40代、50代のサラリーマンは、自分だけのシナリオを描け
40代、50代は、もう察しの文化はほどほどにすべきだろう。
もう少し、自分を見つめる視線を強くしたい。
「脱皮できない蛇は滅びる。
意見を脱皮していくことを妨げられた精神も同じことである。
それは、精神であることをやめる」
『曙光』のなかで、ニーチェはこう語った。
進歩と向上を求めない精神は、発展し得ない。
滅びるだけである。
察しの文化に割く時間を削ることで獲得した時間は、意識的に自分よりレベルの上の人に会う努力に振り向けたい。
なぜ人と会う努力が大事かと言うと、人が情報を持っているからである。
サラリーマンにとって必要な情報がそこにあるからである。
それも、自分よりレベルが低い人間では意味がない。
サラリーマンにとっての役立つ情報とは、そのつどそのつどの現場の判断の体系、判断の基準のようなものでなければならない。
情報をいくらたくさん抱え込んでも、それだけでは死んだ情報でしかない。
情報が生きたものとして立ち上がってこない。
生きた情報とは、その人なりの判断基準や価値観を持ち、解釈を示せる人との異化作用によって姿を現すものである。
情報とはちぢめていえば、二つ以上のちがった意見である。
自分よりレベルの上の人に会い、これまでサラリーマンには無線と見られてきた社外の知識や外部体験を、もっと増やすことを考えたい。
世間の話に熱心に貸す耳を持ちたい。
それがめぐりめぐって、必ずサラリーマンとしての存在をブラッシュアップする。
こうした点から、インフォーマルな勉強会が増えてきたり、いろいろな趣味のサークルが増えてきたことはいいことだと思う。
「今日の花形、明日の斜陽」とはよく言われることだが、そのスパンはだいたい20年か30年であった。
しかし、いまや極端に言うと、「午前の花形、午後の斜陽」というような潮流の激しい時代である。
サバイバル競争が激しい時代には、企業は戦略の方向を大きく変えなければならない。
従来ドメイン(事業活動の領域)のリストラ、業態再構築に成功した企業だけが、生き残れる時代である。
いままでの会社の人脈と情報だけでは通用しないところへ出ていかざるを得ないわけだから、会社のなかのことしか知らない会社人間はあまり使いものにならない。
会社のなかにしか人脈がない、会社にしか情報がない人は、会社にとっても困った存在になる。
外の世界の人脈、情報を持っている人が強い。
それが会社のためにもなる。
これはサラリーマンとして役立つだけでなく、個人としての面でも役に立つ。
一流の著者の本を読むこと、自分より能力のすぐれたブレーンを持つ必要がそこにある。
それによって自分のシナリオが描けるし、人生のスケジュールも立てられるようになる。
人生80年時代というサラリーマンの第二ラウンド、第三ラウンドを考えた場合、自分の技量をもっと磨かないといけない。
いまの会社のなかでだけ仕事ができるというのは、しょせん半人前でしかない。
いざというとき、他流試合ができるのが一人前である。
本当の人材は、どこでも通用する。
それぞれの企業文化を乗り越えられるのが本来の技量というものである。
企業文化を乗り越える力は、冷たく言えばいまの会社を乗り越えないと生まれない。
察しの文化をある程度否定して自己を鍛えないと、身にはつかない。
社内の仲間とのつき合いは、たとえば曜日を決めてやり、他の日は会社以外の仲間に会うとか、早く帰宅して趣味や勉強に当てるとか、自分のシナリオに基づいたスケジュールを立てていかないと、とてもしたたかなサラリーマンにはなれない。
シナリオの一つとして、資格取得を考えている人は、この際、なにかの資格に挑戦してみるのもいいだろう。
たとえば、厚生労働省には職種転換を支援する中高年齢労働者等受講奨励金というシステムがある。
支給対象は40歳で、中小企業診断士、社会保険労務士などの資格を取る際、入学費と学費の半分を10万円を上限として、講座終了時に支給されるシステムである。
こうした資格取得の機会は、探せばまだまだある。
自分に合った資格を探しておけば、なにかの時にはきっと役に立つ。
ただし、40代、50代の勉強はねじり鉢巻きでやることはない。
いまさら息巻いてみても、なかなか長続きはしない。
大事なことは、自分流の勉強法をマスターすることである。
やはり、自分の好きなことから手を着けることが大事である。
この分野が好きだからこの分野をきわめてやろう、あるいは子供時代の夢を実現するために勉強を始めるとかといったことでいい。
あれもこれもと欲張って、結局全部投げ出してしまうより、ある程度ちゃらんぽらんでいい。
大事なことは、とにかく継続していくことである。
他人が軽蔑するようなことでもいいではないか。
とにかく、自分が大事だと思ったことはやってみることだ。
吉田兼好が著した『徒然草』のなかに、こういう一節がある。
「一事を必ず成さんと思はば、他の事の破るるもいなむべからず。
人のあざけりをも恥づべからず。
大事にかへずしては、一の大事成るべからず」
自分が大事だと思ったことには、それなりの理由がある。
自分が大事だと思った気持ちが大切なのだ。
他人がとやかく言おうと、そんなことは気にしないことだ。
繰り返しになるが、私は、一杯飲み屋にいくなとか、会社の仲間とゴルフをするなとか野暮なことを言っているのではない。
月曜日から金曜日まで、あるいは土曜や日曜まで、相も変わらずつき合う必要はないだろうと言っているのである。
40代、50代というのは、なにかを犠牲にしないと、まともな勉強はまずできない。
たとえば、毎日会社の仲間と行っていた帰りの一杯飲み屋への立ち寄りを半分にするとか、ゴルフを半分にするとかしないと難しいと言いたいのである。
サラリーマンがしぶとく生き抜いていくためには、自分のシナリオが書けて、自分流のスケジュールを持つことを大事にすべきである。
20代にはなにをやる、30代にはこれ、40代にはこれ、50代にはこれをやると、自分のシナリオが書けて、それに基づいてスケジュールを組み立てられないといけない。
とくに、中高年は人生の半分を経過している。
団塊の世代は半ばに差しかかっている。
管理職という座に安住して、なにからなにまで会社任せ、あなた任せというわけにはもういかない。
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