当の自分を発揮するのは実績をあげてからでも遅くはない。

会社は中高年を簡単には排除できない。

一通り救済策として能力再開発の機会と時間を与えてくれる。

それを素直に利用することだ。

今の会社に残る、出向・転籍・転職する、独立する、いずれのケースでもビジネス生活をする以上必要なことだ。

損はない。


<h3>外部機関による教育コースも活用できる</h3>


Off・JT（企業外教育訓練）が中高年社員の能力開発に重要だと述べたが、参考までに外部機関による教育訓練コースの代表的事例を紹介しておく。

生産性本部の「専門能力開発講座」「キャリア・リフレッシュメントプログラム（中堅・中小企業経営幹部養成講座）。

これは自らの能力再開発だけでなく、転職の場合の準備講座としても利用されている。

早期退職者優遇制度を推進している企業には対象者の受講を義務づけているところもある。

受講料の会社負担は当然である。

中高年者個人としては、労働省の外郭団体である雇用促進事業団が実施している「職業能力開発講座」が負担が少なく効率的。

主対象は55歳から65歳の中高年で、自分のこれまでのキャリアを磨く「マスターコース」と経験のない技術を身につけるための「構造転換コース」がある。

無料であり、セミナーの内容、期間を個人に合わせるなど、きめ細かな対応が特色といわれる。

会社による支援を出来るだけ活用しつつ、積極的に外部機関も利用すべきである。


<h3>会社はどこまで頼れるか、見極めをつけよ</h3>


会社は、キャリアプランの再構築と能力再開発、中高年再雇用制度などの中高年社員に対する思いやり対策を示す一方で、雇用調整のしたたかな手を打ってくる。

年俸制といった実力主義の賃金制度への転換、組織の簡素化と役職の切捨て、役職定年制の導入、早期退職・転進援助制度の導入、退職金・年金制度の改訂などである。

役員、役員待遇のスペシャリストなどの実力者を除いての一般社員にとって会社はますます住みにくいところになって行くようである。

仮にリストラを逃れたとしても定年まで残るとすれば相当の我慢を強いられることになる。

また、残ったとしても経済的メリットも次第に少なくなる。

中高年サラリーマンは、人事制度面からも


・実力社員として会社に勝ち残るか

・我慢に我慢を重ねて、ただひたすら会社にしがみついて生き残るか

・新天地を求めて転社、あるいは独立する


という三つの選択肢のうちのどれを選択するか、決断を迫られているのである。

以下、中高年社員を主対象とする。

人事対策の現況について概観するものとする。


<h3>役職定年・任期制でリストラを迫る</h3>


中高年社員リストラに狂奔する企業の実態とは別に、社会的には高齢化時代を迎えるにあたって定年年齢の引き上げが要請されている。

企業側からみれば定年延長という措置は、役職者の高齢化、人件費の増大、人事の停滞を招くといった問題がある。

そこで、こうした弊害を防止し組織に活力を持たせようとする人事対策が、役職に任期・定年を持たせようとする制度である。

このうち、役職定年制は役職ごとに、退任しなければならない年齢を設定、その年齢に達した時に役職を退任するという制度。

一方、役職任期制は一定役職についてから退任、あるいは昇格までの期間を限定、その期間が過ぎれば年齢に関係なくその役職を退任するというものである。

制度としては、前者の役職定年制が一般的である。


役職定年制の狙いは次のようになる。


<span class="b">（１）リストラ</span>……肥大化する中高年管理者のスリム化と人件費の圧縮

<span class="b">（２）　組織活性化</span>……中堅以下若手社員の働く意欲を刺激し、生産性を向上させる

<span class="b">（３）　人材育成</span>……若手社員に目標を持たせ、人材の早期育成を促進する


この役職定年制は、企業が中高年の賃金と雇用を抑え込むことをねらいとしており、いやなら転退職を迫るというもので中高年管理者層にとってはかなり過酷なものといえる。]]>
      
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   <title>中長期的には期待される中高年労働力</title>
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   <published>2009-05-08T06:19:49Z</published>
   <updated>2009-05-08T06:35:10Z</updated>
   
   <summary>中長期的にみると日本の労働力市場は大きく転換する。 若年労働力の激減で従来の生産...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[中長期的にみると日本の労働力市場は大きく転換する。

若年労働力の激減で従来の生産年齢人口は伸び悩み、高齢就業者にとっては有利な状況になってくる。

厚生労働省は2000年と2010年の労働力需給を次のように展望している。

2010年と1990年を対比すると、労働力人口全体ではほぼ横ばい。

しかしその年齢構成は大きく変る。

15〜29歳の若年労働力は19％ダウンの1183万人となり、全労働力に占める比率も23.1％から18.2％と大幅にダウンする。

30〜54歳労働力も1.6％のスローダウン、構成比も1.8％ダウンの54.9％となる。

そこでこうした生産年齢労働力の減少をカバーするものとして期待されるのは中高年労働力ということになる。

厚生労働省の展望によれば、55歳以上の労働力は1990年の1,292万人から2010年は35％アップの1,744万人となり、その構成比も20.2％から26.9％とウエイトを増す。

また、若年労働力に対する比率も1990年の88％から2010年は<span class="b">147％</span>と立場は逆転する。

中高年労働力が大事になる時代の訪れである。


以上のように、高齢化社会は必ずしも暗い面ばかりではない。

健康で元気なシニアが介護を必要とする老人よりもはるかに多い。

また、この人達は就労意識も高く、これからの社会はこれらの人達の活性化を求めている。

活力ある高齢化社会は期待できる。]]>
      
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   <title>高齢化社会は、元気シニアの時代でもある</title>
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   <published>2009-05-07T01:09:38Z</published>
   <updated>2009-05-07T01:24:29Z</updated>
   
   <summary>健康であり貧しくもない多数の高齢者が存在する。 そこに着眼することが、21世紀に...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[健康であり貧しくもない多数の高齢者が存在する。

そこに着眼することが、21世紀に向けての中高年者の今後の生き方、深刻化する高齢者問題解決のいと口がありそうだ。


<h3>「老人」ではとらえきれない現代の高齢者</h3>


最近、街を歩くと最も目につくのは、車にも乗らずにリュックを背にさっそうと閥歩する中高年の女性達、その中には相当の高齢者もいる。

こうした、彼女等には「お年寄り」という言葉はふさわしくない。

後程、統計面からも実証するが、高齢者の多数は健康であり、経済的にもゆとりがあり貧しくもない。

これから始まる高齢化社会は、ねたきり・痴呆などの要介護老人もいるが、それよりも多数の「健康シニア」がいる社会なのだ。

高齢者とは「老人」であり「弱者」だというイメージだけではとらえきれないものに変っている。


ところが、世の中一般では、65歳以上の高齢者を一把一からげに老人としてとらえる慣習がある。

例えば、厚生労働省の人口統計は65歳以上を一括して老齢人口としている。

その結果、今は老人1人の福祉費用を5人の成人で負担しているが、高齢化社会のピーク2045年には2人で負担しなければならなくなる。

現在は子供一人に老人一人という社会だが、やがては子供一人に老人一人という老人社会がやってくるという老人社会の暗いイメージが先行する予測が出てくることになる。

高齢者の実態も、それを取り巻く環境も大きく変化している。

また、今後も変化して行く。

したがって、マクロとしての高齢者像でなく、元気シニアも含めた高齢者の具体像を以下において分析するものとする。


<h3>中高年社会となる日本</h3>


<span class="b f11em">（１）人生80年時代への突入</span>

日本人の平均寿命は男性76.5歳、女性82.9歳。

世界でも有数の長寿国となり、人生80年時代を迎えることとなった。

この平均寿命の伸びは世界にも類例のない急連なものであり、第二次大戦直後の1947年に比べると男性で27年、女性で29年もの平均寿命の伸びである。

また、日本経済が成長軌道に乗り、いわゆる55年体制が始まった1955年に比べても、それぞれ13年、15年という寿命の伸びである。

こうした平均寿命の伸びは、高齢者がこれから過ごすいわゆる「第二の人生」の期間が、大幅に伸びたことを意味する。

そして、こうした急激な高齢者とその寿命の伸びは、これまでの老人に対する通念や社会制度の抜本的見直しを迫るものなっている。

また、高齢者自身もまた延長されたシルバーライフをどう有意義に生きるかの検討が重要となってくる。


<span class="b f11em">（２）中高年者は当り前の時代へ</span>

平均寿命に関連して注目されるのは<span class="underline">「中位数年齢」の高年齢化</span>である。

中位数年齢とは全人口を年齢順に並べた場合、その真ん中にあたる人の年齢のことである。

これが、1995年には39.6歳、2000年には40歳を超え、2030年には　47.6歳になると推計されている。

中高年層が過半数を超える時代の到来である。

この中位数年齢の推移をたどれば、極めてドラスティックである。

戦後まもない1947年では22.1才、それから28年後の1975年（昭和50年）になってやっと30.6歳。

ごく最近までは若い人が人口数においても圧倒的な「若い人の時代」であったのだ。

それが、これからは40才以上の中高年層が、人口数では多くなる。

つまり「中高年者は当り前の時代」が始まっているのである。

そこで問題にしたいのは、中高年者に対する従来の概念である。

40歳を過ぎた中高年者はもう能力は伸びない。

65歳以上の高齢者は　非生産人口であり、60歳を過ぎれば年金受給の対象になる等々。

人口の半分を超えようとする中高年者を、従来の概念では一括して厄介者扱いにしようとしているようにも見える。

中高年になっても、能力はまだまだ伸ばせるし、60代、70代の高齢者の多くは健康であり就労意識も高い。

一概に厄介者扱いにするわけにはいかない。


・中高年者の「健康シニア」としての意識改革と、自立・自助に向けての努力

・それに対応する社会システムの見直し

・中高年者に対する新しい概念での対応などが、高齢化社会活性化のためには不可欠といえる。


ちなみに、アメリカの「人口問題研究エイジウェーブ協会」は50歳以上の消費者を次のように三つ区分して分析を行っている。


・第一グループ〜50〜64歳　　中期成人年代

・第二グループ〜65〜79歳　　後期成人年代

・第三グループ〜80歳以上　　老齢年代


以上のように80歳未満の人々は老齢者とみなしてはいない。]]>
      
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   <title>活力あるシニア時代の始まり</title>
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   <published>2009-05-03T09:50:46Z</published>
   <updated>2009-05-03T10:02:24Z</updated>
   
   <summary>世界に類をみないあまりにも急速な高齢化社会の到来。 遠からず年金制度、医療保険制...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[世界に類をみないあまりにも急速な高齢化社会の到来。

遠からず年金制度、医療保険制度は<span class="b red">破綻</span>する。

介護問題はどうなるか。

マスコミはこぞって、高齢化に伴う社会不安をクローズアップしている。

高齢化社会の訪れは本当に悲劇なのか。

しかし<span class="b">「高齢化社会」＝「老人社会」</span>とはならない。

この実態について、まず冷静に分析しておく必要がある。


<h3>高齢化は確実に進行し、問題は深まる</h3>


まず、高齢化社会の到来について、厚生省人口問題研究所による将来人口推計から、その実態を概観しておく。　それによると、


（１）　65歳以上の「老年人口」は今後25年間増え続け、2020年には1995年の1.5倍の3.270万人に達する。

（２）　それに伴い老人比率は1995年の14.5％が2020年には25.5％となる。

（３）　そして、生産人口（15歳〜64歳）に対する老年人口の比率、つまり、従属人口指数は20.9％から43.2％に上昇する。

（４）　さらに2020年以降も15〜64歳の生産人口は減少しつづけるから、2045年には老人人口比率28.4％、従属人口指数は50.9％となる。

（５）　即ち、1995年には1人の老人を5人の生産人口で支えていたものが、2045年には2人で支えねばならないことになる。

しかも、この生産人口には学生や、現行では定年の60〜64歳人口をも含んでいる。

こうして、高齢人口の増大は老人には年金受給についての不安、若者にはあまりにも重い税負担感によるいらだちという社会問題をもたらしている。

さらに、この間題を暗く見せているのが、<span class="b red">ねたきり老人、痴呆性老人</span>の問題である。

日本大学人口研究所ではその数を次のように推計している。


（１）　ねたきり老人は、1995年の100万人から30年後の2025年には2.3倍　の229万人に増える。

（２）　痴呆性老人は125万人から2.6倍の322万人と大幅に伸びる。

（３）　この背景となるのは80歳以上の老人の急増である。

同期間で80歳以上人口は2.7倍となり、それに対応して80歳以上のねたきり老人は2.8倍の135万人となり、全ねたきり老人の59％を占めるようになる。

また痴呆性老人は3.0倍の238万人、全体の74％を占めるようになる。


こうした老人の介護をどうするか。

これまた、高齢化社会問題を深刻なものとしている。

はたして、現行の社会保障システムで、年金、医療、介護、福祉を継続して行けるか。

その負担をどこに求めるか。

このジレンマの解決はほとんど不可能のようにも見受けられる。

これが、やがて老齢期を迎える現在の中高年層にとっての最大の不安となっている。]]>
      
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   <title>アクションプラン作成のポイント</title>
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   <published>2009-05-03T05:09:52Z</published>
   <updated>2009-05-03T05:26:53Z</updated>
   
   <summary>キャリア目標を達成するためには、どの強味を生かし、どの弱味を補うかを認識して現実...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[キャリア目標を達成するためには、どの強味を生かし、どの弱味を補うかを認識して現実の行動にどう結びつけるかが大事である。

一般的には、必要な人的資産、情報としての知識は持っているが、それを使いこなすスキルに欠けていることが多い。

目標達成に不可欠なスキルは日常業務を通じて強化できる。

強化すべきスキルの取得を念頭において取り組めば、同じ仕事に対してもアプローチの仕方が変わり、問題発見力、戦略立案力などのスキルを集中的に高めることが可能である。

また、<span class="b green">「自分が経営者ならばどのような判断を下し、どのような行動をとるのか」</span>を徹底的に考える訓練を行えば、企業経営に必要なスキルは総合的に高められる。


既成のアクションプランというものは存在しない。

各自の価値観、人的資産、性格に基づいて、自分自身で作成するしかない。

重要なことは、キャリア目標達成に向けて、何をいつから、どう実践するかということである。]]>
      
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   <title>「仕事」中心からの脱皮</title>
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   <published>2009-05-02T07:52:18Z</published>
   <updated>2009-05-02T08:16:17Z</updated>
   
   <summary>従来の世界は会社支配の世界であり、教育、レジャー、休養も会社から与えられたり、会...</summary>
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         <category term="中高年・シニアのこれからのライフスタイル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[従来の世界は会社支配の世界であり、教育、レジャー、休養も会社から与えられたり、会社のためという視点で行われることが多かっ　た。

この世界では、余暇は必ずしも自分の時間ではなく、仕事の合間の時間にすぎなかったのである。

当サイトでは、これからの企業社会において会社ぶら下がり型社員は生きて行けないとして、中高年サラリーマンに「会社」依存からの脱皮と、ビジネスマンとしての自立を求めた。

そして、人生80年時代のシニアライフを迎えるにあたって、さらに二度目の脱皮が必要になってくる。

<span class="b">それは、「仕事」からの脱皮であり、「ホロニック型人生」への転換である。</span>


「時間」が自分のものとなった現在、レジャーも学習も社会貢献も、そして仕事も、自分自身の価値観によって選べる。

そして、<span class="underline">時には段階を迫って、時には平行して様々な生き方をしながら自ら目指すものを追及して行く</span>のがホロニック型の人生である。


「仕事」はもう全てではない。

もちろん、シニアの仕事そのものを否定するものではない。

生計のために仕事が必要な時もある。

天職にたずさわり、仕事を一生の生き甲斐としている場合もある。

また、次に示すように、定年になってもなかなか自分としての生き方がわからない、かつての「会社人間」が自分の生き甲斐探しを、まず新しい仕事への参加から始めるようなケースもあろう。

ただ確かなことは、天職を発見し仕事一直線の生き方が出来る人はごく稀な幸運な事例であり、多くの人には「仕事中心」からより幅広い人間への脱皮が必要といえよう。]]>
      
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   <title>自己分析のポイント</title>
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   <published>2009-04-28T18:30:15Z</published>
   <updated>2009-04-28T19:09:10Z</updated>
   
   <summary> 価値観の把握 自分を活かすためには価値観に基づいたキャリアを形成しなければなら...</summary>
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         <category term="中高年・シニアがビジネス社会で生き残る為には" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[

<h3>価値観の把握</h3>


自分を活かすためには価値観に基づいたキャリアを形成しなければならない。

したがってビジョン策定にあたって最も重要なのは、キャリアに関して自分は何を大切に思っているかの把握である。

キャリアに対する価値観は<span class="b">ゼネラリスト、スペシャリスト、サラリーマン、起業家、芸術家、変革者、自由人</span>の7つのタイプに区分できる。

自分に近いと感じるタイプの特徴を理解した上で自分はキャリアに対してどのようなことを大切に思っているか（価値観）を自覚するべきである。


<h3>人的資産の分析</h3>


人的資産とは、これまでのキャリアで築きあげてきた<span class="b">知識、スキル、姿勢、経験</span>である。

この四つを分析することにより、現在の自分にはどのような仕事が可能か、不可能かがわかる。

自分の現状を客観的に把握できれば強化すべき点もわかり、効果的アクションプラン作成が容易となる。


<span class="b green f11em">ａ　知識の棚卸し</span>

ここでいう知識とは、ビジネスに関する情報量である。

自分のキャリア目標を達成させるために必要な知識は何か、生かせる知識と足りない知識を判断し足りない場合は勉強して補わなければならない。

マーケティング・営業、生産管理・オペレーション、財務・経理、人事管理、経営戦略・企画、情報技術・システム、技術・研究開発などビジネス各分野において自分はどれだけの情報量（知識）を持っているか。

その強み・弱みは何か。


<span class="b green f11em">ｂ　スキルの棚卸し</span>

スキルとは知識を使いこなして実際に仕事を達成する力のことである。

企業が求める能力の中身が変化したということは、必要とされるスキルも変わったことを意味する。

これまでは財務遂行力や業　務管理力が重視されてきたが、現在では創造力、問題発見力、戦略立案力というスキルが重要になってきた。


このようなスキルを身につけるためには、どのスキルを伸ばすかを明確にし、スキル向上という目的意識を持って仕事に取り組む必要がある。

自分の持っているスキルの強味・弱味は何か。

仕事を達成する能力を自覚しなければならない。


<span class="b green f11em">Ｃ　姿勢の棚卸し</span>

姿勢とは仕事を進めていく上での心構えのことである。

姿勢の持ち方によって知識やスキルが身につくか、仕事が達成できるかどうかが決定される。

自分はどのような姿勢を取っているだろうか。

強味・弱味を明確にし、自分の姿勢について自覚しなければならない


<span class="b green f11em">ｄ　経験の棚卸し</span>

経験とは、知識・スキル・姿勢という人的資産が具体的に表現された過去の記録である。
記録を点検することにより、自分がどのように人的資産を運用して仕事を達成してきたかがわかる。

過去においてどのような仕事を達成してきたか。

リストアップし、各経験において知識・スキル・姿勢をどう生かしたか認識する必要がある。


<h3>性格の把握</h3>


キャリアビジョン策定において、自分の性格を心理的傾向でとらえる必要がある。

キャリア目標を達成する上での前提条件である。

目標が明確になれば、自分の心理的傾向をキャリアに生かすことが出来る。

例えば、内向的かつ神経質で物事に敏感な人の場合、研究やシステム開発にキャリア目標をおけば、性格をそのまま生かすことが出来る。

一方、営業・マーケティングがキャリア目標とすれば、表面的にはうまくいかないようにみえる。

しかし、物事に敏感であるという特質を仕事に生かすことができれば、細かい気配り、相手の微妙なニーズの把握により、外向的な人には出来ない顧客アプローチを行うことができる。]]>
      
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   <title>「自立」へのスタートとその成功条件</title>
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   <published>2009-04-26T01:33:14Z</published>
   <updated>2009-04-26T02:11:39Z</updated>
   
   <summary> 「会社人間」への訣別の時 準備は終わった、ケジメをつけよ 「自立に向けて出発せ...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>「会社人間」への訣別の時</h3>


<span class="b f11em">準備は終わった、ケジメをつけよ</span>

「自立に向けて出発せよ」ということは、「今の会社をやめなさい」ということではない。

<span class="b green">「会社従属型のサラリーマンであったことに訣別しなさい」</span>ということである。

つまり、独立する、転職する、現在の会社に残る、そのいずれにせよ自分の意志で自分なりの生き方を選択する時が来たといっているのである。

これまでに

（１）　中高年サラリーマンが現在おかれている状況

（２）　これから将来にかけて想定される中高年サラリーマンの人生コースの変化方向と代表的パターン

（３）　それに対応するキャリア計画再構築の手法

（４）　そのための能力再開発の手法�D　「自立」に向けての自己革新などを提起してきた。

いうなれば、「自立」のための準備編である。

準備が終われば、自立に向けてのスタートである。

会社依存であったこれまでの生き方にケジメをつける時である。


<span class="b f11em">どの方向を選択するか、中高年これからの人生コース</span>

キャリア（仕事）を中心に、中高年サラリーマンのこれからの人生コースをここでもう一度整理しておきたい。

その生き方は、大きくは次の三つに区分できる。

<ul class="topics">

<li>（１）サラリーマンコース…組織の中で生きて行く</li>

<li>（２）独立コース…1人の個人として再出発する</li>

<li>（３）ゆうゆうコース…仕事をやめる、あるいは仕事を従にして自 分が人生で求めるもの　−　生き甲斐を追求する</li>
</ul>


<span class="b green f11em">サラリーマンコース</span>

このコースには三つの方向がある。

<ul class="topics">

<li>（１）ゼネラリスト型…経営の中核を目指して自分を鍛え直し、組織をリードする</li>

<li>（２）スペシャリスト型…高度の専門技術を追求して組織の中を生き抜く</li>

<li>（３）マイペース型…とことんマイペースを貫いて会社に残留する</li>
</ul>

この三つの方向の中では、逼迫する企業環境の中でマイペース型社員の存在は次第に許されなくなりつつある。

残留、転職、そのいずれにせよ、組織の中で生きる以上、ゼネラリストかスペシャリストかの選択が迫られ、そのための能力再開発努力は続けねばならない。

サラリーマンが気楽な稼業であった時代はすでに遠い過去のこととなっている。

なお、このサラリーマンコースは、サラリーマンの「生き方」としてみれば、次の二つに区分される

<span class="underline">Ａ　現在の会社に残留する</span>

<span class="underline">Ｂ　転籍、転職する</span>


<span class="b green f11em">独立コース</span>

独立コースにも三つの方向が考えれる。

<ul class="topics">

<li>（１）資産活用自営業型</li>

<li>（２）能力活用自営業型</li>

<li>（３）ベンチャー起業型</li>
</ul>

一つ目の<span class="b">資産活用型</span>は、自分の持っている有形資産（資金、土地・建物）などを活かして事業を始めることである。

事業ノウハウがない場合も多く、フランチャイズへの加入による事業化はよくみられるケースである。

一般的に、コンビニエンスストア、ラーメンショップなどの小型事業自営が多い。

二つ目の<span class="b">能力活用型</span>は、自分の持っている無形の資産（専門能力）を活かして仕事を始めることである。

経営コンサルタント、税理士などとしての独立が代表的ケースである。

三つ目は、自分の持つ専門技術、外部ネットワークを活かして<span class="b">会社を興す</span>ことである。

ベンチャー会社の起業はその代表例である。

こうした独立には、サラリーマン生活にはない自由と生き甲斐があるが、その一方では自分の全てを賭けて事業を行うリスクが伴う。

しかし、一国一城の主になれるという夢も大きい。


<span class="b green f11em">ゆうゆうコース</span>

豊かさの時代、仕事だけが生き甲斐ではなく、価値観も多様化している。

人生80年を見すえた「オフビジネスコース」ともいえる人生コースも一つの選択肢である。

このコースは、各人それぞれ価値観に基づいての人生設計であり、その方向性は多岐にわたる。

国際ボランティアになる、自然との共生を求めて山村に移住する、陶芸などの趣味を究めるなど様々な生き方がある。


好むと好まないにもかかわらず、中高年者には近い将来必ず訪れるオフビジネスの時代である。

老後までの経済生活の見通しがたち、家族の了解が得られれば早くからこのコースの選択もありうる。

価値観が多様化し、「モノ」よりも「こころ」のという時代である。

定年前、定年後に関係なくこのコースの選択者は増加するものと考えられる。]]>
      
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   <title>キャリア目標設定のポイント</title>
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   <published>2009-04-23T03:00:04Z</published>
   <updated>2009-04-23T03:11:02Z</updated>
   
   <summary>最高のキャリアとは、自分にとって本当にやりたいことを実現することである。 短絡的...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      最高のキャリアとは、自分にとって本当にやりたいことを実現することである。

短絡的に現在の強みを生かそうとするのではなく、総合的に自分をとらえる必要がある。
即ち、自分の価値観を土台として、現在の人的資産の強味と弱味、性格の全体像を把握した上で自分に最適のキャリア目標を発見すべきである。


また、キャリア目標は具体的かつ生き生きとしたイメージでは表現出来なければ、目標としての役割ははたさない。

キャリア目標を設定するためには、自分に関するすべての事実を読み直す必要がある。

自分を見つめることで、自分が本当にやりたい仕事は何かを考える。

そのうえで自分が目指すキャリア目標を設定し、明確なイメージをつくらなければならない。
      
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   <title>中高年・シニアの自立と、その準備</title>
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   <published>2009-04-22T09:54:13Z</published>
   <updated>2009-04-22T10:03:54Z</updated>
   
   <summary>大変な時代、会社に残る、会社を去る、そのいずれにせよ、自分の力で仕事を確保し、あ...</summary>
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         <category term="中高年・シニアがビジネス社会で生き残る為には" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<span class="b f11em">大変な時代、会社に残る、会社を去る、</span>そのいずれにせよ、自分の力で仕事を確保し、あるいは開拓しようとする位の積極性が、今、中高年サラリーマンに強く求められている。

つまり、リストラの波を乗り越え人生80年時代を生き抜く第一関門は<span class="b">「ビジネスライフにおける自立」</span>ということである。

この仕事面における「自立」なしには、これからの物心共に豊かで自由な“自律”するシニアライフの構築は難しい。

ここでは、ビジネスライフにおける「自立」には何が必要か、そのための準備はどうするか。

まず、現在の会社の中にあって出来ることから検討を進めるものとする。


<h3>まずキャリアビジョンの再構築</h3>


<span class="b green f11em">（１）　これまでは会社主導のライフプラン教育</span>

大企業を中心に多くの会社でライフプラン教育　−　ＣＤＬＰ（Career Development Life Planning Program：職業生涯生活設計プログラム）が行われてきた。会社主導で行われてきたこれまでのＣＤＬＰは「中高年になっても能力再開発等により会社への貢献度を高める努力を継続し、やがてハッピーリタイヤメント　−　幸福な退職生活を迎える」というストーリーづくりに特色があった。

つまり、終身雇用制を前提として<span class="b">「定年までの自分を会社の中にどう位置づけるか、退職までに何を準備するか、定年後どう暮らすか」</span>が主な狙いであった。

そのポイントは

・40歳代で実施する場合には、自分の適性を見極めさせる。

・会社におけるキャリアには様々選択肢があること、それをどう自分の適性に結びつけるかを動機づける。

・なお、選択肢の中には「転職」というコースも設定されるケースもあるが、かつてのそれは形式的なもので、それを選択するものは例外的な脱落者、あるいは「山っ気」のある社員とみなされるのがオチであった。

・定年前の実施では「定年退職」という事実を意識づける。

・定年までの収入、退職金、定年後の年金収入などを推計し、退職後の生活についてのシュミレーションを行う。

・シュミレーションに基づいて定年後の生活設計を行い、将来の生活に自信をもたせる。
・定年後の生活指導を行う。再雇用制度、ＯＢ組織などの案内、ＯＢによる体験セミナーとコンサルティングなど。


この時代の人生設計プログラムは、「会社が名実共に終身雇用を保証し、定年後についても面倒をみる」という、人間尊重の旨とした「日本的経営」を背景としたものである。


例えば老後の経済生活についてのシュミレーション。

欲さえ出さなければ安定した人生設計が措けた。

即ち、定年まで収入、退職金、年金収入は多少の誤差はあっても凡その推計は出来たし、あとは家族構成、子供の教育費、住宅ローンの残高によって若干の差異が出る程度である。

単線型で安定した人生設計が会社によって保証されていた。


その頃の楽天的な人生設計プログラムの事例として、ある大企業のケースをかゝげる。

同社の場合は、年数段階によって次のようなライフプラン教育を行っていた。


・入社時：フレッシュプラン

・30歳：ヒューマンプラン

・40歳：シルバープラン

・45歳：リデザインプラン

・55歳：ゴールドプラン


<h3>キャリア計画は自分のためのものだ</h3>


現在、会社が雇用を保証する時代から、個人が自分で雇用を確保しなければならない時代へ、時代は確実に移りつつある。

その背景には、次のようなものがある。


・終身雇用を中心とした日本的経営が崩壊しつつある。

・一方、個人サイドからも自己実現重視の視点から雇用の流動化へのニーズも高まっている。

・企業が社員に求める能力も企業環境の変革に対応して変化し始めている。

<span class="underline">与えられた仕事を一生懸命忠実にこなすだけで、いたずらに　年功だけを重ねて行く社員よりも、変化に対応したキャリアの開発が出来る社員を企業は求めている。</span>

・平均寿命も伸び、いよいよ本格的高齢化時代に突入する。長期的にみれば、現行の年金制度の破綻も予想される。

人生80年とすれば、最後の20年においても何らかの形で働かざるをえなくなることも想　定され、老後の生活までふまえたキャリア開発も必要になる。

その結果、会社が敷いてくれた路線に乗った安全で確実なＣＤＬＰの設計が出来なくなってしまった。

つまり、生活設計を行う前に、まず自らのキャリアの抜本的な見直しとキャリアプランの再構築が求められることになったのである。

それは従来の形式的なものではなく、これからの生活を賦けた真剣なキャリアの再開発計画でもある。

しかも、企業はリストラブーム。

企業サイドが推進しているＣＤＬＰ制度は、中高年層にとっては結果的には雇用調整策の一つにもなりかねない。

早期退職制度、転進援助制度、さらには役職定年制度などとも連動している。

日本ＩＢＭ社が93年度から実施した「セカンドキャリア支援プログラム」はその代表的なものである。

こうした会社主導による<span class="b green">「会社に云われたからやる」という計画</span>では自分が目指す方向と違ったものになりかねないし、時期すでに遅し、ということも十分にありうる。

キャリアデベロップメントプラン（ＣＤＰ）は自ら主体的に計画すべきものである。

自らで自らのＣＤＰを再構築することは、現在の会社で仕事を続ける、今の会社を思い切って飛び出し転職をする、独立する、そのいずれを選択することにあたっても、決断の基本となるものである。


<h3>何を目指すか、キャリアビジョンを鮮明にせよ</h3>


中高年サラリーマンにとって、今、最も大切なことはキャリアビジョンの再構築である。
時代が変わった、会社も変わった、会社がサラリーマンに求めるものも変わってきた。

中高年ベテラン社員の何十年のキャリアもそのままでは役にたたなくなりつつある。

そこで、自分を見つめ直し、自らのキャリア目標を設定し直すことが必要となったのである。


<span class="b">キャリアビジョン</span>とは何か。

自分がこれから何を目指すか、仕事という軸を中心におきながら自分の人生を考えることである。

単なる仕事を何にするかではなく、環境変化の認識と客観的自己分析に基いてこれからの自分の人生ビジョンを作り直すことでもある。

　このキャリアビジョンが出来て始めて、これからの時代にふさわしい、そして自分のためのＣＤＬＰ（職業生涯生活設計プログラム）の設計が可能になる。]]>
      
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   <title>「自立」に向け、中高年サラリーマンは自分を革新せよ</title>
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   <published>2009-04-17T16:07:36Z</published>
   <updated>2009-04-17T16:18:51Z</updated>
   
   <summary>再び、自分を「弱者」と思い込んでいる中高年サラリーマンへの提言である。 昨日まで...</summary>
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         <category term="中高年・サラリーマン向けの資格" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[再び、自分を「弱者」と思い込んでいる中高年サラリーマンへの提言である。


<h3>昨日までの自分を何故変えられないか</h3>


現在の会社に踏みとどまる、転職する、あるいは独立する、そのいずれにせよ、中高年社員を取り囲む全ての条件は、昨日までの<span class="b red">「会社ぶら下がり型社員」</span>に対して、ビジネスマンとしての<span class="b blue">「自立」</span>とそのための<span class="b blue">「自己革新」</span>を迫っているといえる。

その、中高年サラリーマン自分自身はどうだろうか。

キャリア目標　とそれを達成するための計画はないとしても、多くの人には将来自分がやりたい仕事・職務は少くともあるはずである。

一方、会社側からは、新しいビジネスコースの選択が求められている。

また、そのための能力再開発制度、転職・独立に対しても様々な支援制度を準備していてくれる。

様々な角度からみても、自立しなければならない条件は揃っている。

自立に向けて自分を変えなければならないこともわかっている。

だが、いざ実行となるとそれがなかなか出来ない。

特に、自分を変えることに抵抗感があり、結局はそのうちに自己革新の気力を失い「会社ぶら下がり型人間」に後戻りする。

場合によっては会社も辞め,
ビジネス社会から脱落する……このようなケースも見受けられよう。


これには、様々な理由は言える。

例えば、<span class="b red">中高年の頑固さ</span>に起因するというのもその一つ。

しかし、その頑固さの裏側にはすでに過去のものとなったかつての栄光へのこだわりがあり、会社の同僚、部下、家族など周囲への目を気にして自分を変えられないでいることも多い。

これと同じことは<span class="b green">「自分はＯＡ機器などをうまく使いこなす器用さはないし、また新しい技術に対する能力がない」</span>と思い込んでいることにもいえる。

これも実は、失敗と周囲の目を怖れて新しいものに挑戦する勇気がないだけなのだ。


このように出来ないことへの自己弁解の理由は山程ある。

しかし、それは結局、<span class="b red">過去に甘え、弱い自分に溺れている</span>ことなのだ。

言いかえれば、会社、家族等に対して「自立」できず、自分に対しても「自律」することが出来ていないということである。

それでは、この壁を打破するにはどうしたらいいかである。


<h3>自立人間の特性と行動</h3>


それでは、どうするんだという前に、「自立」しているビジネスマンの人間像とその行動特性を整理しておきたい。

これについては、自己啓発のためのセミナー、著書などで、中高年サラリーマンの方々はよく勉強し、すでによくわかっていることかもしれない。

だが、問題はある。

セミナー会場等ではその通りだと聞いていたものの、一旦会場の外に出ると他人事のように忘れてしまう人が多い。

そして、

<span class="b green">「自立に成功した人の特異なケースであって普通の人間には出来ることではない」、</span>

あるいは、

<span class="b green">「自分には他人を押しのけてまで自分を貫くような生き方は出来ない。　自分とは生き方が違う」</span>と考える。

これは、いわゆるインテリといわれる中高年ホワイトカラーによく見かけられる。

しかし、中高年サラリーマンをめぐる情勢には逼迫したものがある。

単純に反発することはやめて、この際素直に耳を傾け、その中からこれからの中高年サラリーマンの生き方についてのヒントを学ぶべきである。

そこで、ここでは数多い自己啓発関連の著書の中から特徴的なもの二つを紹介する。

第一は、<span class="b">「自分のための危機管理学」</span>（牛場靖彦著）から「自立人間のモデル像」。

第二は、<span class="b">「戦略行動学のすすめ」</span>（大西啓義著）から「自立に向けての行動の進め方」である。


<h3>自立人間のモデル像</h3>


牛場氏によれば「独立」あるいは「自立」する男の条件とは、<span class="underline">「いかにして現状打破思考ができるかどうか」</span>であるとしている。

即ち、現代社会は変革に向けて揺れ動く時代であり、揺れ動くがゆえにリスクや不確実性が高まる時代でもある。

そして日本的経営の三本柱と称された年功序列、終身雇用、企業内組合も崩壊に向い、ビジネスマンにも危機が迫っている。

サラリーマン一人一人にとっても危機管理が重要な時代となった。

そのためには、自らのものの見方・考え方を思いきって変革させ、人生に対する新しい価値観を創りだしていくことが求められる。

従来の常識を破って新しい考え方を創りあげて行くには、自分の心の中に人生に対するしっかりした理想像を持つ必要がある。

こうした理想像が確立してくると、少々のことではまわりの圧力に屈しない強い抵抗を示すことができるようになる。

こうした自立型人間を牛場氏は<span class="b">「�X・Ｓ・Ｏ・Ｐ人間」</span>と称している。

<ul class="topics box-lightyellow">

<li>�X（Vitality）＝ヴァイタリティ</li>

<li>Ｓ（supeciality）＝スペシャリティ</li>

<li>Ｏ（originality）＝オリジナリティ</li>

<li>Ｐ（personality）＝パーソナリティ</li>

</ul>

のことである。

人間には<span class="b">「健康の維持・増進」、「身の安全の確立」、「経済的充実」</span>という三つの安定希求がある。

それを実現するためには�X・Ｓ・Ｏ・Ｐという四つの要素が必要であり、それがあればいかなるリスクに直面しても動じることなく、また人間性を喪失することなく難局を乗り越えて行くことが出来る。

つまり、<span class="b blue">「人生の勝利者」となることが出来る</span>というのである。

少し詳しくみると、人間には「フィジカル」・「メンタル」・「ソーシャル」という三つの健康があり、その三つが揃って始めて本当の健康、つまり「トータルフィットネス」を完備しているといえる。

このトータルフィットネスの根源となるものは「ヴァイタリティ」である。

こうしたトータルフィットネスを備えることが出来れば、行動に、そして心にもゆとりが出てくる。

仕事も楽しくなり、他人と差別化する「スペシャリティ」に磨きをかけることが出来る。

スペシャリティが高まれば、それまでの知識・見識を一層深めながら、さらにその上を目指してその人独自の「オリジナリティ」形成に積極的になる。

このように、�X・Ｓ・Ｏ・Ｐの三要素がそろい、それぞれが強固となった時に始めて、組織の内外に対して「自立」できる人間が誕生するというのである。

つまり、<span class="b blue">「パーソナリティ」の確立</span>である。


<h3>自立に向けての行動の進め方</h3>


大西氏の「戦略行動学のすすめ」によると、人生とは楽しく生きることが原点であり、それに基づいて人生の最高戦略「ライフ・アイデンティ」を確立することが、自立への第一歩になるとしている。

そして、現代は変革の時代で個人リストラが重要であり、人生をエンジョイするため全てを前向きにとらえる<span class="b">「陽転思考」</span>により自分の行動を変えて行く。

また、「脳力開発」は今からでも遅くなく、陽転思考とこの脳力開発をベースに自己変革は可能であり、そのために次のような行動指針を提唱している。


自己変革のための行動指針は15あるが、大きくは四つの基本指針に集約される。


<span class="b">（１）　精神姿勢の確立　−　やる気の充実</span>

<span class="b">（２）　思考方法の整備　−　思考判断力の向上</span>

<span class="b">（３）　実際知識の拡大　−　情報の拡大・発展</span>

<span class="b">（４）　全脳開発　−　器の拡張</span>


<h3>「脳力」開発には限界がない</h3>


肉体的能力は年令と共に衰えるが、知的能力には際限がない。

特に高度な情報処理に対する脳の柔軟性は非常に高く無限の発展性を秘めているといわれる。

<span class="underline">つまり、「脳力」の開発には限界がないのである。</span>

大西氏によれば、中高年の能力再開発に際しての最大の問題点は、自らの能力に対して自分で<span class="b red">自分勝手に限界を設けてしまっている</span>ことだとしている。

「脳力」には無限の可能性がある。

中高年になってからでも、その開発は遅くない。

その代表例としてよくあげられるのは、江戸中期の人、井能忠敬。

彼は50才を過ぎてから日本地図作成のため測量を志し、世界最高の測地技術を身につけている。


さて、大西氏によれば、人間は誰でも140億個の脳細胞を持っている。

ところが、日常生活で実際に活用しているのはそのうちの3％、残りの97％の脳細胞は使われることなく休眠している。

しかも、この140億個というのう細胞の数に個人差はない。

つまり、素材としての「脳力」は誰も変らないのだとしている。

異なるのは、<span class="b">シナプスの発達</span>である。

シナプスは、細胞からの信号を伝達する役割を果たす神経細胞をつなぐ接続点にある。

このシナプスは手、足、口を使って行動することにより、また脳を使うことにより発達する。

<span class="underline">即ち、思考し行動し続けることにより、脳力の開発には限界がない</span>というのである。

<hr />

<h3>戦略行動学15の指針</h3>


<span class="b f11em">1　精神姿勢の確立…やる気の充実（原動力）</span>

（１）　主体性…何が何でも主体的に行動する姿勢が原点

（２）　進歩発展性…同じ行動をするなら進歩発展・現状打破の姿勢で

（３）　協調性…自分もよし、他人もよしの姿勢をつくれ


<span class="b f11em">2　思考方法の整備…思考判断力の向上（ソフトウェア）</span>
（１）中心思考・戦略志向…中心志向でいち早く問題の焦点をつかむ

（２）両面思考・対比思考…正しく状況判断するために両面思考を習慣化する

（３）多角度思考…立場観点を整理し多角度思考で自在な戦略を生み出す

（４）確定思考…情報が氾濫する時代、確定的要素から出発して物事を考える

（５）具体思考…突っ込んだ具体思考で、向上のための行動につなげる


<span class="b f11em">3　実際知識の拡大…情報の拡大・発展（データ）</span>

（１）体験知識・連係知識…知識はすぐ使う、活用してこそ智恵になる

（２）異分野多種多様情報…知的やじ馬精神で、できるだけ多くの物事に首を突っ込む　
（３）人脈ネットワーク…信頼関係に基づく真のヒューマンネットワークをつくる


<span class="b f11em">4　全脳開発…器の拡張（ハードウェア）</span>

（１）プラスイメージ…目標達成に成功した時の自分の姿をハッキリとイメージする（プラスイメージの力が脳力開発の原点）

（２）瞑想…瞑想こそが、何事にも捉われない本来の自分にめぐりあう方法

（３）心身の健康…自然の理にかなった健康的な生活習慣をつくる

（４）感動・感激・感謝…「一日一驚」で、感謝の心を養う

<p class=" al-l f08em">資料　「戦略行動学のすすめ」大西啓義著（ＰＨＰ研究所刊）出典

<hr />


<h3>状況打破の意志が自分を変える</h3>


さて、ここで再び、弱者中高年サラリーマンの現実に戻ろう。

自分を弱者と思う中高年者の心理を分析すれば次のようになるまいか。

「自立」出来ている人間のモデル像、「自立」に向けての能力再開発の方向性はわかった。

だが、問題は残る。

みんなわかっているのに、どうにも、自分を変えられそうにもない。

自分は「自立」とはほど遠いダメ中高年サラリーマンなのだ。


何故、自分を変えられないか。

ここで、冷静に考えてみよう。

これまでは、会社への甘えが許されていたのだ。

悪いことさえしなければ、定年までは会社に置いてもらえた。

だが、状況は大きく変換した。

企業はリストラの波に呑み込まれ、従業員中心といわれた日本型経営システムは崩壊した。

中高年サラリーマンの多くは、安定を求めて就職したはずの会社から出向、転籍、さらには、早期退職に追い込まれるなど人生の危機に直面している。

このク況こそ、自分を「自立」の人間に変えるキッカケであり、チャンスでもある。

また、そう考え、そう行動しなければあなたには救いがない。

はっきりしていることは、「自分は弱い立場にある中高年サラリーマン」という甘えは、会社に対しても、自分に対しても許されなくなっていることだ。

追い込まれた状況を打破するのは自分以外にない。

最も大事なことは、この切迫した状況を自分で解決するという強い意志を持つことである。

また、昨日までエリートとしてふるまってきた中高年サラリーマンの場合、今日の切迫した状況を家族にも誰にもなかなか話せないことが多い。

しかしこの期に及んでは黙っている訳にはいかない。

周囲の人に説明するといっても、今自分を置かれている逼泊した状況の説明だけでは前向きの議論にはならない。

その前に、自分で自分を<span class="b">「裸」</span>にし、そこからスタートする人生戦略を考えておくことが必要だ。


一体、自分とは何だ。

会社という特権を捨てた場合、自分にはどんな能力があるか。

本当に自分でやりたい仕事は何か。

そして、それを実現するためにはどうするか、人生計画の再設計である。

これがなければ、家族や周囲の協力は得られず、前向きにことは進まない。

また、転職、自立するにしても、それがなければ自分のセールスポイントが明確にならない。

そして、行動である。

<span class="b">「陽転志向」、</span>前向きにやってみることである。

現在の自分は、現在の自分以上ではない。

裸の自分で再スタートすればこわいものはない。

あとは人生の目標に向けて能力を向上させて行くだけである。

また、行動の中で、自分を「自立人間」へと変えて行く。

最初は演技でもよい。

自ら求めている人間としてふるまってみることも時には必要だ。

こうした一つ一つの行動の積み重ねが、「会社従属型人間」を主体性のあるビジネスマンへと変えて行く。

<span class="italic">「わかっているが、どうにもならない、自分は立場の弱い中高年サラリーマン」</span> などと云ってはおられない。

状況は切迫している。

この追い込まれた状況を人生再スタートのエネルギーに変換。

前向きな行動と実際の仕事を通じての自己革新により状況を打破して行くことだ。

さあ、会社人間であった過去と断絶し、「自立」に向けての出発だ。]]>
      
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   <title>厳しい現実を直視し「自立」を目指せ！</title>
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   <published>2009-04-14T00:59:21Z</published>
   <updated>2009-04-14T01:12:47Z</updated>
   
   <summary> 変わらないのはサラリーマンだけ 社会が変わった。　会社も変わる。 サラリーマン...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>変わらないのはサラリーマンだけ</h3>


社会が変わった。　会社も変わる。

サラリーマンの人生コースもそれに応じて変化するのはきわめて当然のことである。

しかし、サラリーマンの多くは依然として<span class="b red">会社依存志向</span>が強く変化に取り残されている。

サラリーマンだけは変わっていない。


最近、よく<span class="b">「サラリーマンのライフサイクルは変わる」</span>という言葉をよく耳にする。

<span class="underline">つまり、これまでのように会社に入ったら最後、定年まで勤めあげるのが人生だという時代ではなくなったという意味である。</span>

そして、

25歳位までは修業の時代、

40〜45歳位までは会社の組織の中で仕事をする、

45歳前後を一つの区切りとして、新しい生き方の選択をすべきだというのである。

新しい生き方といっても、会社に残るもよし、転職するもよし、全くビジネスと離れた別の人生の選択もまたよしとして、物心共にゆとりある人生への再スタートを切るべきだという主張でもある。


こうしたこれからの時代を見すえたライフサイクルの設計は、ビジネス社会に入ったばかりの、あるいはこれから入ろうとする若い人にとっては容易かもしれない。

だが、数十年を会社人間として過ごし<span class="b green">「今いる会社を離れた人生は考えられなくなっている」</span>中高年サラリーマンにとっては深刻な受けとめ方となる。

社会の変化、企業の変化について行けず、会社では次第に不要の存在とならつつある。

さりとて、時代にあわせて自分を変えることもなかなか出来ない。

しかも、わが社にもリストラの嵐が吹きまくろうとしている。

ゆとりある人生の再設計どころか、明日の生活がどうなるか、不安でいっぱいだ……。

中高年サラリーマンについてみれば、こうした「弱者」であるケースが多いのではなかろうか。


<h3>「弱者」中高年サラリーマンへの提言</h3>


現在、弱者に位置づけられている中高年サラリーマンの一つの生き方は「一歩後退二歩前進」である。

<span class="italic">会社の中核として勝ち残るのは自分だ、今の会社よりも好条件で他社にスカウトされる自信がある、自立する自信もあるしその準備も出来ている……、</span>


こうした「会社とケンカしてでも自分を貫き通す」自信満々の「強者」であるサラリーマンはごく少数派だ。

ここで検討してみたいのは、もしリストラの対象となれば、「配置転換とか出向とかに従順に従う」か、「多少は抵抗するが、結局はやめてしまう」ことになると思い込んでいる弱い立場にある中高年サラリーマン、言い直すと<span class="b">自分を「敗者」と思い込んでいるサラリーマンのこれからの生き方</span>についてである。


ある日、突然にリストラの通告を受ける。

自分が何故リストラになったか、始めはわからない。

すでに述べたように会社の人事は大体は非公開だし上司の自分に対する評価もよくわからない。

自分にはこれまで会社の発展に貢献してきた功労者だという自負もある。


自分だけはリストラされるはずはない。

何故……。

しかし、今になって考えてみると自分にはいろいろ問題があった。

自分は「サラリーマンとして敗者であったのだ」、そして、敗者として、早期退職優遇制度、配置転換、出向に応じようとする。

重要なことは、自分を「敗者」と思い込まないことである。

倒産の危機など緊急事態に陥らない限り、真面目に勤めあげてきた中高年社員をそう簡単に会社は退職に追い込むことは出来ない。

配置転換、出向、降格など、会社は思いやりのある、時には陰湿でもあるが、やめざるをえなくなるまでの「時間」を与えてくれる。

この時間を前向きに自己啓発の期間、一歩後退二歩前進のチャンスとするのだ。

新天地の職場に移る、役職から解放されるということはそれだけ自己啓発を必要とすることであり、多くの場合その時間も支えられる。

そのためには、まず、第一に<span class="b blue">自分を見つめ直す</span>ことである。

自分についての徹底的な棚おろしと客観的評価である。

問題点だけではない。

何が自分の特性であるか、過去の蓄積を活かしこれから伸ばせる能力の発見がより大事である。

第二には、<span class="b blue">自己の特性をふまえて、何を目指すか、やるべきキャリア目標の設定</span>である。

第三には、<span class="b blue">キャリアプランの再構築、</span>今置かれている現状からスタートしていかに目標を達成するかの実行計画である。

第四には、<span class="b blue">以上の目標とスケジュールに従っての自己革新</span>である。

ビジネスキャリアには様々な革新事項はあるが、その根底にあるのは「会社人間」から脱皮し、「自立」する自分の確立である。

そして、自立する自分の確立が出来た時が、新しい人生への再スタートとなる。

現在の会社に残るならばその中での中核人材への挑戦、有能な人材として転職、独立、あるいはビジネスとは別次元の自分なりの人生へのスタートなど、前向きの形での再スタートへの道が開けてくる。


即ち、サラリーマンとしての「強者」への転換である。

ただし、これからの時代の強者とはビジネス上の強者だけでなく、自分なりの生き方を発見しその生き方を実践するものまで、幅広いものとなろう。

このキャリアプラン再構築について、ここではリストラされかねない弱い立場にある中高年サラリーマンを対象として述べた。

しかし、これは何も弱者の中高年に限ることではない。

自分は強者と思っていても、変化が激しい昨今、いつ弱者へと落ち込むかもしれない。

そして、これは基本的なことなのだが、社会のすう勢は<span class="b red">「会社は定年までの生活を保証しなくなる」</span>ということであり、

全サラリーマンにとって<span class="b blue">「会社をはなれても生活できる」</span>というキャリアプランも、実は必要になっているのだ。

追い込まれてからでは対応が厳しい。

また、あらかじめ「自立できるキャリアプランとある程度の準備と心がまえ」があれば、いかなる状況がおころうと、会社に対して、力強い機敏な対応が可能だ。

会社に残ろうと、転職しようと、独立しようと、現代のサラリーマンにとって、「自己の見つめ直しとキャリアプランの再構築」は基本的に必要なことなのである。]]>
      
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   <title>ソーシャルワーカーの仕事</title>
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   <published>2009-04-13T00:19:21Z</published>
   <updated>2009-04-13T00:29:00Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 社会福祉の仕事に従事する人を総称してソーシャルワーカーと呼ぶ。 ...</summary>
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         <category term="医療関連の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


社会福祉の仕事に従事する人を総称してソーシャルワーカーと呼ぶ。

1987年に制定された『社会福祉士及び介護福祉士法』により、高度な知識と技術を要する専門的な仕事として制度的にも認知を受けた。

ソーシャルワーカーは現在、日本全国におよそ80万人おり、そのうち施設で働く人が約68万人。

身体障害者や精神薄弱者など、社会福祉施設に入所・適所している人びとを対象に、生活の指導や相談、身のまわりの世話、自立のための技能訓練、作業指導などをおこなう。

ソーシャルワーカーのＴさんの勤める『東京都八王子福祉園』訓練指導科では、勤務時間が朝8時45分から夕方5時30分まで。

完全週休2日、夏季休暇（3日）、年末年始は休日となっている。


<h3>収入はいくら？</h3>


職種によってさまざま。

たとえば介護福祉士は、国家公務員や地方公務員に準じた給与が多く、諸手当を含めると<span class="b">月給15万〜22万円程度</span>になる。

社会福祉主事の場合は自治体によって異なるが、東京都では大卒の初任給が<span class="b">17万9,200円。</span>

Ｔさんは現在、東京都地方公務員Ｉ類の福祉指導職で、年収は4年目で<span class="b">400万円強。</span>

体力的・精神的にきつい職業のわりに、給料は比較的に安い。


<h3>ソーシャルワーカーになるには？</h3>


一般に、（１）情熱、（２）知識、（３）技術、（４）健康　−　の4つが必要といわれる。

職種によっては国家資格が必要なものもある。

最近は大学や専門学校を中心に、ソーシャルワーカー養成への動きが活発化してきており、人材のニーズは高い。]]>
      
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   <title>写真家の仕事</title>
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   <published>2009-04-12T12:32:18Z</published>
   <updated>2009-04-12T12:39:21Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 写真家は、創る写真を専門的に撮る人と、報道や記録を主として撮る人...</summary>
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         <category term="ビジュアル関係の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


写真家は、創る写真を専門的に撮る人と、報道や記録を主として撮る人の2つに大別される。

ほとんどの場合、得意分野をもっており、人物だ廿を撮る人や、山岳や動物などを専門にした写真家もいる。

フリーの写真家はふつう、スタジオやプロダクションを経営している。

独自のテーマや素材をもち、特定の地域に住居を構える写真家も。

海外に長期にわたって滞在する写真家も多い。


<h3>収入はいくら？</h3>


<span class="b green">「写真家になったら、最初の頃はモデルのときの10分の1に収入が減った」</span>と写真家のＡさんが言うほど、この世界は厳しい。

好きでないとやっていけない仕事。

作品の点数とは関係なく、テーマに対して契約を穐び料金を取る場合と、作品の点数によって料金を取る場合がある。

後者の場合、作品を買い上げる方式と、作品の使用に対して使用料金を支払うケースがある。

写真集を出版した場合は印税としての収入も得られる。

いずれにしても、まず自分の作品に出資してくれる人が必要になる。


<h3>写真家になるには？</h3>


プロになるには写真について相当な技術と知識の裏付けが必要になる。

そのため、まず写真の専門学校で必要な技術や知識を身につけておく。

一人前になるまでには平均5年はかかる。

好きな写真家に就いて勉強するという方法もある。

<span class="b green">「誰かに師事しても、その人に依存せず、自立している意識が大切です。</span>

<span class="b green">そして一等大切なのは、同じ夢をもっている仲間をたくさん作ること。</span>

<span class="b green">それが助けになり、励みになりますね」</span>（Ａさん）。]]>
      
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   <title>クリエイターの衿持</title>
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   <published>2009-04-12T05:12:49Z</published>
   <updated>2009-04-12T05:36:54Z</updated>
   
   <summary>一般にクリエイターの収入は驚くべきはど安い。 たとえば直木賞クラスの作家であって...</summary>
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         <category term="広告・広報の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[一般にクリエイターの収入は驚くべきはど安い。

たとえば直木賞クラスの作家であっても、雑誌に原稿を書く場合、400字1枚書いて数千円という世界。

日本の文化として世界に誇るべきアニメでも、セル画を1枚書いて150〜200円にしかならない。

演劇の世界では、よほど売れている劇団でなければ、食べていくのは不可能に近い。

たいていは自分から持ち出しを覚悟しなければならないのが実情だ。

クリエイターは自由な仕事の半面、<span class="b red">生きていくこと自体が、大きな仕事</span>になっている。

一見華やかなようでいて、実際の仕事はきわめて地味。

マメな人でなければ続けられない。

おまけに将来的な保証は何もない。

では、何故続けていくことができるのか。

<span class="b blue">良いものを創り、人に喜んでもらう　−</span>　そんな衿持＝プライドがあるからだ。

君は、いまの仕事に<span class="b">衿持</span>をもっているだろうか。

もしないとしたら考えてほしい。

人は給料のためにだけ働くのではない。

生きていく収入があれば十分という人も大勢いるのだ。]]>
      
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   <title>映像作家の仕事</title>
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   <published>2009-04-12T02:02:42Z</published>
   <updated>2009-04-12T02:11:26Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 写真、テレビ、ビデオ、ＣＦ、映画などのメディアを使って、映像作品...</summary>
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   </author>
         <category term="ビジュアル関係の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


写真、テレビ、ビデオ、ＣＦ、映画などのメディアを使って、映像作品をつくる仕事。

一般に8ミリビデオ、ベータカム、16ミリフイルム、35ミリフイルム、ハイビジョン、ＣＧ映像の順に製作費が高くなり、予算に応じて使い分ける。

レンズづくりから撮影、編集まで、一貫したポリシーをもって作品をつくる。

映像作家のさんは、

<span class="b green">「体力勝負できついわりに儲からない。　だがその分100％自由な仕事」</span>と言い切る。


<h3>収入はいくら？</h3>


ギャランティーでなく、作家性をプライオリティの第一にして、仕事を受けるため、自らプロダクション経営をしていない限り多くの収入は期待できない。

年収の相場としては、好きな分野だけを引き受ける人で、<span class="b">500万〜600万円</span>ぐらい。

プロダクションに所属し、何でも引き受ける人なら、1,000万円以上を稼ぐことが可能。

また一方では自責で何年もかけて富士山を撮り、1本のビデオにまとめるという人もいる。

このため、映像作家の年収はその人のスタイルによって200万〜3,000万円と幅広い。


<h3>映像作家になるには？</h3>


映像科のある大学や専門学校で基礎技術を学び、映像制作の代理店に入るのが一般的なルート。

代理店は大手を除くと、テレビ、ＣＦ、音楽プロモーションビデオなど、それぞれに専門分野をもっている。

自分が撮りたいのはドラマなのか、ドキュメンタリーもしくはアートビデオ的な映像なのか、ある程度の方向性を決めておきたい。]]>
      
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   <title>中高年の能力とキャリアは、まだまだ伸ばせる</title>
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   <published>2009-04-12T01:30:55Z</published>
   <updated>2009-04-12T01:47:56Z</updated>
   
   <summary>中高年になると、「能力は伸びない」とするのは誤りである。 確かに記憶力などは年齢...</summary>
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         <category term="中高年・シニアがビジネス社会で生き残る為には" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[中高年になると、「能力は伸びない」とするのは<span class="b red">誤り</span>である。

確かに記憶力などは年齢と共に下降して行く。

しかし、能力と知能には様々なものがあり、その中にはまだまだ成長するものもある。

また、職業的キャリアは本人次第でもあるが、これからもさらに蓄積して行くことが可能である。


<h3>中高年であっても知的能力は向上できる</h3>


比較的新しい学問として<span class="b blue">「生涯発達心理学」</span>がある。

この学説がなかった25年ほど前までは知能には30歳から下降するというのが定説となっていた。

しかし、それは若い人を主対象としていた知能テストからの一面的判定であった。

生涯発達心理学によれば、知能には<span class="b">「流動性知能」</span>と<span class="b">「結晶性知能」</span>があり、その両面で知能の発達をとらえる。


第一の流動性知能は、いわゆる知能テストで判定される知能であり、児童期から青年初期の早い時期にピークに達する。

第二の結晶性知能は、語彙や社会的知識などの経験に裏打ちされ加齢と共に上昇して行く知能である。

これによって、職業、芸術、趣味など長期間その道に関わっていれば、年齢と共に能力は成長しつづける。


こうした人々は「エキスパート」と呼ばれ、その典型的なものは　齢の作家・画家などの芸術家、古典芸能・伝統工芸における名人である。

中高年ビジネスマンの場合も、これまでのキャリアを継続して磨きあげることにより「ビジネスエキスパート」になることができる。


<h3>キャリア発展の分岐点は45歳</h3>


知能の発達とは別に、「生涯キャリア発達」について研究がある。

それによれば、職業生活におけるキャリアの発達段階は大きく3段階に区分される。

<span class="b">（１）　探索段階</span>……25歳頃までの大人の世界に入るまでの時期であり、平均的にみればキャリアは向上しない。　試行錯誤段階ともいえる

<span class="b blue">（２）　向上段階</span>……25歳頃から45歳頃まで、試行錯誤を経て、本格的に職業的キャリアを蓄積して行く段階である

<span class="b">（３）　分岐段階</span>……45歳を境にキャリアパフォーマンスは「成長・現状維持・停滞」の三群に分けられる。

その差異は、キャリア発達を意識した上で業務を行うかどうかにあるとしている。

どうやら45歳が、中高年のビジネスライフを左右する転換点であるようだ。

そして、この時期における能力開発への意識づけが最重要書題となっている。


これまでの平々凡々であるが順調ともいえたサラリーマン生活においては、中高年の能力再開発について特に動機といえるものがなかった。

現在は厳しい企業リストラの時代、中高年サラリーマンはたえず配置転換、出向、転職などの危機にさらされている。

これは強烈で切実な能力再開発への動機となる。


皮肉な見方をすれば、その結果、これまで眠っていた潜在能力が開発され、それにより新たなビジネスライフが拓けるとしたら、中高年者の後半生にとってむしろ幸運ともいえる。]]>
      
   </content>
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   <title>ファッションデザイナーの仕事</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/work_related_to_fashion/%e3%83%95%e3%82%a1%e3%83%83%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%b3%e3%83%87%e3%82%b6%e3%82%a4%e3%83%8a%e3%83%bc%e3%81%ae%e4%bb%95%e4%ba%8b.html" />
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   <published>2009-04-11T10:49:52Z</published>
   <updated>2009-04-11T11:09:48Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ デザインのコンセプトやイメージを具体的に表現するため、形はもちろ...</summary>
   <author>
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   </author>
         <category term="ファッション関係の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>

<span class="left">
<img src="http://useful-infomation.info/images/design_picture_001.jpg" wigth="250" height="465" alt="デザイン画" /><img />
</span>
デザインのコンセプトやイメージを具体的に表現するため、形はもちろん、素材や色も含めたデザイン画を作成する。

そのデザイン画にもとづいてバターンや裁断、縫製といった作業が進められていく。

アパレルメーカーの場合は、消費者動向のマーケテイングなどを踏まえてデザインする。

大御所クラスのデザイナーは、独自のテーマを掲げて展開する傾向が強い。

最近では服や小物などから服飾以外の領域にも進出し、トータルコーディネートで活躍するデザイナーも多い。


<h3>収入はいくら？</h3>


メーカーによって多少の幅はあるが、大手の場合、大卒の初任給が20万円、短大・専門学校卒で<span class="b">16万円</span>といったところ。

独立するまでは、全体的に高収入は望めない業界だ。

独立しても、服の売れ行きによって収入は雲泥の差。

世界的なファッションショーに出場する大御所クラスになれば、億単位の年収も可能だが、メジャーな場所へ出ていくには相当な費用が必要。

たとえば東京コレクションでは、1回に<span class="b">500万〜2,000万円</span>ほどの費用がかかる。


<h3>ファッションデザイナーになるには？</h3>


アパレルメーカーやデザイン会社に就職するか、自分のデザインでコンテストなどに応募する方法がある。

どちらの場合も、堆飾デザインの専門学校で勉強しておいた方が有利。

デザイナーに必要な資質は、色彩感覚が鋭く、造形力が優れていること。

一流になれば華やかな半面、競争が激しく縦社会的な一面もある業界なので、人間関係のトラブルで辞めていく人も少なくない。]]>
      
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   <title>瞑想イストラクターの仕事</title>
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   <published>2009-04-11T07:45:31Z</published>
   <updated>2009-04-11T07:57:44Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 瞑想方法を習得し、瞑想教室やセミナーで受講生の指導にあたる仕事。...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


瞑想方法を習得し、瞑想教室やセミナーで受講生の指導にあたる仕事。

ヨーガのポーズ、呼吸法などは実技指導、心と魂の浄化瞑想はマンツーマンの面接指導をする。

最近では企業が研修に瞑想を取り入れることもあり、活躍の場が広がっている。

<span class="underline">瞑想は普段の生活から隔離された場所と時間のなかでおこなう方が効果が高い。</span>

そのため都心から離れた場所で3〜5日間合宿して指導にあたることも多い。

瞑想イストラクターのＨさんは、企業の社長から<span class="b green">「自分が本当に求めるものは地位や財産ではない。</span>

<span class="b green">家族が仲よく暮らせることや、社員が生き生きと仕事をすることだと気づきました」</span>といわれたりする。

その人が自分の潜在意識に気づいて幸せになってくれることは大きな喜びだという。

Ｈさんはこのほか講演活動や本の執筆などもこなしている。


<h3>収入はいくら？</h3>


Ｈさんの瞑想教室の場合、月曜日〜土曜日、毎日1回インストラクターを勤めて<span class="b">月額で25万円</span>ほど。

講演をおこなう場合、相手の予算にもよるが、<span class="b">15万〜25万円</span>が相場。


<h3>瞑想イストラクターになるには？</h3>


師について修業を積む。

瞑想やヨーガを習得し、人に教えられるようになるまでには何年もかかるという。

インドへ行くのもよいが、<span class="b green">「初めてインドへ行ったとき、床が剥き出しのコンクリートのゲストハウスへ案内された。</span>

<span class="b green">布団も何もないのにそこで寝泊まりしなさい、と言われたのには驚いた。</span>

<span class="b green">快適な環境に慣れ切っている現代人にはインドのような場所での修業はかなり厳しいでしょう」</span>とＨさんは話している。]]>
      
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   <title>ファッション・ジャーナリストの仕事</title>
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   <published>2009-04-10T21:29:39Z</published>
   <updated>2009-04-10T21:44:51Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ ファッションについての評論をするのが仕事。 アパレル業界の専門紙...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


ファッションについての評論をするのが仕事。

アパレル業界の専門紙や新聞などで業界向けに書いたり、一般読者向けのファッション誌にエッセイやコラムを執筆することもある。

また、講演や企業のコンサルテーション活動、パリコレクション、ミラノコレクションなどのインターナショナル・ファッションショーをレポートしたりもする。

ただ文章を書くというだけではなく、ファッション業界の人びととの交流によって仕事の人脈を広げることが大切。


<h3>収入はいくら？</h3>


ファッション・ジャーナリストのＨさんの場合は、現在月に教本、雑誌の連載コラムやエッセイ、企画ページを持っているが、<span class="b green">「ファッション・ジャーナリストが文章だけで生活できるような収入を得るのは難しい」</span>と言い切る。

たとえば、コレクションへ行く経費は自己負担の場合がほとんど。

これを補うためにファッション・ジャーナリストの多くは執筆のほか、講演やセミナー活動などもおこなっている。


<h3>ファッション・ジャーナリストになるには？</h3>


経験がモノをいう仕事。

学校を卒業してからすぐにファッション・ジャーナリストとして生計を立てることはまず無理。

国際羊毛事務局などの団体やアパレル業界、雑誌の編集者などを経てから、フリーのジャーナリストとして独立する人が多い。

文章力のほか、文化や人間に対する洞察力も必要になる。

いまから目指すのであれば、歴史・古典・フランス語の勉強をしておくといいと、Ｈさんは勧める。]]>
      
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   <title>声優・ナレーターの仕事</title>
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   <published>2009-04-10T10:01:48Z</published>
   <updated>2009-04-10T10:13:47Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 声優はアニメや洋画の吹き替えが仕事。 ラジオ・ドラマやナレーショ...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


声優はアニメや洋画の吹き替えが仕事。

ラジオ・ドラマやナレーションの仕事もすることが多い。

一般に30分のアニメは3〜4時間、2時間の映画は8〜10時間で制作する。

事前に台本などは渡されないので、即興の演技力が必要になる。

声優専門のプロダクションもある。

仕事はアニメ音響制作会社から入る。

日本俳優連合（日俳達）に加盟している声優は約1,000人。

そのうち常時稼働しているのは200人程度と見られている。


<h3>収入はいくら？</h3>


日俳連に加盟している声優には出演料のランクがある。

30分アニメ1本あたり最低1万5,000円、最高4万5,000円。

再放送料のパーセンテージも決まっている。

毎日スタジオ入りする人もいれば、月に2〜3日の人も。

男性の声優は少ないので、出番は多い。

毎年4月が更改期で、ランクアップの申請をおこない、1,000円刻みで出演料が上がっていく。

ナレーションの相場は決まっていない。

男性のナレーターも少ないので、すぐに年間2,000万〜3,000万円稼げるようになる人もいるという。


<h3>声優・ナレーターになるには？</h3>


専門プロダクションが開校している声優学校もある。

なかにはクチを合わせることだけを教える学校や、金儲け主義の学校もあるので要注意。

芝居の勉強がきちんとできる劇団で基礎を学んだ方がいい。

才能や運、良いマネージャー、良い作品に恵まれることも大切。

声に魅力があることや個性があることが条件になる。]]>
      
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   <title>ソフトウエアエンジニアの仕事</title>
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   <published>2009-04-10T06:16:06Z</published>
   <updated>2009-04-10T06:26:22Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ ソフトウエアやシステムなどの開発や、コンサルティングをおこなう。...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


ソフトウエアやシステムなどの開発や、コンサルティングをおこなう。

メーカーと共同で商品開発に携わることもある。

ＣＡＤなどの曲面・曲線を扱う場合には、コンピューターの知識はもちろん、数学・物理の下地が不可欠になる。

一時期、ソフトウエアエンジニアが急増したことで、「能力の質」に対する要求が高まっている。

昨今の不況のなかで、他社や他人がまねできない高付加価値の技術やノウハウが今後、ますます求められてくる。


<h3>収入はいくら？</h3>


（財）情報サービス産業協会がまとめた『情報サービス産業動向調査』によると、

ソフトウエア開発やデータベースサービスなど、情報サービス産業全体の年齢別平均年収は、25歳で<span class="b">357万6,500円、</span>30歳で<span class="b">471万2,100円、</span>35歳で<span class="b">600万200円、</span>40歳で<span class="b">735万8,800円</span>となっている。

ソフトウエアエンジニアのＯさんのアルモニコスでは年俸制を採用しており、27〜28歳で年収<span class="b">500万〜800万円、</span>35歳で同じく<span class="b">600万〜1,400万円</span>ほどになる。


<h3>ソフトウエアエンジニアになるには？</h3>


システムエンジニア向けの資格としては通産省が認定する第1種情報処理技術者などがある。

しかし、<span class="b green">「資格の有無は採用のポイントや年俸の査定に全く関係ない」</span>（Ｏさん）という意見もある。

入社試験の作成を担当するＯさんは<span class="b green">「白紙に世界地図を書かせたり、つるかめ算や高校卒業程度の数学、パズルなどを解かせてみる。</span>

<span class="b green">ひとつでも光るアイデアや発想があれば採用の方向で考える」</span>と言っている。]]>
      
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   <title>画廊店主の仕事</title>
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   <published>2009-04-09T20:17:02Z</published>
   <updated>2009-04-09T20:26:53Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 画廊店主のＮさんの場合は、作家の紹介や、他の個展でいいと思う絵に...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


画廊店主のＮさんの場合は、作家の紹介や、他の個展でいいと思う絵に出会うと、その作者に直接交渉する。

話が決まれば、パンフレットの制作や作品の運搬など、個展の準備をおこなう。

<span class="b green">「ただし、うちのような画廊のやり方は、ちょっと変わっているかもしれない」</span>とＮさん。

普通の画廊では、資産価値のある「売り絵」を画商が売買して利益を出していくが、Ｎさんの画廊では絵を売買して、より利益を増やしていこうという考えをとっていない。

<span class="b green">「売れる絵」</span>ではなく<span class="b blue">「好きな絵」</span>を扱っているからである。


<h3>収入はいくら？</h3>


その画廊で取り扱う絵の値段によって収入は異なる。

Ｎさんの画廊では、個展の経費をすべて画廊側で持っているが、1回の個展を開くのに<span class="b">300万〜400万円</span>かかる。

この場合、個展で絵が1点も売れないとまるまる赤字になってしまう。

絵の値段は、大きさ（号数）によって決められているが、100号（162.1cmＸ130.3cm）の絵で<span class="b">700万円</span>ほど。

作家によっては<span class="b">数千万円</span>ということもある。


<h3>画廊店主になるには？</h3>


絵が好きなら、誰にでもできる仕事。

絵を売り買いするノウハウは、現場で覚えて身につけるのがいちばん。

<span class="b green">「この仕事には定年がないので、自分に探求心さえあれば、一生現役でやっていける仕事です」</span>とＮさんは話す。

いい絵を判断できれば利益を上げられるが、ひとつ間違えると潰れてしまう可能性もある。

絵を見る目を養うには、二科展や個展など、たくさんの展覧会で本物の絵をどんどん見るのがいい。]]>
      
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   <title>女優の仕事</title>
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   <published>2009-04-09T12:11:26Z</published>
   <updated>2009-04-09T12:22:15Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ テレビドラマ、映画、舞台のなかで、台本や脚本に沿って演技し、喜怒...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


テレビドラマ、映画、舞台のなかで、台本や脚本に沿って演技し、喜怒哀楽を表現していく仕事。

演じることで、多くの観客を楽しませるのが基本だ。

演じる役に合わせて、体重を調整したり、何日も前から、その役に成り切って役作りをする人も。


<h3>収入はいくら？</h3>


映画の場合、プロデューサーと所属プロダクションとの話し合いによって、出演料が決められる。

製作費や、プロデューサーの手腕、作品内容によってまちまち。

大物女優の数千万円から、セリフの少ない駆け出し女優の3万円までとピンキリ。

日本でもっともギャラが高いといわれる吉永小百合さんの場合、映画1本の出演料は<span class="b">約3,000万円、</span>

『極道の重たも』の岩下志麻さんで<span class="b">2,000万円</span>ぐらいと言われる。

テレビドラマの場合は、年に1度テレビ局側とマネージャーの間で、30分ごとの出演料を交渉し、そこでランクづけがなされる仕組み。


<h3>女優になるには？</h3>


劇団やプロダクションに所属して、そこから仕事を貰うのが一般的。

俳優養成所や研究所に入り、オーディションを受ける方法もある。

新人の場合は、オーディションを受けて合格して、映画に出演するケースが多い。

最近では、脇役をベテランで固め、主演女優を一般公募する例も多く、間口は広がっている。

また、モデルや歌手、タレントが映画やテレビドラマに出演したり、逆に女優がテレビの司会をするなど、タレントと女優の境はなくなりつつある。]]>
      
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   <title>残業200時間の世界</title>
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   <published>2009-04-09T03:54:44Z</published>
   <updated>2009-04-09T03:55:59Z</updated>
   
   <summary>仕事のことを考え出すと、頭が止まらなくなる。 もっと別な方法がないだろうか。 他...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[仕事のことを考え出すと、頭が止まらなくなる。

もっと別な方法がないだろうか。

他の資料も集めたい。

考えるだけでなく、その日じゅうに仕事を終わらせないと気が済まなくなってしまう。

こんなときは、勤務時間ではなく、自分の体力・知力を考えながらの仕事になる　ー。

クリエイティブの仕事をしている人には、仕事のことを考えるのが楽しくて仕方がないという人が多い。

だから、いつも仕事のことばかり考えている。

趣味の本を読んでも<span class="b green">「このブックデザインは何かに使えそうだ」</span>と考える。

いつも意識のなかで仕事のことを転がしているうちに、やっと1つ<span class="b green">「これだ！」</span>と納得できる結論が出てくる。

クリエイティブの仕事は、そんなに高給ではないし、思い通りに休みが取れるわけではない。

それでもみんな、これほどまで入れ込んで仕事をする。

仕事なんて楽しいわけない、とうそぶいている人にこそ、クリエイティブな仕事に携わる仕事に挑戦してみて欲しい

<span class="b blue">「仕事を楽しむ方法」</span>が、きっと見えてくる。]]>
      
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   <title>ＣＭディレクターの仕事</title>
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   <published>2009-04-08T16:06:22Z</published>
   <updated>2009-04-08T16:26:21Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 広告代理店から発注があったＣＭの演出コンテ作成から撮影、納品まで...</summary>
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         <category term="広告・広報の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


広告代理店から発注があったＣＭの演出コンテ作成から撮影、納品までの制作総監督。

編集作業やナレーション・音楽のデイレクシヨンもおこなう。

ＣＭの納品までは通常1ヶ月程度だが、プランニングからかかわることもあり、3ヶ月ほどの仕事になるという。

ＣＭディレクターのＮさんは<span class="b green">「昔のようにディレクターの個性でＣＭをつくる時代は終わった。</span>

<span class="b green">スタッフ全員のパワーを集めて、それを仕切っていくのがＣＭディレクターの仕事」</span>と強調する。


<h3>収入はいくら？</h3>


フリーのディレクターはＣＭ1本につき<span class="b">60万〜70万円</span>程度が相場。

なかには100万、150万円という人もいる。

しかし、1本あたりのギャラが高いディレクターには、制作依頼が少ないのが現状だ。

Ｎさんの場合は会社の規定による月給プラス作品手当がつく。

作品手当は1本つくるごとに<span class="b">5万〜10万円</span>が月給に加算される仕組み。


<h3>ＣＭディレクターになるには？</h3>


Ｎさんの仕事のような企画演出のセクションをもっている会社は東北新社のほか、電通ブロックス、葵プロモーション、太陽企画、ティー・ウイ・オー、ＣＭランドなど、広告制作会社のなかでも大手に多い。

「企画演出」としての募集のほか、まずは「制作進行」で採用、適性を見て企画演出にまわすこともある。


<span class="b green">「アルバイトでもいいから、この世界に入ることが大事。</span>

<span class="b green">最初の3年間は体当たりで仕事をする。</span>

<span class="b green">その間に自分のやりたいことや適性が見えてくる」</span>（Ｎさん）。]]>
      
   </content>
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   <title>システムエンジニア（ＳＥ）の仕事</title>
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   <published>2009-04-08T10:16:33Z</published>
   <updated>2009-04-08T10:29:22Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ ハードウエア（機械）とソフトウエアを組み合わせてコンピューター・...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


ハードウエア（機械）とソフトウエアを組み合わせてコンピューター・システムを設計する。

ＳＥが必要とされるのは、事務処理計算をはじめ、物理や機械・建築物を設計する科学技術計算、収集したデータを加工・分析して将来を予測する経営科学など、さまざまな分野がある。

コンピューターはソフトウエアのよしあしで決まるので、その開発にあたるＳＥの役割は重要だ。


<h3>収入はいくら？</h3>


ＳＥの月額基本給は、18歳（高卒）で<span class="b">18万円、</span>22歳（大卒）で1<span class="b">9万5,000円</span>（ともに未経験の場合）が平均といったところで、業界全体として給与の水準は高くない。

ＳＥのＴさん（30歳）の年収は約450万円ぐらい。

<span class="underline">ＳＥには残業がつきもの</span>なので、収入のうち残業代の占める割合が大きい。

新卒採用と中途採用の差がなく、年齢給より能力給が主流。

実力がモノを言う業界なので、ステップアップの一環として会社を変わる人も多い。


<h3>システムエンジニア（ＳＥ）になるには？</h3>


コンピューター業界は日進月歩。

新しい機能が続々登場しているので、ＳＥは常に勉強しなければならない。

ただし、コンピューターのことだけ勉強していては柔軟な発矧ま生まれてこない。

興味の対象は幅広く持っていた方がいいようだ。

Ｔさんは<span class="b green">「負けず嫌いで粘り強い奴はＳＥに向いている」</span>と言う。

勤務先としてはコンピューター製造・販売会社や情報処理サービス業をはじめ、航空会社といったところまでさまざまな業種がある。]]>
      
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   <title>シンガーの仕事</title>
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   <published>2009-04-08T02:47:45Z</published>
   <updated>2009-04-08T03:06:11Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 歌うのが仕事。 レコード会社や芸能プロダクションといった団体・事...</summary>
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         <category term="音楽関係の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


歌うのが仕事。

レコード会社や芸能プロダクションといった団体・事務所に所属していれば、仕事は得やすい。

とくに新入ほど、レッスンからレコーディングはもちろん、マスコミへの出演、広告宣伝など、会社がバックアップしてくれる。

フリーの場合は自分で仕事を開拓し、スケジュールや金銭的な面まで自分で管理しなければならない。

コンサートやテレビ番組など華やかなシーンの嚢には、地道な稽古やＰＲ活動が不可欠になる。


<h3>収入はいくら？</h3>


売れっ子になれば億単位の年収も夢ではないが、仕事がなければ年収数万円。

事務所に所属の場合は、<span class="b">固定報酬＋活動実績</span>に応じた額が一般的で、それにライブの観客動員数などが考課として加えられる。

ＣＭの仕事は、短時間で労力も少ない割にギャランティは高め。

たとえば1フレーズで5万円というオイシイ収入にはなるが、仕事としての魅力に欠ける。

シンガーのＨさんは月数回のライブ活動を中心に、教授活動としてボイストレーニングもやっている。

現在の年収は<span class="b">約500万円。</span>


<h3>シンガーになるには？</h3>


オーディションに応募したり、自分の作品を売り込んでレコード会社や芸能プロダクションと契約する。

あるいは、教授活動をおこなっている歌手へ弟子入りするという手がある。

養近は、市販の求人情報誌で歌手を募集する事務所も出てきた。

実力と運の両方が揃っていることが必要だろう。

Ｈさんは<span class="b green">「どんなにけなされてもやめないことが大事」</span>と励ます。]]>
      
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   <title>広告営業マンの仕事</title>
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   <published>2009-04-07T16:14:05Z</published>
   <updated>2009-04-07T17:00:14Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ クライアントのニーズを探り出して、自分の担当する広告を売り込むの...</summary>
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         <category term="広告・広報の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


クライアントのニーズを探り出して、自分の担当する広告を売り込むのが仕事。

具体的には、新聞やヒアリング、フットワークでまず情報を集める。

たとえば、広告営業マンのＯさんはかつて印刷会社に<span class="b green">「最近はどんな書籍を受注しているか」</span>を聞いたことがある。

生協とつり関係がよく出ているという話なので、さっそく生協に聞いてみたところ、生協が独自にブランド商品の開発や店舗販売の拡張に乗り出していることがわかった。

ということは、それに伴って新たな人材ニーズが生まれているはず。

こうした検証を丁寧に重ねて新たな営業先を開拓していく。


<h3>収入はいくら？</h3>


業種・性別によって多少の違いはあるが、平均月収は高卒18歳以上で18万円以上、短大卒20歳以上で<span class="b">19万5,000円。</span>

大卒22歳以上では<span class="b">20万円</span>となっている。

残業代は出ない場合が多い。

目標の売り上げ達成への報酬は会社の規模などによって違いがある。

規模の大きな広告代理店では、営業にかかる接待交際費をあらかじめ給与に含めて支給することもある。


<h3>広告営業マンになるには？</h3>


まず自分が何を営業したいのかをはっきりさせることが先決。

広告は大きく分類すると、テレビなどの電波を使ったものと、紙を使ったものに分かれるが、それぞれに求められる能力が違う。

前者の場合には、ひねりをきかせた企画力が必要だし、後者の場合は、フットワークとバイタリティが要求されている。]]>
      
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   <title>変化に対応出来ない中高年サラリーマン</title>
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   <published>2009-04-07T13:05:34Z</published>
   <updated>2009-04-07T13:25:13Z</updated>
   
   <summary>以前の記事で、「中高年サラリーマンよ。勝ち残るために自己革新と自立を目指せ」と提...</summary>
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         <category term="中高年・シニアがビジネス社会で生き残る為には" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[以前の記事で、<span class="b green">「中高年サラリーマンよ。勝ち残るために自己革新と自立を目指せ」</span>と提言した。

多くのサラリーマンの方々はおそらく、

<span class="italic">「そんなことはわかっている。</span>

<span class="italic">しかし、理想論だ。</span>

<span class="italic">実際に出来ることならばとうにやっている」</span>

と思われるに違いない。

ここでは、<span class="b f11em">「わかっていることが、何故出来ないか？」</span>について考えてみよう。


<h3>変化に対する共感性欠如とアレルギー</h3>


<span class="b green">「この会社に入れば、決められたことキチンと忠実にやっている限り自分の一生は保証される」、</span>

日本的経営はこうした寄らば大樹の陰という会社従属型社員集団をつくりだしてきた。

経済も市場も限りなく拡大しつづけるように見えていた。

会社も永遠の生命を持って発展しつづける。

業界は護送船団方式で戦略は横ならび。

社員は終身雇用・年功賃金という人事制度と企業内組合に守られている。

経営のやり方は全社員参画による意志統一。

協調重視の集団的チームワークが最も生産効率が高いとされた。

ここでは、企業も社員も、現在起こっているような大変革を予想しようともしなかったし、あえて変化を求めるような行動も排除された。

何故なら、何か違うものにチャレンジする、自己主張する社員はチームワークを最重視する会社という集団からは<span class="b red">異分子</span>として弾劾されたからである。

つまり、日本のこれまでの会社社会は<span class="b red">「出る杭は打たれる」</span>仕組みであったのである。


かくして、変化に鈍感であるか、あるいは変化を見ても見ないふりをする、変化にどう対処するか、その方法もわからない……、

即ち、<span class="underline">変化に対する共感性と免疫がないままに、会社も社員も現在の大変革の時代を迎える迎えることとなった</span>といえる。

中でも、順調すぎたともいえるサラリーマン生活をこれまで何十年も続けてきた中高年にとっては事態は深刻である。

これまで絶対大丈夫と信じていたサラリーマン社会が崩壊しようとしている。

まず第一には、リストラの嵐の中で早期退職優遇制度などで中高年社員に対する<span class="b red">肩たたき</span>が始まった。

会社は社員の面倒を一生みるという終身雇用制度を切り捨てようとしている。

先が見えない、この先どうしたらいいかという先行きに対する不安は高まるばかりである。

第二には、年俸制などインセンティブのある<span class="b">実力給の採用。</span>

集団協調主義からスタープレイヤー重視型の給与制度への転換であり、自分はどう行動するか、どう自己を主張するかがわからないし、またその自信もない。

予想だにしなかった会社とそれをめぐる環境の大変革に遭遇、戸惑い、不安、そして自信喪失の状況にあるのが、中高年サラリーマンの多くの現状といえはしまいか。


<h3>気がつけば、会社にとって不要の存在</h3>


気がつけば、時代に取り残され、ツブシの効かない、会社にとって不要の存在になっているのが、上述の変化に対する不感症サラリーマンの最終的な姿となる。

何故、こうなるか、もう少し分析してみよう。


<span class="b f11em">（１）　自分についての客観的評価が出来ない</span>

企業の人事は一般的に非公開。

中高年の場合は上役がどう自分を評価しているかあいまいにしたまま何十年も勤めてあげてきた。

例えば、事務系管理職は最も生産性が低いと企業は最近認識し始めた。

中高年ホワイトカラーはそこに気がついているだろうか。

給与に見合うだけの稼ぎをしているだろうか。

その一方、自分は会社のこれまでの発展に貢献した企業戦士だという栄光を自負、リストラがあっても自分だけはわが社に残れると考えている。

ある会社だけの、しかも過去の栄光は第三者からは全く評価されない。


<span class="b f11em">（２）環境変化への対応が消極的である</span>

わかりやすい事例でいえば、「ＯＡ機器アレルギー」。

パソコンと　聞いただけで若手社員、女子社員に委せるという逃げの姿勢になる。

環境変化に対する逃げの姿勢はビジネスマンの現役引退であることに気がつかない。


<span class="b f11em">（３）指示待ち人間として育っている</span>

中高年の多くは環境変化への対応は経営者の役割で、自分たちはその指示に基づいて行動すればいいという発想が根づいている。

トップや上司に対して十分にモノが言えず、主体性のない行動しか出来ない。


<span class="b f11em">（４）会社という温室に育ち、外に出る自信がない</span>

職業能力についてであるが、「社内でピカいちの能力だと思う人」は3％、これに「かなり力がある方だ」43％を併せると、社員の46％は社内での力に自信を持っている。

これが、異業種他社ではとなると26％、外資系会社ではとなると13％に落ちる。

<span class="b red">転職したくても　自信がない</span>ということである。

つまり、現代日本のサラリーマンの多くは「日本的経営システム」という温室の中で過保護に育っている。

会社の中では、ビジネスリーダーといわれる人といえども「温室の中でのお山の大将」といえるかもしれない。


<span class="b f11em">（５）能力再開発を逃げる</span>

中高年の多くは、自分の能力はすでにピークに達していると思っている。

だが、能力再開発を逃げる真因は別にあることが多い。

即ち、過去の実績への甘えであり、部下に対しては弱味を見せまいといる<span class="b red">見栄</span>である。

そして、追いつめられてやっと、ＯＡの勉強、転職のための能力再開発に取りかかる中高年が多い。


以上、変化に目をつぶり、時代に取り残され、能力再開発の負と自信を喪失している中高年サラリーマンが、今日の切迫した状況下でも数多く見受けられる。]]>
      
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   <title>劇団主宰の仕事</title>
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   <published>2009-04-07T09:38:45Z</published>
   <updated>2009-04-07T10:04:21Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 劇団のコンセプトづくりから芝居制作、運営まですべてを決める総責任...</summary>
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         <category term="映画・演劇の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


劇団のコンセプトづくりから芝居制作、運営まですべてを決める総責任者。

主宰者が演出と脚本を兼任するケースが圧倒的に多く、なかでも演出は主宰者が必ず担当する。

役者との仕事の違いは、稽古以外に脚本やコンセプトづくり、場合によっては公演のＰＲや運営の資金繰りといった制作の仕事まで兼任すること。


<h3>どんな仕事？</h3>


大半の小劇団では主宰者といえども役者同様、公演による収益は見込めない。

公演を1回打つのに、会場費やチラシの制作を含めて約200万〜300万円の出費がかかる。

観客動員数のひとつの壁といわれるのが3,000人だが、この数字を超えると個人的な持ち出しはなくなるという。

さらに1万人を超えれば、主宰はもとより中心の役者にギャラを支払うことができる。

『夢の遊眠社』や『第三舞台』など、動員数3万〜4万人の大きな劇団に成長すれば、テレビの出演料や雑誌の連載・著作の印税など、公演以外の収入が見込めるようになる。


<h3>劇団主宰になるには？</h3>


どういう芝居をやりたいのかをきちんと持っていることが第−の条件となる。

芝居づくりのなかでは、役者ではなく演出家を目指すことから始めるといい。

自分で脚本を書くことができれば、なおペスト。

役者をはじめ、脚本家、舞台美術、舞台照明などの幅広い人脈をもつことも必要となる。

現場を仕切る立場から、統率力が問われてくる。

始める劇団のコンセプトを固めたら後は役者やスタッフを集めて新たな劇団を旗揚げすべし。]]>
      
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   <title>パイロットの仕事</title>
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   <published>2009-04-07T01:08:37Z</published>
   <updated>2009-04-07T01:19:30Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 旅客や貨物を乗せた航空機を操縦する仕事。 機長（キャプテン）は航...</summary>
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         <category term="旅行・レジャー関連の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


旅客や貨物を乗せた航空機を操縦する仕事。

機長（キャプテン）は航空機の操縦など、飛行についての全責任を負い、他の乗務員の指趣監督をおこなう。

パイロットは出発前にディスパッチャー（運行管理者）とその日の飛行プランを慎重に検討し、立案する。

ディスパッチャーが収集した航路の気象データをもとに、最も安全で経済的に飛行できる航空路を選択し、飛行高度や飛行速度、燃料の量などを決定する。


<h3>収入はいくら？</h3>


一般にパイロットは他の職業に比べて高給だといわれているが、基本賃金を比較する限り、同じ航空会社の地上職や客室乗務員と大差はない。

高給だといわれるのは、給与が基本賃金と乗務手当から成っているため。

給与のうち乗務手当が約半分を占めており、時間あたりの乗務手当額（単価）に乗務時間をかけた金額が支給される。

乗務手当の単価は、機長か副操縦士かによって、また乗務する機種によっても異なる。


<h3>パイロットになるには？</h3>


飛行機の操縦をするためには、<span class="underline">まず運輸省航空局が実施している国家試験に合格して、技能証明書（ライセンス）を取得する必要がある。</span>

さらに実際にパイロットとしての業務に就くには、技能証明書に加えて、航空法に定められた数々の資格や証明を取得しなければならない。

どのような緊急事態に遭遇したときでも機内外の状況を冷静に判断し、車も適切に対処できる能力が、適性としてきわめて重要視される。

定期航空会社のパイロットの年齢は機長で40歳代後半、副操縦士で38代後半が平均的。]]>
      
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   <title>インテリアコーディネーターの仕事</title>
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   <published>2009-04-06T18:40:23Z</published>
   <updated>2009-04-06T18:54:30Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 住む人、使う人の立場にたって、快適な住空間を提供する仕事。 その...</summary>
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         <category term="趣味関連の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


住む人、使う人の立場にたって、快適な住空間を提供する仕事。

そのために一般住宅やオフィスの新築・増改築、モデルルームなどにおいて、内外装のプランニングから施工管理までをおこなう。

水道や電気の配線なども関係するため、建築の知識が必要。

そのうえで、モノ選びといったデザイン能力が要求される。

一般に言う『インテリアデザイナー』という資格はなく、『インテリアコーディネーター』（通産省認定）もしくは『インテリアプランナー』（建設省認定）の資格を取得して仕事をする人が多い。

後者はやや難関で、資格取得者は男性の割合が高い。


<h3>収入はいくら？</h3>


手がける物件の規模や内容によって異なる。

キャリア10年のインテリアコーディネーターのＯさんは現在、契約社員とフリーランスで1年間にかなりの物件をこなし、<span class="b">年収約500万円前後</span>という。

建築業界なので、一人前と認められるまでは時間がかかり、収入も低目。

会社によっては資格手当を支給するところも多い。


<h3>インテリアコーディネーターになるには？</h3>


通産省認定の<span class="b blue">『インテリアコーディネーター資格』</span>を取得した方がいい。

この試験は毎年10月頃、インテリア産業協会によって実施され、受験資格は25歳以上。

インテリアコーディネーターのための養成講座をもつ専門学校も多いが、学校選びは慎重にすべきとＯさんはアドバイスする。

<span class="b green">「なかには、単なるカルチャーセンターのレベルの講座もあります。</span>

<span class="b green">インテリアといった見栄えよりはむしろ、建築・設計の知識を学んでおいた方が役に立ちます」。</span>]]>
      
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   <title>振付師（コリオゲラファー）の仕事</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/work_related_to_public_entertainments/%e6%8c%af%e4%bb%98%e5%b8%ab%ef%bc%88%e3%82%b3%e3%83%aa%e3%82%aa%e3%82%b2%e3%83%a9%e3%83%95%e3%82%a1%e3%83%bc%ef%bc%89%e3%81%ae%e4%bb%95%e4%ba%8b.html" />
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   <published>2009-04-06T10:32:57Z</published>
   <updated>2009-04-06T10:35:31Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ オリジナルの踊りをつくり出し、出演者に教える。 ときには振付師自...</summary>
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         <category term="芸能関係の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


オリジナルの踊りをつくり出し、出演者に教える。

ときには振付師自身が踊る場合もある。

ひと口に<span class="b">「踊り」</span>といっても、いろいろな条件がついている。

このため、撮影の期限や相手の能力といったことを考慮しながらつくらなければならない。

振付師が活躍する現場としては、ＣＦの撮影やライブ・舞畠などが中心。

テレビでは音楽やバラエティーといった番組が多い。

そんなに多くはないが、映画監督によっては映画の撮影のなかで役者にポーズをつけるのに、振付師を必要とする場合もある。


<h3>収入はいくら？</h3>


制作現場の予算哲理は現場にいるプロデューサーやディレクターがおこなっている場合が多く、ギャランティ（報酬）はそこでマネージャーが交渉して決める。

マネージャーがいなければ、自分で直接交渉することになる。

そもそもＣＦやライブなどの制作費用がさまざまなので、振付師のギャランデイには明確な事準や相場がない。

「予算に応じて」というのがひとつの目安となっている。


<h3>振付師（コリオゲラファー）なるには？</h3>


芝居の舞台などで活躍する振付師と、竹下宏太郎さんのようなマスコミ業界の振付師とでは若干の違いがある。

舞台の場合は、ダンサースクールを経て振付師に転向するケースなどが多いという。

マスコミ業界へ入るためには、実力だけでなく人脈や運も必要だ。

何もないという人は、すでに独立して活躍している振付師のもとへ弟子入り志願をしてみるのもひとつの方法。]]>
      
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   <title>ボディワーカーの仕事</title>
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   <published>2009-04-05T23:55:30Z</published>
   <updated>2009-04-06T00:26:13Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ ボディワークは治療行為ではない。 自分の肉体を使ったワークを通じ...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


ボディワークは治療行為ではない。

自分の肉体を使ったワークを通じて、人々の意識を心や体のより健康な状態へと向けていく仕事。

日本で現在おこなわれている深部組織マッサージは主に『シンインテグレーション』『ロルフィング』『ヘラーワーク』の3つ。

シン・インテグレーションでは、1人のクライアントに対して1時間半〜2時間のセッションを週1回程度のペースで合計10セッションおこなう。

最初に職業や家族構成、病歴などの問診をおこない、各セッション終了後は当日の感想を聞く。

あまり根をつめてワークをおこなうと集中力が衰えるため、<span class="b green">「1日あたりのクライアント数は3人程度が理想」</span>（ボディワーカーのＳさん）。

自分の心身の状態をキープするためには、普段からストレッチングや瞑想を欠かすことができない。


<h3>収入はいくら？</h3>


施術するクライアントの数によって収入は変わってくる。

Ｓさんの場合は1セッションが<span class="b">1万2,000円、</span>1日3人のペースで年収は<span class="b">800万〜900万円。</span>

ボディワーカーの年収としてはこれが相場だが、マーク・カフェルのように1日10人のクライアントを相手にする人もいるから一概にはいえない。


<h3>ボディワーカーになるには？</h3>


その道の第一人者から施術者養成のトレーニングを受ける必要がある。

これまでにマーク・カフェルとジョセフ・ヘラー（ヘラーワーク）が釆目したが、今後の来日は未定。

ロルフィングについては、アメリカ・コロラド州のロルフ研究所でトレーニングが継続しておこなわれている。]]>
      
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   <title>資格取得の経済効果は長い目で</title>
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   <published>2009-04-05T17:12:53Z</published>
   <updated>2009-04-05T17:27:38Z</updated>
   
   <summary>資格取得、即収入アップとはならない。 中高年ホワイトカラーに比較的人気がある中小...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[<span class="b">資格取得、即収入アップ</span>とはならない。

中高年ホワイトカラーに比較的人気がある<span class="b">中小企業診断士、弁理士、税理士、社会保険労務士、技術士</span>の資格取得者に対して、「ライセンス資格試験フォーラム」がアンケート調査を行っている。

その回答者56名中、取得後年収が上がったとするのはわずか12名。

変わらないが38名、下がったが4名で、目先の収入増はあまり期待出来ないという結果になっている。

一方、資格取得に関わる費用は、試験が難しくなり競争も激化したこともあって、増加する傾向にある。

最近では独学が例外的になり、通信教育だけでなく学校に通うケースが増えている。

一般的には学費だけで20万円、資格によって100万円以上になることが多い。

したがって資格取得の経済効果は目先で考えずに長い目でみる必要がある。

また、資格取得が独立に直結するかといえば、必ずしもそうではない。

中小企業診断士合格者のうちで独立しているのは10％、そのうち年収1,000万円以上はそのまた10パーセントと厳しい状況。

さらに、この中小企業診断士と社会保険労務士の場合はコンサルタント事務所等から求人も少なく状況は厳しい。

弁理士、税理士、技術士については特許事務所、税務会計事務所、技術コンサルタント会社等からの求人もそこそこあるといわれる。

そこで経験を積んでから独立も出来る。

独立して成功するかどうかは、まさに本人の努力と能力によるといえる。


<h3>役に立つ資格のいろいろ</h3>


参考までに、中高年サラリーマンにとって将来役に立ちそうな資料のいろいろを整理してみた。

一つは取得パターン別資格分類であり、もう一つはホワイトカラー対応の資格分類である。

まず、取得パターンを、「取得難度」別にみると次のようになる。

<span class="b">（１）　学歴・職歴・実務経験がなくても講習を受けるだけでとれる</span>……防火管理者、小規模ボイラー取扱者などが主に技術・技能系

<span class="b">（２）　一定の実務経験があれば講習を受けるだけで取れる</span>……昇降機検　査資格者、食品衛生管理者、林業技師など主に技術・技能系

<span class="b">（３）　仕事に関連する資格の取得</span>……自動車整備士など自動車・運輸関連、電気主任技術者など技術系、建築士など建築・不動産系、情報処理技術者等々

<span class="b">（４）　比較的簡単に取れる資格</span>……宅地建物取引責任者、簿記検定、ワープロ技能検定など

<span class="b">（５）　かなり難しい資格</span>……公認会計士、弁理士、行政書士などそのほか、特定目的別にみると、趣味が活かせる資格、スポーツ・レジャーに関連する資格もけっこう多い。]]>
      
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   <title>コピーライターの仕事</title>
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   <published>2009-04-05T13:24:28Z</published>
   <updated>2009-04-05T13:31:04Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ テレビやラジオ、新聞・雑誌、ポスター、電車の中吊り、チラシ、パン...</summary>
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         <category term="広告・広報の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


テレビやラジオ、新聞・雑誌、ポスター、電車の中吊り、チラシ、パンフレットなど、すべての広告媒体において「言葉」をつくり出す仕事。

テレビＣＭならタレントのセリブはもちろん、ナレーションもつくる。

活字媒体ならキャッチコピーやサブコピー、ボディコピーに加えて、スローガンやスペックなどを考えることもある。


<h3>収入はいくら？</h3>


宣伝会議が出している『ＡＤＭＥＮＵ93〜94広告作業価格茎準』によると、広告制作会社が一般新聞の全15段（1ページの全面広告）のコピーをつくった場合、

Ａランクが<span class="b">10万円以上、</span>

Ｂランクが<span class="b">25万円程度、</span>

Ｃランクが<span class="b">30万円以上</span>となっている。

この料金は制作会社に対しておこなったアンケートの結果、比較的多かった金額の代表的数値だという。

たとえばコピーライターＩさんのように有名で、個人事務所をもっているコピーライターになると、ひとケタ違ってくるとも言われている。


<h3>コピーライターになるには？</h3>


<span class="b">・コピーライターに弟子入り</span>

<span class="b">・広告代理店に入社してクリエイティブ局に配属される</span>

<span class="b">・広告制作会社に入社する</span>


などが主な方法だ。

宣伝会議が主催するコピーライター養成講座はこれまで多くのコピーライターを生んでいる。

個人でも参加できる朝日広告賞や毎日商業デザイン賞、宣伝会議賞などに応募して受賞すれば、道はかなり広がってくる。

新聞広告のコピーの部分を切り取って、自分でコピーを考えてみるのも良いトレーニングになる。]]>
      
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   <title>留学カウンセラーの仕事</title>
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   <published>2009-04-05T09:02:58Z</published>
   <updated>2009-04-05T09:08:11Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 留学やワーキングホリデーのカウンセラーの仕事は大きく分けて （１...</summary>
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         <category term="旅行・レジャー関連の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://xn--u9j9eoc0dvlq51n3sapsv83ieh0k.jp/">
      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


留学やワーキングホリデーのカウンセラーの仕事は大きく分けて


（１）カウンセリングと電話による問い合わせの対応

（２）日本各地での説明会の企画・運営

（３）現地の学校や航空チケットなどの手続き業務　−　の3つ。


ジオ・クラブ留学情報センターやＩＣＳ（国際文化交流センター）、毎日コミュニケーションズなどの大手はガイドブックを発行しているので、編集作業も加わってくる。


<h3>収入はいくら？</h3>


一般の旅行関連会社の社員と同等と考えていい。

ちなみに留学カウンセラーののＫさんの場合は33歳の時点で、基本給が額面で<span class="b">約29万円。</span>

残業は平均すると月20〜30時間ほどで、残業代は全額支給される。

これに住宅手当などの諸手当が加わる。

Ｋさんの会社は<span class="b green">「福利厚生や諸手当の面で恵まれている」</span>とのこと。

なかには個人でガイドブックを執筆しながら、有料でカウンセリングをおこなっている人もいる。

その料金は<span class="b">数千円から1〜2万円</span>まで幅広い。


<h3>留学カウンセラーになるには？</h3>


新卒の募集はほとんどしていないので、ガイドブックやパンフレットを出している会社に直接コンタクトをとるといい。

新聞・雑誌などにも不定期ながら求人広告が出ることもある。

留学や海外生活の経験は不可欠。

英検のレベルやＴＯＥＦＬのスコアで採用が決まることはないが、簡単なビジネス・トークができる程度の英語力は欲しい。

採用面接もおこなうＫさんは、<span class="b green">「どんな興味をもって海外で何をしてきたかを問う」</span>と話している。]]>
      
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   <title>作詞家の仕事</title>
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   <published>2009-04-05T03:11:10Z</published>
   <updated>2009-04-05T03:37:41Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 最近は曲に詞をつける「曲先」が主流となっている。 映画やテレビド...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


最近は曲に詞をつける「曲先」が主流となっている。

映画やテレビドラマを見たり、小説を読んで、さまざまな愛や友情、家族関係の形をインプットしておくことが仕事として大切になる。


<h3>収入はいくら？</h3>


1曲に対する制作印税は小売り価格の6％と決められており、それを出版社、作曲家、作詞家の3者で分けることになる。

ただし、3者で分ける割合に規定はなく、個別の契約に基づいている。

一般的には3分の1から4分の1が作詞家の取り分。

制作印税はだいたい1曲20円ぐらいなので、作詞家に入る印税は<span class="b">3〜4円</span>が相場だ。

仮に100万枚売れれば、1曲<span class="b">300万円〜400万円</span>の収入となる計算だ。


<h3>作詞家になるには？</h3>


デビューの仕方に大きく分けて3つの方法が考えられる。

1つは、<span class="underline">レコード会社のプロデューサーやディレクターあてに作品を送って認められる方法。</span>

制作サイドでも、常に新しい才能を開拓しようとしているため、送られてくるものには、よく目を通している。

これには作曲家志望は多いが、作詞家志望は比較的少ないという業界事情もある。


2つ目は、<span class="underline">ミュージシャンを抱えている音楽事務所に所属してそこから仕事をもらう。</span>


3つ目は、<span class="underline">専門雑誌や協会が主催する寅に応募して受賞する方法だ。</span>

日本作詞家協会は新人発掘を目的に、年1回作詞作品を一般公募している。

受賞作品は必ず曲になって発売されるため、ひとつの登竜門になっている。]]>
      
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   <title>スタイリストの仕事</title>
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   <published>2009-04-04T12:21:42Z</published>
   <updated>2009-04-04T12:25:28Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ テレビドラマやＣＦ、雑誌のグラビア、ポスターなどの制作スタッフと...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


テレビドラマやＣＦ、雑誌のグラビア、ポスターなどの制作スタッフとして、洋服・小物の選択とコーディネート、着こなしのアドバイスなどをおこなう。

撮影のコンセプトを理解したうえでのコーディネートや、撮影当日までにすべての準備を整えておくことが重要になる。


調度品の調達などもスタイリストの仕事に含まれる。

かつては広告制作会社の1セクションにスタイリストが組み込まれていることが多かったが、現在は専門の事務所に所属したりフリーで仕事をしている人が多い。


<h3>収入はいくら？</h3>


収入は通常、1着のコスチュームのコーディネートが基準になるという。

ＣＦ撮影で1コスチューム<span class="b">10万〜15万円程度。</span>

グラフィックで同じく<span class="b">5万〜10万円</span>になる。

スタイリストのＡさんはこれまで最高で週11本の仕事を抱えたことがある。

撮影用に借りてきた家具にキズをつけると個人で弁償することもあるし、気に入った衣装はこれから何かの機会に利用できるかもしれない、と自分で買い取ることも多いという。

<h3>スタイリストになるには？</h3>


アシスタントとして早く現場に出ていくのが近道。

撮影には通常、1人から2〜3人のアシスタントがつくので、その需要はある。

服飾学校のスタイリスト課は就職に向けてのキャリアとして考えたい。

学校で基礎を学んで実践に応用、アシスタントとして自分からアタックしていくことが大事、とＡさんは言う。

優秀なスタイリストに仕事が集中するので、仕事の多いスタイリストを選んでアシスタントになるといい。]]>
      
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   <title>芸能リポーターの仕事</title>
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   <published>2009-04-04T05:00:53Z</published>
   <updated>2009-04-04T05:23:53Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ ニュースやワイドショーといったテレビ番組では、放送する情報に確度...</summary>
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


ニュースやワイドショーといったテレビ番組では、放送する情報に確度や裏付けが必要となる。

そのために現場や関係者を取材して報道するのがリポーター。

事件が起きれば昼夜問わず、帰宅した途端に呼び戻されることもザラという。

芸能リポーターの場合は、まず芸能デスクカ憫報収集をおこない、ネタを選別する。

そのネタについて現場を仕切る取材ディレクターやカメラマンなどのクルーと一緒に取材に行く。

情報の早さや確実性が勝負になる仕事だ。

芸能デスクやスタッフとの信頼関係や連携プレーが重要になる。


<h3>収入はいくら？</h3>


ギャランティは取材する内容や時間といった難易度や仕事量に応じて変わり、番組を放送するテレビ局との契約で決まってくる。

芸能リポーターのＭさんは<span class="b green">「同年代のワーキングウーマンよりちょっと多いぐらいの年収」</span>だと笑う。


<h3>芸能リポーターになるには？</h3>


リポーターの場合、テレビ局の社員よりもフリーランスや芸能プロダクションに所属しているケースが多い。

タレントや落語家と兼業している人もいるが、ほとんどの人はリポーター専門。

最近は若手の人材が少なくなっている。

リポーターは話し方はもちろんだが、物事をいかに感じるかが問われる。

大切なのはハートだ。

不規則でハードな仕事なので、健康で体が丈夫であることが第1条件。

事件が起きたらすぐに出動できる行動力も大事。

女性の場合、お化粧を気にしている暇などないという。]]>
      
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   <title>医師の仕事</title>
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   <published>2009-04-04T00:59:30Z</published>
   <updated>2009-04-04T01:11:57Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 体と病気について熟知した人が、他人の病気を治す仕事。 医師には人...</summary>
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         <category term="医療関連の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


体と病気について熟知した人が、他人の病気を治す仕事。

医師には人間への関心はもちろん、生命の尊厳を重んじる感性や畏怖の念が求められてくる。

最近は女性医師の増加や、予防医学へのシフトなど、新しい傾向もいくつか見られる。


<h3>収入はいくら？</h3>


勤務の形態や病院の種類によって異なる。

勤務医（パート）の給料は、時給に換算すると<span class="b">1万円</span>ぐらいが相場。

常勤医は少し安くなり、中堅規模の病院の院長クラスで<span class="b">年収1,500万円程度。</span>

大学病院の研究医などは「無給職員」と呼ばれ、関連病院や診療所、クリニックなどへ出向のようなかたちで出向いたり、当直を担当するなどして収入を得る。

当直は通常1日で数万円になるが、土曜日から月曜日の朝までやって10万円ぐらいになることもあるという。

すべての治療行為は「保険点数制度」によって、その範囲や収入枠が限定されている。

保険点数は、たとえば風疹の免疫学的検査が100点、血液型検査が30点などと決まっており、診察料は1点あたり10円。


<h3>医師になるには？</h3>


大学の医学部か医科大学で6年間の教育を受けたうえで、毎年5月におこなわれる<span class="underline">医師国家試験に合格することが最低条件。</span>

大学の学費は他の学部に比べて断然高いため、経済的に余裕がある人でなければ医師になるのは難しい。

文部省の私学助成課によると、私立大学の医学部で初年度にかかる学費の平均は、

入学金106万0,307円、

授業料244万4,736円、

施設設備費91万7,581円で合計442万2,624円。]]>
      
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   <title>劇作家の仕事</title>
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   <published>2009-04-03T12:03:42Z</published>
   <updated>2009-04-03T12:26:13Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 芝居の脚本を書く仕事。 脚本の個性が劇団のカラーや方向性を決めて...</summary>
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         <category term="映画・演劇の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


芝居の脚本を書く仕事。

脚本の個性が劇団のカラーや方向性を決めてしまうことも多い。

劇作家が大御所の場合はそのまま上演されるが、ほとんどの芝居は稽古の過程で、役者のキャラクターに合わせてセリブやストーリーの一部が変更される。

このため、脚本を書くだけではなく、稽古の革初から最後まで参加することもある。


<h3>収入はいくら？</h3>


小劇団に所属する劇作家の場合、最初はほとんど収入がない。

多くの場合、バイトで月々の生活費を稼ぎながら芝居を続けていく。

一般誌や女性誌にエッセイや評論などのレギュラーページをもてば、<span class="b">年収400万〜500万円</span>ぐらいになることも。

中堅劇作家のなかには<span class="b">年収700万〜1,000万円程度</span>を稼ぐ人もいる。

原稿料の相場は400字詰め原稿用紙1枚分が一般誌や女性誌で<span class="b">7,000〜8,000円。</span>

大御所になると<span class="b">同1万〜2万円。</span>

演劇専門誌は安く、<span class="b">1本の原稿で1,500〜2,000円。</span>

上演された戯曲には本来、1舞台10万円程度の著作料が支払われることになっているが、現実にはクレジットが入るのが精一杯という。


<h3>劇作家になるには？</h3>


最初から劇作家を目指す人はほとんどいない。

芝居をやりたいという思いが先にあり、その延長線上で脚本、演出、制作と自然に役割が決まってくる。

劇作家に与えられる数少ない賞のひとつ、岸田國士戯曲賞にしても、上演された作品のみに限られている。]]>
      
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   <title>広告ディレクターの仕事</title>
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   <published>2009-04-03T05:24:53Z</published>
   <updated>2009-04-03T05:50:26Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 企業の採用戦略を提案して採用パンフレットなどのコミュニケーション...</summary>
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         <category term="広告・広報の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[

<h3>どんな仕事？</h3>


企業の採用戦略を提案して採用パンフレットなどのコミュニケーション・ツールを制作する。

広告ディレクターのＩさんは現在、銀行や証券会社など3〜4社を担当している。

<span class="b green">「『採用』は企業にとって最大の経営課題だし、『仕事』は人間の根源的な問題。</span>

<span class="b green">採用コミュニケーションは一般の広告と比べると、間口は狭いが奥が深いと思う。</span>

<span class="b green">そこが、この仕事の面白さであると、自分で整理できたのは最近のこと」</span>（Ｉさん）。


<h3>収入はいくら？</h3>


クリエイティブのギャラの目安は、Ｉさんいわく、<span class="b green">「一般の広告より安く、出版の編集関係よりは高い」</span>とのこと。

<span class="b green">「バブルの頃はフリー・ディレクターの年俸に置き換えると、2,000万〜3,000万円くらいの仕事をこなしていた」。</span>

ちなみに、100ページ前後でオール4色の入社案内を2、3万部制作すると、完成度の高いものだと<span class="b">7,000万〜8,000万円</span>かかるという。


<h3>広告ディレクターになるには？</h3>


<span class="b green">現在の会社に入る前にいたクリエイティブエージェンシーが自分の学校だった気がする。</span>

<span class="b green">特別な先生や師匠はいなかったが、同じような仲間が集まって、競争しながらコピーライティングやプランニングの勉強をしていた。</span>

<span class="b green">昼間は打ち合わせや取材、会社に帰って原稿や企画書を書いて夕方から飲み始める。</span>

<span class="b green">夜中まで仕事をして会社に泊まり、次の日プレゼンに行く　−　20代や30代の前半は、こんな毎日だったけど、それほどシンドイと思ったことはない」</span>（Ｉさん）。]]>
      
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   <title>ツアーコンダクターの仕事</title>
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   <published>2009-04-03T01:30:56Z</published>
   <updated>2009-04-03T01:51:26Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ ツアーに添乗して、旅行の日程や進行管理、お客の誘導をおこない、と...</summary>
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         <category term="旅行・レジャー関連の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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<h3>どんな仕事？</h3>


ツアーに添乗して、旅行の日程や進行管理、お客の誘導をおこない、ときには通訳やガイドも兼ねる。

ひと言でツアーコンダクターといっても、旅行会社の社員として企画の立ち上げから、客を集めて添乗までする場合と、ツアーコンダクターの派遣会社に所属し、添乗業務だけを専門におこなう場合の2通りがある。

1回のツアーにはだいたい25人ぐらいのお客が参加し、添乗員1人がつく。

期間は1回につき2週間ぐらい。

ツアーコンダクターのＳさんの場合、最初の1〜2年間は年間210日もツアーに出ていたという。

いまは同100日ぐらいが添乗に割り当てられている。


<h3>収入はいくら？</h3>


旅行会社の社員の場合、基本的には社内規定に準じているが、ツアー中は1日あたり5,000円程度の添乗手当がつく。

派遣会社に所属して仕事を受ける場合は、その人のキャリアにもよるが、1日あたり国内で<span class="b">7,000〜16,000円、</span>海外で<span class="b">8,000〜22,000円</span>が日当として支払われる。


<h3>ツアーコンダクターになるには？</h3>


旅行会社に入社するか、ツアーコンダクター専門の派遣会社に所属する。

いずれにしても英検2級以上、もしくはそれと同レベルの英語力が必要となる。

派遣会社に所属する場合は、まず面接を受けて登録を済ませ、10日間ぐらいの研修を受ける。

その後、社団法人日本添乗サービス協会が認定する『旅程管理者』の資格を取得してから仕事を始める。

実際のツアーでは、「判断能力」「誠実性」「迅速性」「演出力」などが要求される。]]>
      
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   <title>プレス（宣伝・広報）の仕事</title>
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   <published>2009-04-02T14:32:55Z</published>
   <updated>2009-04-02T14:45:13Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ ブランドのイメージを伝える仕事。 プレスとして働いているＴさんの...</summary>
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         <category term="ファッション関係の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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<h3>どんな仕事？</h3>


ブランドのイメージを伝える仕事。

プレスとして働いているＴさんの場合は、雑誌への洋服の貸し出し、ＤＭや広告の制作、展示会やファッションショーの企画・実施など、幅広くおこなっている。

Ｔさんはバーニーズ本店との会議や交渉のために、年に数回、海外へ出張している。

<span class="b green">「広報や宣伝をする立場としこ　ほかの誰よりもバーニーズを理解しているという自信がある」</span>（Ｔさん）。


<h3>収入はいくら？</h3>


大手メーカーの初任給は大卒で<span class="b">月20万円、</span>短大・専門学校卒で<span class="b">16万円程度。</span>

一般企業のサラリーマンと大差はない。

ただし、自社ブランドの顔として服装にも気を遣うし、自分自身への投資によってセンスが磨かれていくので、それなりに出費はかさむ。

Ｔさんも昔から洋服や遊びなどには惜しまずお金をかけてきたという。

収入と自分にかける費用が見合っているかどうか、その判断は難しいところ。


<h3>プレス（宣伝・広報）になるには？</h3>


プレスになるための特別な勉強は必要ないが、センスのいいお店を探したり、美しいものを見たりして、常に感性を磨いておくこと。

宣伝や広報の基本的な役割を理解することも大切。

ファッション業界は華やかな半面、自分をしっかりもたなければ、見かけやトレンドに惑わされてしまう。

自分の好きなもの、嫌いなものをはっきりと判断できる目を養うことが必要だ。

<span class="b green">「そのブランドのプレスを務めるからには、自社の洋服をカツコよく着こなす努力は欠かせません」</span>（Ｔさん）。]]>
      
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   <title>看護士（婦）の仕事</title>
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   <published>2009-04-02T07:44:16Z</published>
   <updated>2009-04-02T08:08:00Z</updated>
   
   <summary> どんな仕事？ 病棟勤務では16〜20人のチームを組み、交替で24時間体制の看護...</summary>
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         <category term="医療関連の仕事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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<h3>どんな仕事？</h3>


病棟勤務では16〜20人のチームを組み、交替で24時間体制の看護にあたる。

Ｔさんの場合は、（１）8時〜16時（日勤）（２）15時30分〜23時（準夜勤）（３）22時30分〜翌朝8時30分（深夜勤）という3種類のローテーションをこなしている。

準夜勤と深夜勤には手当がつき、4遇6休といったかたちで休みをとる。

人の命を預かる緊張感に加えて、担当患者が亡くなるなどの辛い場面も多く、一般に看護婦のストレス度は高い。

同僚のサポートや、患者の家族から受ける感謝の言葉が励みになる。


<h3>収入はいくら？</h3>


（社）日本看護協会がまとめた調査によると、高校卒業後に3年課程の養成所を卒業した看護婦の平均初任給は基本給が<span class="b">16万4,470円、</span>平均税込給与が<span class="b">21万8,400円</span>となっている。

ちなみに都道府県別で平均税込給与が最も高かったのは、愛知県の<span class="b">24万0,380円。</span>

夜勤1回あたりの平均手当は準夜勤が<span class="b">2,875円、</span>深夜勤が<span class="b">3,499円</span>だった。

婦長や主任になると、このほかに管理職手当がつく。


<h3>看護士（婦）になるには？</h3>


高校卒業後の進路には大きく分けて次の3つかある。


（１）4年制の看護大学

（２）3年制の看護短大

（３）3年課程の看護婦学校（＝専修学校）。


いずれも卒業後、3月に看護士の国家試験を受けて合格すれば、看護婦免許が得られる。

特定の病院や医療施設とのかかわりをもつ学校が多いので、勤務先の病院を念頭に置いて学校を選ぶべきだろう。]]>
      
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   <title>中高年ホワイトカラーが生き残る方法</title>
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   <published>2009-04-02T02:36:09Z</published>
   <updated>2009-04-02T02:37:37Z</updated>
   
   <summary> 人材流動化時代が始まったというが…、 日本的雇用システムが大きくゆらぐと共にサ...</summary>
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<h3>人材流動化時代が始まったというが…、</h3>


日本的雇用システムが大きくゆらぐと共にサラリーマンの会社への帰属意識はうすれ、転職志向は高まっている。

しかも、労働市場においても人材の流動化が着々と進んでいる。

しかし、中高年層の転職にあたっては、人材流動化の恩恵を受けるには<span class="b red">大きな壁</span>がある。


<h3>中高年にも高い転職志向</h3>


40歳以上の男子社員の4人に1人が「会社への帰属意識が薄れている」。

これは、日本経済新聞社が主要企業男性社員を対象に行ったアンケート調査の結果である。

「バブル崩壊前と比べ会社への帰属意識は変わったか」との質問に対し、3人に1人の35％が「今まで通り」としているが、「薄れた」とするものも5人に1人の19％いる。

こうし