管理されるサラリーマンにはなるな
多元化人間、複眼人間が求められている
サラリーマンにとって、なにかと生きにくい時代である。
とくに、昔のサラリーマン処世が身についてしまっている年輩の社員には、その処世があまり通用しないだけに厳しい現実だろう。
だからと言って、諦めてしまうのは早すぎる。
サラリーマン処世を先天的に身につけた人などいないし、やり直そうとすればまだ可能である。
さらに、自分に自信のある人間、能力に自信のある人間、柔らかな思考のできる人間は、たとえ中高年でも飛躍の余地は十分にある。
日本が繁栄を謳歌した工業化社会は、人間の能力や個性といったもの、個人の主張や労働の多様な価値観といったもの、そして遊びやゲーム感覚を軽く見すぎていた。
シェア至上主義、大量生産、大量販売主義をベースにした日本的経営は、変化の荒波にもまれ、価値観の多様化に翻弄され、大きな問題点を抱えていることが白日の下に晒されてしまった。
人間の能力や個性を軽く見た思想の代表は、TQCである。
TQCは本来、ムダを排除する合理化の有力なコントロール手段であり、商品の品質管理をめぐる手段にしかすぎないのだが、日本の企業は、これを研究、開発、営業といった創造性や柔軟性を要求される非計量的な世界にまで導入した。
TQC神話が企業を覆い、コントロールのシステムをマネジメントとはき違え、経営の最後の砦のように錯覚した経営者が多かった。
外へ向けてのものやサービスの価値創造が経営の本筋にもかかわらず、生産性の向上という手段が企業本来が持つべき目的と倒錯してしまった。
さらに、品質管理以外にも、TQCには従業員一体化への有効な旗振り手段という側面もある。
会社人間ほどこれを熱心にやりたがった。
全員のガンバリズムほど旧人類の好きなものはないからだ。
こうして生産現場だけでなく、ホワイトカラーまでも生産性第一主義、画一集団主義に取り込まれていった。
組織の成員全員が同じ価値観や倫理観、使命感を持つことは、ソフト化、サービス化社会では決してプラスにはならない。
まったく同じ価値観や倫理観を持たないまでも、日本企業では、ある程度の予定調和的な意志決定方式が普通である。
「こういうふうに言っておけば賛成が得られるだろう」とか「自分の意見を通すために、本当はこうしたいのだがこの部分は削っておこう」といったやり方がそれだ。
こうした方法が蔓延しているかぎり、個性的な提案や非常に秀抜な能力など出てはこないし、変化変身への相互抑制の壁はきわめて厚い。
また、ムダの排除を徹底的に推し進めれば、最終的には、人間がいちばんムダということになる。
落語ではないが、ムダを切り捨てているうちに、最後には自分がムダではないかという結論に達してしまうこともある。
そういう自家撞着の怖さがムダの排除にはある。
さらに管理すれば人は働くといった誤った偏見がある。
サラリーマンは管理されればされるほど、それに身を委ねて安心するだけである。
有能なサラリーマンほど、TQCの限界を知っている。
それに、定められた枠組みに身を合わせて生きていくぐらいの知恵、したたかさを持っている。
ただ、会社がその有効性に目がくらんでいるうちは、その流れに乗っていたほうが楽だから、軽々と乗っていたにすぎない。
哀しいのは、そうした意識を持たなかったTQC信者である。
もちろんTQC活動がすべて無意味であるとは言わない。
そこに欠けているのは、高付加価値時代、ソフト化時代には不可欠の知的感受性である。
TQC程度で人材の活性化ができることはまずない。
いまや、多元化人間、複眼人間が要求されている。
個人の能力が厳しく問われている。
これは企業にとってそうであるだけでなく、サラリーマンが人生80年時代を生き抜くためにも必要なことである。
人材は規格品ではない。
ムダなことを避ける社員、組織によく摩擦を起こす社員、従来の常識からすれば不良に近い社員なども、品質管理上の欠陥商品ではない。
むしろこれからは、よけいなことをする社員、組織に摩擦を起こす社員、飛んでもないことを夢見る社員こそ会社を伸ばしていくのだ。
だからこそ、能力のある人、個性のある人、人に仕えるだけのサラリーマンであきたらなく思っている人材にとってはチャンスである。
これは年齢にかかわらない。
若者だけでなく、自分に自信がある中高年にとっても、チャンスは十分にあるということである。
新しい時代のウォンツや価値のうねりは、生産性至上主義の地図にはない。
効率という磁場に、価値や能力というものは反応しない。
いつまでもTQCの幻想にとらわれていては、時代の要請から遠く離れたところにたたずむしかない。
まるで羅針盤を失った船のように、荒々しい波間で沈没を待つしかない。
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