高齢化社会は、元気シニアの時代でもある
健康であり貧しくもない多数の高齢者が存在する。
そこに着眼することが、21世紀に向けての中高年者の今後の生き方、深刻化する高齢者問題解決のいと口がありそうだ。
「老人」ではとらえきれない現代の高齢者
最近、街を歩くと最も目につくのは、車にも乗らずにリュックを背にさっそうと閥歩する中高年の女性達、その中には相当の高齢者もいる。
こうした、彼女等には「お年寄り」という言葉はふさわしくない。
後程、統計面からも実証するが、高齢者の多数は健康であり、経済的にもゆとりがあり貧しくもない。
これから始まる高齢化社会は、ねたきり・痴呆などの要介護老人もいるが、それよりも多数の「健康シニア」がいる社会なのだ。
高齢者とは「老人」であり「弱者」だというイメージだけではとらえきれないものに変っている。
ところが、世の中一般では、65歳以上の高齢者を一把一からげに老人としてとらえる慣習がある。
例えば、厚生労働省の人口統計は65歳以上を一括して老齢人口としている。
その結果、今は老人1人の福祉費用を5人の成人で負担しているが、高齢化社会のピーク2045年には2人で負担しなければならなくなる。
現在は子供一人に老人一人という社会だが、やがては子供一人に老人一人という老人社会がやってくるという老人社会の暗いイメージが先行する予測が出てくることになる。
高齢者の実態も、それを取り巻く環境も大きく変化している。
また、今後も変化して行く。
したがって、マクロとしての高齢者像でなく、元気シニアも含めた高齢者の具体像を以下において分析するものとする。
中高年社会となる日本
(1)人生80年時代への突入
日本人の平均寿命は男性76.5歳、女性82.9歳。
世界でも有数の長寿国となり、人生80年時代を迎えることとなった。
この平均寿命の伸びは世界にも類例のない急連なものであり、第二次大戦直後の1947年に比べると男性で27年、女性で29年もの平均寿命の伸びである。
また、日本経済が成長軌道に乗り、いわゆる55年体制が始まった1955年に比べても、それぞれ13年、15年という寿命の伸びである。
こうした平均寿命の伸びは、高齢者がこれから過ごすいわゆる「第二の人生」の期間が、大幅に伸びたことを意味する。
そして、こうした急激な高齢者とその寿命の伸びは、これまでの老人に対する通念や社会制度の抜本的見直しを迫るものなっている。
また、高齢者自身もまた延長されたシルバーライフをどう有意義に生きるかの検討が重要となってくる。
(2)中高年者は当り前の時代へ
平均寿命に関連して注目されるのは「中位数年齢」の高年齢化である。
中位数年齢とは全人口を年齢順に並べた場合、その真ん中にあたる人の年齢のことである。
これが、1995年には39.6歳、2000年には40歳を超え、2030年には 47.6歳になると推計されている。
中高年層が過半数を超える時代の到来である。
この中位数年齢の推移をたどれば、極めてドラスティックである。
戦後まもない1947年では22.1才、それから28年後の1975年(昭和50年)になってやっと30.6歳。
ごく最近までは若い人が人口数においても圧倒的な「若い人の時代」であったのだ。
それが、これからは40才以上の中高年層が、人口数では多くなる。
つまり「中高年者は当り前の時代」が始まっているのである。
そこで問題にしたいのは、中高年者に対する従来の概念である。
40歳を過ぎた中高年者はもう能力は伸びない。
65歳以上の高齢者は 非生産人口であり、60歳を過ぎれば年金受給の対象になる等々。
人口の半分を超えようとする中高年者を、従来の概念では一括して厄介者扱いにしようとしているようにも見える。
中高年になっても、能力はまだまだ伸ばせるし、60代、70代の高齢者の多くは健康であり就労意識も高い。
一概に厄介者扱いにするわけにはいかない。
・中高年者の「健康シニア」としての意識改革と、自立・自助に向けての努力
・それに対応する社会システムの見直し
・中高年者に対する新しい概念での対応などが、高齢化社会活性化のためには不可欠といえる。
ちなみに、アメリカの「人口問題研究エイジウェーブ協会」は50歳以上の消費者を次のように三つ区分して分析を行っている。
・第一グループ〜50〜64歳 中期成人年代
・第二グループ〜65〜79歳 後期成人年代
・第三グループ〜80歳以上 老齢年代
以上のように80歳未満の人々は老齢者とみなしてはいない。
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