社外の人脈を大切にする
効率と要領のよすぎるサラリーマンは、かえって限界がある。
自分の伸びるフィールドを狭め、窒息状態に陥ってしまう。
いざというときの対応もできない。
サラリーマンにとって、未来とは現在である。
未来とは空想の産物でもなければ、ただ漫然と待っていれば姿を現すものでもない。
いつかやってくるものと待っていれば、ただ空しく時間だけが過ぎていく。
時代に取り残されていく。
平たく言えば、いま現にやっていることのなかにしか未来はない。
それも、いまはムダと思えるようなもののなかにしか未来は期待できない。
未来を求めるならば、一刻も早く「ムダで終わる覚悟を持った現在」を作るしかない。
遊びもし、よけいな勉強もし、会社以外のいろいろな人間関係を持つことは業務には直接跳ね返ってこないかもしれない。
しかし、それをやっている人だけが初めてそれによって伸びることができる。
同じことを懸命にやっているだけでは、進歩はない。
発想を変え、新しい知恵を生み出すことが大事である。
新しい知恵や創造性は、思考や価値観の対立からしか生まれてこない。
同じ考え、同じ知識、同じ気分のサラリーマン同士が集まって、「キミもそう思うか。実はオレもそうだ」などとマスターベーションをやっているようでは、とてもクリエイティブなのびやかな発想など生まれてこない。
情報の相互確認からは、発想の芽は生まれない。
創造性のベースになる情報とは、二つ以上の違った意見である。
二つ以上の情報がぶつかることによって、新しい視点や新しい発見が得られ、創造性が刺激される。
そこで重要になるのが、会社を超えたヨコの人脈、外部のネットワークである。
一般的に言って、サラリーマンは、ヨコの人脈づくりが苦手である。
ヨコの人脈とは、一人前の社会人としての人間関係だから、あくまでギブ・アンド・テイクの部分を持つ。
ここが昔の学生仲間や地域の仲間、会社の同僚や上司、部下のようななじみの人間関係とは根本的に違うところだ。
いままでのサラリーマンは、社内にどれだけ自分の応援団を持っているかが大きな勝負だった。
ムラ社会の出世競争だから、上を向き、下を懐柔し、ヨコと手をつないできた。
悪く言えば、実力競争ではなく、気配りと人気競争、人格競争だけをやっていたような気がする。
これもすべて否定するわけではないが、その努力の半分を社外へ向けてみてはどうだろうか。
これからのサラリーマンの器量の一つは、会社の外部にどれだけ自分の応援団を持っているかである。
外部に確かな人脈とネットワークがあると、自信を持っているサラリーマンもいる。
しかし、会社を出たとたん、頼りにしていた人脈が意外になかったケースも多い。
それは、個人の魅力と会社の看板を錯覚し、ヨコ人脈の本質を見誤っていたためである。
とくに大企業の部長クラスあたりに、そうした非喜劇がきわめて多い。
大変な仕事の人脈があるように思っていざ独立してみると、それが大いなる錯覚であったという例は枚挙にいとまがない。
情報を取るためには、与える情報を持っていないとならない。
人脈を広げようと思ったら、自分に魅力がないとならない。
そのためにも、「自分のため」ということをもっと大事にすべきである。
人脈を広げるためにも、日常的に自分に魅力をつける努力をしないとならない。
それがひいては会社のため、家庭のためにもなると逆発想していくべきである。
「滅私奉公」から「活私活業」へと、発想を変えないといけない。
そこで私は、45歳ぐらいから、会社の肩書きなどとはいっさい関係のない名刺を持つことを勧めている。
個人の名刺でどこまで通用するか、一つ実験してみるのだ。
最初は見向きもされないかもしれない。
しかし、そこでメゲてはいけない。
それは当然のこととして受け止め、では通用するにはどうしたらいいかと努力すればいい。
そこから新しい人脈が生まれ、自前のコミュニティが生まれてくる。
本当の自分が裸でつき合える仲間社会や自分流のネットワークが手に入る。
私は、サラリーマンは超二流サラリーマンを目ざすべきだと思う。
いまや、世界に超一流国はない。
辛うじてアメリカだけが一流国の地位にぶら下がっているにすぎない。
一流国というのは政治・経済・軍事の三拍子が揃わないとなれないものだし、日本は経済分野で力を持つ超二流国で十分ではないか。
日本は超二流国を目ざしていけばいい。
国が超二流を目ざすのであれば、サラリーマンも超二流サラリーマンで十分だ。
ただし、超二流とは一・五流ということではない。
一・五流とは一流に比較して下位の概念であるが、超二流とは本来は二流であるがそれを超えるという意味である。
なまはんかな努力では、なかなか実現できない。
厳しい厳しいとグチばかり言わずに、自分の価値観に力点を置いて考え、自分の生き甲斐のために働き、自分のために忙しくする時代である。
自分のための投資もし、遊びもし、勉強もする。
そして超二流サラリーマンを目ざす。
私はそれを、「個人忙しの時代」と呼んでいる。
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