仕事に生きるシニア世代はたくさんいる
いきいきと仕事に生きるグループ
何となく仕事を続けたいという消極グループとは対照的に、自ら仕事を求め、仕事を通じていきいきと生きている積極グループがある。
それには、次のようなものがある。
第一は、卒サラ人種を含めた自営業者、ベンチャー企業経営者、サラリーマン時代のキャリアを生かして独立した専門家などである。
これらについては第一部で詳しく述べているので、ここではあまり触れない。
ただ、専門家グループの今後については、「ゴールドカラー」としての仕事への対応が求められる。
アメリカでは1950年代の経済黄金時代のあと、所得格差が拡がり、ブルーカラーやグレーカラーの地位が低下した。
そして、それのみならず、ホワイトカラーも二極分解し、単なる事務職はブルー、グレーなみになり、一部のエリートホワイトカラーのみが高所得層を形成するようになったといわれる。
このエリート層がゴールドカラーである。
具体的には、研究科学者、設計技術者、エンジニア、投資顧問、弁護士、コンサルタント、会計士など、また新しい職種としてヘッドハンター、システム・アナリスト、またアメリカ的職業としてTV・映画プロデューサー、ジャーナリスト、アートディレクターなどがあげられている。
しかし、これらの職種全体がゴールドカラーとなる訳でなく、ゴールドカラーとして認められるためには、それに対応する能力も当然求められる。
米国ゴールドカラーの特徴としては、学歴が高いこと、情報テクノロジーを駆使できること、国際的視野を持つことなどがあげられている。
また、環境が変わってもそれに対応する付加価値を生みだすことができる、つまり、柔軟で創造的な能力を持ち、しかもそれが国際的にも通用するような人材がゴールドカラーであるとしている。
日本の中高年ホワイトカラーが、専門家として独立しても、このような素質と能力がなければ、やがては時代に取り残されることになる。
専門家としての独立は必ずしも甘くはない。
以上の第一のグループは、かつてのキャリアを生かし、過去の仕事の延長線上で、シニアとしてのビジネスライフを享受しているグループである。
これに対し、以下にかかげるグループは、仕事が先にあるのではなく、自らの生きがい、あるいはこれからの市民生活において自ら果たすべき役割の追求の結果としての仕事を発見したグループである。
やや古くなるが、増田米二氏は1987年の著書「超高齢化社会」(講談社)で、「機会開発者」としての生き方を提言している。
機会開発で人生を新しく生きる
私達は、経済の高度成長を背景に、ひたすら物的な豊かさを追い続けてきた。
しかし、高齢化社会が急速に進行する中で、生きがいとして心の充足を求める新しい型の生活者が誕生するようになった。
増田氏によれば、この生きがいを追求する新しい型の生活者を、「機会開発者」と呼んでいる。
機会開発者(Opportunity developer)とは「未来の新しい機会を創造的に開発していく人」であり、いろいろな問題を解決し、新しい将来の可能性を開拓する人であるとしている。
未来における新しい可能性の開拓といえば、かつてのアメリカ西部劇における荒くれだった辺境開拓のパイオニア達のイメージが浮かぶ。
現代においても、宇宙開発、マルチメディア社会構築など先端的開拓分野がある。
しかし、経済も成熟時代に入った高齢化社会では、パイオニアという言葉からすれば、地道ともいえる開拓分野も重要になってくる。
例えば、経済至上主義の産業社会に汚染され 破壊された地球環境の修復、加速度的に増え続ける高齢者のための生活環境の整備と創造など。
これらのテーマは地味であると同時に、現段階では経済的メリットも少ない分野でもある。
だが、これらの分野は、われわれの生活に密着し、われわれの生命にも関わる重要分野である。
高齢化社会の生活者、機会開発者達には、こうしたテーマとの対決が、特に望まれるといえよう。
増田氏も当サイトと同様、こうした機会開発のパイオニアの役割を、中高年層に期待している。
例えば、定年を60歳とすればそれから平均20年の豊富な未来時間を持っている。
その上、これらの人々は人生の数々のキャリア、専門知識や能力を持っている。
しかも、多くの人は自分の家を持ち経済的にも不自由ではなく、そして健康でもある。
このように人生80年時代のシニアには、未来時間、能力、経済力、健康という機会開発をするための四つの条件を完備しているというのである。
つけ加えれば、この世代にはこれまで自分を育て生活させてもらった社会、大げさにいえば地球環境の恩恵に感謝し、恩返しをしなければならない年代でもあるのだ。
機会開発者の地味な事例を一つ、日本経済新聞の記事から紹介する。
横浜に住むN氏、68歳となってフリーのホームヘルパーとして独立した。
N氏は大手電機メーカーの関連会社の役員を63歳で定年退職している。
その直後、義母ががんで倒れた。
その介護をするうちにヘルパーとしての適性に目覚め、介護研修を受け登録ヘルパーとなった。
始めてみるとこれが楽しい。
神奈川県内で働く男性ヘルパー達と「男性ヘルパーの会」を作り、技術に磨きをかけた。
しかし、登録ヘルパーは68歳が定年。
そこで第三の職業として編みだしたのが、「フリー・ヘルパー」である。
登録ヘルパー時代のお年寄りから「定年後も続けて」と頼まれることも多い。
そして、その一方では地元福祉団体の介護ボランティアとしても活躍している。
このようにN氏が第三の人生を楽しく生きられるのも、ヘルパーとしての技術を身につけ、高齢化社会が求める新しいタイプの職人として自立する道を発見したからである。
しかも、その原点には損得抜きで「自分を待っている人がいる」という喜び(生きがい)がある。
こうした介護などの福祉関連ビジネス、リサイクルも含めた環境保全ビジネスは、現在、最も注目されている機会開発型事業領域といえよう。
将算性はともかく、社会的意義も高く、参入する企業、ベンチャー、個人が多くなっている。
こうした、機会開発者は80代の高齢者から20代の若者まで広い拡がりを見せている。
この機会開発者達の基本的特徴は、次の四つである。
第一は、新しいライフスタイルのクリエーターであること。
それぞれが自分の新しい生きがいを求めて歩きだしている。
第二は、夢を措いているばかりいるロマン派ではなく、目標実現に向けて実際に行動している行動派であること。
第三は、自らの意志で自分の生きる道を選択した自立型個性派であること。
第四は、経済的な利益を第一の目的としていないこと。
生きがいとしての目標実現が究極の目的であり、その仕事による収入は、生計や事業を維持するためのものであり、金儲けを目的としていない。
機会開発は、これからのシニアに最も望まれる生き方である。
整備されつつあるシニアパワー発揮の場
定年退職後も仕事を続けることを望み、再就職斡旋機関の門をたたく人、自ら生きがいとしての仕事を自分で開拓する人、シニアの仕事の見つけ方は様々である。
シニアの再就職は厳しいといわれるが、その一方では、シニアパ ワーの発揮の場は、着々と整備されつつある。
その一つは企業サイドからの働く場の提供。
例えば、リース会社のオリックス。
長いキャリアの間に培った能力こそ貴重として、50代から60代の契約社員の大量募集を行っている。
その背景は急成長オリックスの社員年齢の若さ。
若さだけではどんなに優秀なセールスマンでも相手企業のトップに信頼を得るには時間がかかる。
顔が利くのは中高年の営業マンであると考えたからである。
同社の場合当初は50代の契約社員募集から始めている。
そして、半年後、首都圏など大都市圏を中心に、特定業界に強い中高年営業マン200名、年齢枠を68歳までに拡大しての採用に踏みきっている。
二つ目は、公的機関によるシニアパワー発揮の場である。
例えば、国際協力事業団。
熟年人材を活用するために、91年からシニア協力専門家を公募している。
年齢は男女とも40歳から69歳まで。
特に、60歳前後のシニアの応募が目立っているという。
民間企業でも、中高年社員のパワー活用による海外支援活動例は多い。
三つ目は、シニアの結集によるパワー発揮の場づくりである。
例えば、東京には「ローレイ」という平均年齢66歳の会社がある。
社会的存在である人間には、積極的に社会とかかわることなしに真の生きがいはありえない、シニアライフの充実にもそれが必要だとしてローレイを設立した。
「ローレイ」という社名は「栄光を物語るレイを首にかけ(LEI)、残りの人生をさらに実りあるものにするため、みんなで力を合わせて漕いで行こう(ROW)」という意味である。
業務内容は、経営コンサルティング、従業員教育、保険 代理業務、健康機器の斡旋販売など多岐にわたっている。
また、シニアだけ集まった企業として、マスコミ等でよく取り上げられるのは、東京・新宿のビジネスホテル「高さわ」。
平均年齢 65歳。
全員がホテル未経験、職業安定所を通じて募集している。
行動は機敏とはいえないが、律儀な対応ときめ細かい気づかいが評判を呼んで、ホテル経営は軌道に乗った。
シニアの再就職は、当今、厳しさを増しているといわれるが、このように丹念に見て行けば、様々な就業機会が潜んでいる。
シニアが注目すべき仕事の領域、第五次産業分野
シニアが、生き生きと仕事が続けられるビジネス領域はどこにあるか。
それを検討する前に、産業構造のマクロ的変化方向を頭にいれておく必要がある。
オーストラリアの歴史学者B・ジョーンズによれば、一次・二次・三次産業は歴史的に順次縮小して行く方向にある。
今後、成長と雇用の拡大が期待されるのは、第三次産業から独立し第四次産業となる情報関連部門とこれから説明する第五次産業部門であるとしている。
B・ジョーンズは「ポスト・サービス社会」を見すえて、第5次産業を次のように規定している。
即ち、これまで家庭でやっていたことを市場経済化したような部門であり、その内容は市場経済的部分だけでなく公的扶助やボランタリーな部分からなっている。
具体的には、家事サービス、自営業・自家生産活動、ボランティア活動、さらには介護、ベビーシッテイング、文化活動などもこの部門に含まれるとしている。
つまり、この部門は家庭などで行われてきた「インフォーマルな仕事(ワーク)」の分野なのである。
このインフォーマルなワークの性格は、大量生産に相対立する労働集約的なものであり、時には、趣味的、文化的、社会奉仕的、環境保護的な色彩も強い。
従って、従来の産業に対する観念からすれ ば、経済的メリットの追求よりも、「人のこころ」、「人のぬくもり」、「手づくり」といった志向を優先しており、経済効率は決していい とはいえない分野でもある。
その一方、この分野は、経済最優先としてきたこれまでの産業社会には欠けていた部分であり、経済も成熟化し高齢化社会ともなったこれからの日本社会には急速に重要となり、雇用拡大を期待できる分野でもある。
また、経済面からの効率性が当面(あるいは将来も)高いとはいえない事業分野として、経済最優先のライフステージを終えた中高年のシニアが積極的に参加し、自分達のためにも育てあげるべき産業分野の一つともいえる。
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